[ゆけむり通信 番外1998]

8/24/1998
『スピークイージー〜風の街の純情な悪党たち〜』
『スナイパー〜恋の狙撃者〜』

さらば真矢みき

 宝塚花組トップスター真矢みきサヨナラ公演。そして突然ながら、トップ娘役千ほさちサヨナラ公演。共に好きな役者だったのだが、舞台の内容は、残念ながらあまり満足出来るものではなかった。
 ザッとポイントだけ書く。

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 第 1部は、ミュージカル『スピークイージー〜風の街の純情な悪党たち〜』(作・演出/谷正純)。

 禁酒法時代のシカゴ。希代の悪党マクフィスは、幾人もの女を手玉にとりながら、警視総監と裏で組んで悪事の限りを尽くしていたが、詐欺師ピーチャムとの争いの末に逮捕され、死刑の判決を受ける。そのマクフィスを獄中に訪れたミュージカル作家が死刑前夜に聞かされる、“マック・ザ・ナイフ”の物語。

 ジョン・ゲイ John Gay の『乞食オペラ THE BEGGAR'S OPERA』(イギリス)を原作として掲げているが、クルト・ヴァイル Kurt Weill の曲を使っているのだから、その『乞食オペラ』を 200年後に改作したヴァイル&ベルトルト・ブレヒト Bertold Brecht (詞・脚本)の『三文オペラ DIE DREIGROSCHENOPER』(ドイツ)の名を挙げないのは、どう考えてもおかしい(ついでに言えば、クルト・ワイルという読みもおかしい。ワイルと英語的に読むなら名前はカートでしょ)。
 全編ヴァイルの曲で通さなかった言い訳か。

 問題点の 1は、そこ。この題材を採り上げながら、『三文オペラ』の楽曲で統一しなかったこと。
 例えば、『オン・ザ・タウン ON THE TOWN』の映画版『踊る大紐育 ON THE TOWN』が、レナード・バーンスタイン Leonard Bernstein の作品にロジャー・イーデンス Roger Edens 作曲の楽曲を付け加えて統一感を崩したように(これについては、脚本・作詞のベティ・コムデン Betty Comden &アドルフ・グリーン Adolph Green が、製作者アーサー・フリード Arthur Freed に関するドキュメンタリー番組で証言している)、個性の強い作曲者の手になるミュージカルに、他の作曲者の楽曲は馴染まない。すでにひとつの強固な世界を作り出しているからだ。
 ヴァイルの場合などは特に、ジャズを生活の一部として育ったアメリカの作曲家たちと明らかに一線を画する独特の曲調を持っているから、まさにワン・アンド・オンリー、他の作曲者の楽曲と組み合わせてバランスがとれるはずがない。
 結果、『三文オペラ』の世界観はボヤけ、輪郭のはっきりしない物語になった。

 問題点の 2は、禁酒法時代のシカゴを舞台にしたこと。
 『三文オペラ』の初演は 1928年のベルリン。しかし、物語の舞台はヴィクトリア朝のロンドン。これは、『乞食オペラ』のストーリーを生かしつつ時代設定を新しくしたものだが、明らかに、ナチス台頭前夜という、当時のベルリンの気分をダブらせている。
 では、 1998年の日本で上演する改作の舞台を、禁酒法時代のシカゴにする意味は何か。
 わからない。
 わからないが、こんな推測は成り立つ。すなわち、『三文オペラ』『キャバレー CABARET』『シカゴ CHICAGO』という連想。
 『キャバレー』は、ジョン・カンダー&フレッド・エブ John Kander & Fred Ebb がヴァイル(それもおそらく『三文オペラ』)を意識して楽曲を作った作品。同じカンダー&エブによる『シカゴ』と、その『キャバレー』との類似性は、よく言われるところ。そして、『シカゴ』の舞台は禁酒法時代のシカゴ……。
 まあ、うがちすぎかもしれないが、そうとでも考えない限り、この設定の意味はよくわからない。逆に言うと、なぜヴィクトリア朝のロンドンじゃダメだったのかがわからない。それほど『三文オペラ』であることを拒否したかったのなら、楽曲も使うべきじゃなかったと思うのだが。
 幕切れが締まらないものになったのも、この設定の変更のために、大詰めの女王による恩赦という皮肉などんでん返しが使えなくなったからで、この一点だけをとっても改悪と言うよりない。

 真矢みき扮する主人公が「美学」を連発するが、男の美学という脆弱な動機で支えるには、元になる作品のスケールが大きすぎたんじゃないでしょうか。
 なんだか、作者が真矢みきというキャラクターに頼る構図が最後まで続いた花組でしたね。

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 第 2部のレヴュー『スナイパー〜恋の狙撃者〜』(作・演出/石田昌也)。

 オーソドックスな前半はともかく、ポイントは、芸能人カップルが取材陣に追われるコミカルな「ヘイ・リポーター!」と、主張が表に出た「アウシュビッツの空」。ここをどう評価するかで、作品の価値が決まる。

 「ヘイ・リポーター!」は、花組の前々作『サザンクロス・レヴュー』、あるいは真矢みきの武道館コンサートのノリをそのまま持ち込んだような狂騒的なひと幕だが、最後は真矢みきのフライングに頼るあたり、ファンへのおもねりが感じられてイヤな感じ。そのフライングも、わざわざピーター・フォイ Peter Foy を使いながら、芸がなかった。
 一方、収容所の悲劇を描いた「アウシュビッツの空」は、表現の仕方以前に、なぜアウシュビッツでなくてはならないのかが理解できず、入り込めない。ナチスの罪を告発するのはけっこうだけれども、そのナチス・ドイツと組んで戦争していたのは、どこの国だったのか。そんな疑問が頭から離れなかった。

 以上 2つのナンバーのせいで、楽しみきれないレヴューとなった。残念。

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 この舞台を観た時には知らなかったのだが、詩乃優花も退団したとか。
 第 1部のジェニー役(ロッテ・レーニャ Lotte Lenya の役どころ)は、柄はあっていたが、もう少しドライな演出だと彼女の存在感が際立ったはず。惜しかった。
 武道館コンサートで思いっきり踊っていた姿が忘れられない。

(11/27/1998)

Copyright ©1998 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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