[ゆけむり通信 番外1998]

7/10/1998
『ヴェロニック VERONIQUE』

オペレッタのよみがえらせ方

 宝塚花組の愛華みれ主演による翻訳オペレッタ『ヴェロニック』
 オリジナルは 1898年、フランスで上演されたものらしい。それを、 1978年夏にバウホールで花組、雪組が連続上演した。そのリヴァイヴァルというわけだ。

 宝塚での初演の演出は、フランスから来たニコラ・バタイユ(綴り不明)という人で、 67年に一座を率いて来日して以来 70年代にかけて何度か来日公演を行なっているようだ。つまり現役のオペレッタ一座の演出家だったわけで、と言うことは、 78年の舞台もそれなりに時代に合わせてアレンジされていたと思われる。
 今回の『ヴェロニック』にそれほど古臭さがないのも、そのせいだろう。
 結論から言えば、シャレっ気を感じるというところまではいかないが、のどかで楽しい舞台だった。

 プログラムによれば、時代設定は 1840年頃のパリ。と言うことは、フランスでの初演の時、すでに“古きよき時代”の話だったわけか。
 放蕩貴族フロレスタンは国王から、借金を帳消しにすることを条件に王妃付きの令嬢エレーヌとの結婚を迫られる。やむなくそれを呑むことにしたフロレスタンだが、最後のあがきで、愛人だった花屋の女房アガートを、なんと夫のコクナールはじめ売り子全員込みで、郊外への昼食に招待する。
 同行するのは、フロレスタンの目付役を国王から言いつかっているルストー。そして、エレーヌとその叔母エルメランス。フロレスタンがまだ見ぬエレーヌをくさすのを立ち聞きしたこの 2人は、意趣返しのために、それぞれ、ヴェロニック、エステルと名乗って、売り子として店に雇われていたのだ。
 思惑通りエレーヌはヴェロニックとしてフロレスタンの心を捉えるが、計算外だったのは、目的地のレストランで彼女の召使いセラファンが結婚式のパーティを開いていたこと。おかげで危うく正体がバレそうになるが、それもなんとかごまかしたエレーヌはエルメランスと共に、未練を残すフロレスタンを置き去りにして首尾よく姿を消す。
 場所は移ってチュイルリー宮殿。本来の姿に戻ったエレーヌは、自分に引き合わされるために宮殿を訪れるフロレスタンの到着を、今や遅しと待っている。ところがそこに来合わせたコクナールとアガートの花屋夫婦によって、エレーヌがヴェロニックであることをフロレスタンは知る。自尊心を傷つけられたフロレスタンは一計を案じ……。

 という、ちょっとひねった恋の鞘当て話で、ハッピーエンドに終わる最後までトボケた味。

 最も印象的だったのは、開幕直後。舞台中央にある、高さ 2メートル、幅 3メートルぐらいの下に向かってやや広がったセットの階段に、フロレスタン役愛華みれを囲んで、花に扮した娘役たち(千ほさちを含む)が白い衣装で集っていて、そこに、海中に届く日の光のように細かくきらめく柔らかい照明が当たっている。その幻想的な美しさ。
 これに呼応してフィナーレに、結婚衣装の愛華みれと千ほさちを出演者全員が囲んで階段に集う場面があり、それも華やかで楽しかったが、やはり冒頭のシーンの息を呑む新鮮さには一歩譲った。

 実はその場面があったので、全体の印象が僕の中でよくなっているのだが、色悪半歩手前のフロレスタンを演じた愛華みれ、おきゃんな令嬢エレーヌを演じた千ほさちがそれぞれハマッていたのも、よかった要因。
 しかし、それ以上に、浮気な人妻アガート役の大鳥れいのコミカルな色気が、艶笑喜劇の空気を支えていたと思う。
 ルストー役の磯野千尋も味があるが、ややオーヴァーアクト気味。もっとも、それは全体の演出がオーヴァーアクトだったから、それに引っぱられてのことだろう。
 特に、セラファン役の真由華れお、コクナール役の春野寿美礼は、コメディとは言え、やりすぎ。これは演出家(三木章雄)の責任。客をなめないでほしい。

 正直に言えば、オペレッタをこなすには全体に歌唱力が足りない。なにしろ、ホンモノのオペレッタの歌手はマイクを使わないんだから(とは言え、実はオペラでもステージにマイクを仕込んであるらしいですが)。
 その辺を自覚して、楽曲のアレンジなども含め、ミュージカル・コメディ寄りの思い切った翻案をしてもいいのではないだろうか。冒頭シーンのようなヴィジュアル効果をもっと加えて。

 金はかかってないが、装置(大橋泰弘)にはアイディアがあった。本公演もこの精神でいってほしいところです。

(9/5/1998)

Copyright ©1998 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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