[ゆけむり通信 番外1999]

10/25/1999
『ジャック・ブレルは今日もパリに生きて歌っている
JACQUES BREL IS ALIVE AND WELL AND LIVING IN PARIS』

なぜ、今日、東京で

 ――という疑問いっぱいのタイトルですが、まずは過去の文章から(若干編集しました)。

 『ジャック・ブレルは今日もパリに生きて歌っている』は、今回と同じグリニッチ・ヴィレッジのジャズクラブ、ヴィレッジ・ゲイトで 25年前に上演され大ヒットした(68年 1月 22日より 1,847回上演)、男女 2人ずつが出演するレヴュー。ジャック・ブレル Jacques Brel というベルギー人の ACI(シャンソンの世界ではシンガー・ソングライターをこう呼ぶらしい)の楽曲と発言により構成されている。
 ミュージック・マガジン増刊「ミュージック・ガイドブック 88」の蒲田耕二氏の記述によれば――、ブレルは、 [シャンソン史に残る大歌手] で、 [飽かずプチブル攻撃をくり返し] 、 [保守層から国事犯呼ばわりをされながらガンとして節を曲げ] ず、 [大衆動員力とレコード・セールスにおいても結局は流行歌手のそれを上回った] ――という。
 そのブレルとパリで知り合ったのが、ドリフターズ The Drifters 「ラスト・ダンスは私に Save the Last Dance for Me」やエルヴィス・プレスリー Elvis Presley 「ラスベガス万才! Viva Las Vegas」の作者で自身も歌手であるモート・シューマン Mort Shuman。シューマンは、詩人で出版や TV・舞台の製作も手がけるエリック・ブロウ Eric Blau の、ブレルの楽曲を英訳してレヴューの形にしたいというアイディアに共鳴。ブレルの了解を得てブロウと共に英訳を行ない、ブレルの曲を英語で歌っていた歌手エリィ・ストーン Elly Stone らに自らも加えたキャストで、『ジャック・ブレルは今日もパリに生きて歌っている』の初演を実現した。
 ブレルは 79年、 49歳でパリで、シューマンは 91年、 52歳でロンドンで亡くなったが、その 2人に捧げられた今回の公演には、ブロウが共同製作、ストーンが演出という形で携わっている。

 ヴィレッジ・ゲイトの地下劇場は、余裕を持たせて配置されたテーブルと椅子が全部埋まって 250人ぐらいという規模の広さ。高さ 1メートル程のステージが半円形に突き出ている。日曜夜の公演の客数は 40〜 50人というところか。 25年前にもここで同じショウが、と考えると、薄暗い店内には 60年代後半の残り香が漂っているような気がしてくる。
 ピアノ、ギター or マンドリン、アコースティック・ベース、パーカッション or マリンバという編成をバックに、 4人の歌手が、ソロで、デュエットで、全員で、時にパントマイム的な動きを交えながら、 2幕にわたって 26曲を歌い継ぐ、というのが、このレヴューのスタイル。
 ジャック・ブレルの歌詞の題材は、断片的に理解できる単語から類推するに、愛や孤独、若さや老い、生と死、戦争、等々。それらの楽曲は、穏やかだったり激しかったりユーモラスだったりと様々な表情を見せながら、力強い情感を、確実に聴く者の心に伝える。ガブリエル・バレ Gabriel Barre、ジョセフ・ニール Joseph Neal、アンドレア・グリーン Andrea Green 、カレン・ソーンダーズ Karen Saunders の 4人の出演者の内、前 3者はブロードウェイやオフ・ブロードウェイの豊富な経験を持ち、ソーンダーズはクラブやキャバレーのショウでキャリアを積んできている。いずれも個性豊かで、歌唱力のみならずトータルな表現力が素晴らしい。

 以上は、もう 7年近く前、 93年 1月 3日に観た同演目の 25周年記念公演の観劇記。

 さて、今回の翻訳公演、もちろん島田歌穂が出ているから観に行ったわけで(笑)、それ以上の期待は何もなかった。と言うのは、前記のヴィレッジ・ゲイトにおける 25周年記念の再演を観た時、そのパフォーマンスには感動しながらも、すでに時代とのズレを感じていたからだ。

 この作品が初演された 1968年というのは、アメリカにとってどんな年か。
 象徴的に言えば、シカゴの民主党大会で流血(正確には警官隊と州兵によるヴェトナム戦争反対派に対する一方的暴力)事件が起こった年だ。介入したヴェトナム戦争の泥沼化が、大規模な反戦運動を引き起こし、それを抑えつけようとする権力との激しい軋轢の中で、様々な変革の意識が生まれていった。そんな年。
 そんな 1968年のグリニッチ・ヴィレッジが、熱くないはずがない。 [保守層から国事犯呼ばわりをされながらガンとして節を曲げ] なかったジャック・ブレルの楽曲を集めたショウが熱狂的に迎えられても、何の不思議もないだろう(1,847回という公演回数を年月に換算すると、約 4年半。公演が終わる時、ヴェトナム戦争はまだ続いていた)。
 しかし、それから四半世紀が経った 90年代初めのニューヨーク、ダウンタウンで、ほぼ同じ内容のショウを開いた時、それを迎え入れる側の意識は確実に変わっていた(その 2年前に起こった湾岸戦争の時にグリニッチ・ヴィレッジで何か大きな動きがあっただろうか)。したがって、 [ブレル作品の魅力が現代にも生きることは前述したが、(中略)グリニッチ・ヴィレッジという場所が持つ幻想の“郷愁”が、再演の舞台にプラスアルファを与えていないか] という、 93年時点での僕の読みは、当たらずと言えども遠からず。舞台の内容がいかに充実したものであっても、 25周年記念公演が、観客にとってはかなりノスタルジックな気配が濃厚な舞台だったのは間違いない。

 だから僕は、その作品を 99年の東京で翻訳上演すると知って驚いた。それって、どういう意味があるのだろう、と。
 実際に目の前に現れた舞台がどうだったかと言えば――、なんだかイメージのはっきりしない思わせぶりなコンサート、というのが正直な感想。
 訳詞・演出の青井陽治は何を考えたのだろうか。世紀末の日本、首都・東京、妙なナショナリズムと不寛容な気分が不気味に増殖する今、ジャック・ブレルの楽曲のメッセージが人々の心に揺さぶりをかけ得るかもしれない、とでも思ったのだろうか(これ、かなり好意的な解釈だと思う)。
 だとしたら、プロデューサー的見地から言えば(時代的にも文化的にも)ズレているし、さらに、演出家としてはお上品すぎた(ヴィレッジ・ゲイトの舞台では、女性客が思わずブーイングを発するような激しい演出があった。それを真似しろとは言わないが、ブレルの楽曲はそうした暴力性すら秘めているはずだ)。
 本気でこの作品をよみがえらせようとするのであれば、まず、場所は、気取ってウォーターフロントと呼ばれた場所にあるバブルの落とし子のような劇場ではなく、例えば新宿のライヴハウスであったりするべきで、さらに言えば、ウェイターを舞台に上げて長いナレーションをさせたり、冒頭のラップめいた歌い回しの中で取って付けたように“今”の話題に触れたりするという小手先の変更で現代的に見せようとするのではなく、楽曲の 1つ 1つをどんな演出でどう歌わせれば観客の心に響くのかを、ていねいに考えるべきだった。
 そこまでやったとしても、今、東京で、この作品から、いいコンサートという以上のドラマが浮かび上がってくるかどうかは大いに疑問だが。

 とにかく、安易に海外ミュージカルを買ってきて翻訳上演するのは、もう止めましょうよ。

 出演者は、黒田アーサー、池田聡、前田美波里、島田歌穂(プログラム記載順)。
 総じて男性陣が、存在感、演劇的歌唱力という点でやや弱い。
 前田美波里は美しく堂々としているが、それゆえにこの作品の中ではやや違和感がある(演出の責任)。それから、高音に艶がないのが気になった。
 島田歌穂のしなやかな歌声は、依然素晴らしい。確かな演技力の裏打ちもあり、こうした語りの要素の強いシャンソンにはぴったりハマる(演出によってはもっとよくなったはず)。ヴィレッジ版では男が歌った歌、「La Fanette」が絶品だった。
 演奏は、ピアノ、ベース、キーボード。シンセサイザーの音色が最初の内、多少気になったが、アレンジは過不足なく、よかった。

 なお、 68年のオリジナル・キャスト版は CD化されているし、ジャック・ブレル本人の歌も集大成的な CDで聴くことが出来る。

(10/30/1999)

Copyright ©1999 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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