[ゆけむり通信 番外1998]

9/2/1998
『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』

役者が違う

 間を 1年置いてのコクーン歌舞伎第 3回、鶴屋南北作『盟三五大切』(脚本・演出・美術/串田和美)は、 98年で最も充実した舞台の 1つだった。

 文字通り役者が違う。中村勘九郎、中村橋之助を中心とするコクーン歌舞伎の役者たちは、芸の修練、客をエンタテインする精神、新たなものに挑もうとする志のすべてにおいて日本の俳優の最高レヴェルにいる。
 同時に、脚本はもとより、演出、装置、照明、衣装に到るまで、アイディアがつまっていて、こちらも役者が違う。

 話の中身は、元赤穂藩士、薩摩源五兵衛こと不破数右衛門が、討ち入りの一行に加わるために調達しようとしている百両の金を巡って起こる皮肉で凄惨な殺人ドラマ。
 詳しいストーリーは……入り組んでいるので、歌舞伎のガイドブックなどで確認してください(笑)。基本が『仮名手本忠臣蔵』の裏話で、そこに『東海道四谷怪談』『五大力恋緘』って別の話を持ち込んだりしているという、この作品の重層的な構造の解説が載っているはず。僕もプログラムを読んで勉強させてもらった。
 江戸時代の芝居好きは、そういう知識を当たり前に持ってたんだろうなあ。逆に言うと、そういうことを前提に思いっきりいろんなネタをぶち込んで充実作を仕立て上げる鶴屋南北の腕が凄いってことになるんだけど。

 誉めだすとキリがないが、特に面白かったのは視覚的なアイディア。歌舞伎のケレンと串田和美のケレンが合わさって、とにかく観ていて楽しい(話が陰惨な部分でも)。

 中でも面白いのは、序幕(第 1幕)のクライマックス、“五人切りの場”での回り舞台。
 薩摩源五兵衛から金をだまし取った、三五郎、小万とその仲間が集う 2階家。夜も更け、みんな寝入る。そこでゆっくりと舞台が回り始めると、裏手にひっそりと立つ殺気に満ちた源五兵衛の姿が現れる。
 丸窓の障子を開けて侵入する源五兵衛。舞台は回り続け、再び正面。源五兵衛は 1階で寝ていた 2人を斬り、 2階へ向かう。騒ぎに気づき抜け穴から密かに逃れる三五郎と小万。 2人が家の裏手に出てホッとした瞬間、 2階の窓がビシッと開き、源五兵衛が顔を出してあたりを窺う。息を殺し、壁に貼り付くようにして身を潜める三五郎と小万。窓が閉じられ、三五郎と小万が逃れ去ると、回る 2階家以外に動くものはなく、舞台は静まり返る。と突然、丸窓の障子を突き破って斬られた男と、それを追う源五兵衛が飛び出してくる。
 仕掛けが詰まった装置を使っての、舞台ならではのサスペンスとショック。役者の軽快な身のこなしも加わって、これぞ一級のエンタテインメント。

 目を凝らさないと見えないような薄暗がりで行なわれる源五兵衛による小万とその赤ん坊殺し(この凄惨な場面をじっくりと見せる演技の力)の直後、一転して舞台全体が白く明るくなって全てを洗い流すように本水の雨がザーッと降り出す、という演出も鮮やかだったが、ここで“非日常”の緊張感に耐えられない観客がざわついた話はこちらにも書いた通り。
 観客の質が問題なのは間違いないが、同時に、この舞台が、エンタテインメントでありつつ前衛的な部分を秘めていることの証左だと思う。

 その他、細かいところでは、場面が換わった時に人物が菊人形のように静止していて柝(き)が入ると動き始める手法や、ズラッと並んだ連中が聞き耳を立てる時にみんなして体を一斉に傾ける動きなどが印象に残った。
 また、中央のセットに的を絞って四角い形で当てる照明(齋藤茂男)も、舞台の求心力を強めて効果的だった。

 とにかく、学ぶべき(盗むべき?)ところの多い舞台で、楽しみながら大きな刺激を受けた。歌舞伎にはおいしいところがいっぱいあるんだから、日本のミュージカルもロンドンものの真似なんかやってる場合じゃないっての。

(2/11/1999)

Copyright ©1999 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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