[ゆけむり通信 番外1998]

10/8/1998
『ローマの休日』

菊田一夫の呪縛と大地真央の錯覚

 なぜ『ローマの休日 ROMAN HOLIDAY』なのか。見終わっても疑問は解けなかった。
 まさか、これを海外に持っていこうというつもりではあるまい。
 結局は、オードリー・ヘプバーン Audrey Hepburn 好きの大地真央の希望に沿って作られたとかいう噂が、いちばんもっともらしい説か。まあ、大地真央が主演すれば客が入るわけだから、東宝にしてみれば、製作動機などどうでもいいのだろう。
 しかし、1998年の日本で、東宝というミュージカルの老舗が大金をかけて作った、日本人の演じるオリジナル・ミュージカルが、半世紀も前に作られた、ヨーロッパを舞台にしたアメリカ映画の舞台化であった、という事実に、あなたは違和感を覚えませんか?

 なんてことを考えていたところ、読んでいた川崎賢子著「宝塚 消費社会のスペクタクル」(講談社選書メチエ)の中に、理解のヒントを見つけた気がした。

 以下、直感なので論証なしで乱暴に書く。

 『ローマの休日』上演の背後にあるのは、菊田一夫のブロードウェイ・コンプレックスと、大地真央が引きずる宝塚的世界観ではないか。

 東宝ミュージカルの礎を築いた菊田一夫は、戦前からミュージカル“の・ようなもの”(“アチャラカ”と呼ばれた一種のレヴュー的コメディや歌入りメロドラマ)を書いてきたが、戦後、東宝ミュージカルスと名付けた一連の舞台で、本格的な日本のオリジナル・ミュージカルを目指そうとする。しかし、“の・ようなもの”の域を出ることが出来ず、結局、ブロードウェイ・ミュージカル翻訳上演の嚆矢となる『マイ・フェア・レディ MY FAIR LADY』を輸入。その成功以降、東宝は専らブロードウェイの翻訳ミュージカルを上演する組織になっていく。
 が、それでも日本発のミュージカルにこだわった菊田は、『風と共に去りぬ GONE WITH THE WIND』の舞台化に情熱を傾ける。その夢は、帝劇での舞台ドラマ化を経たミュージカル化(日本版のタイトルは『スカーレット SCARLET』)と、それを元にした、ロンドン、ロスアンジェルス、サンフランシスコ、そしてダラスでの英語上演で半ば果たされる。しかし、それとても毀誉褒貶あったようで、最終的にはブロードウェイに行き着くことはなかった。
 映画『哀愁 WATERLOO BRIDGE』をより通俗的に焼き直したラジオ・ドラマ→映画『君の名は』で戦後その地位を確固たるのもにした菊田が、海外進出を目論んで手がけた最後の大仕事が『風と共に去りぬ』の脚色だったというあたりに、なにか象徴的なものを感じるが、ともあれ、これがミュージカルだと胸を張って言えるオリジナルを作り得ず、自ら買い入れた翻訳ものばかりが脚光を浴びるという皮肉とも言える成り行きの中で、菊田がブロードウェイ・ミュージカルに対するコンプレックスの度合いを深めたであろうことは想像がつく。
 ところが、菊田一夫が、実作者であると同時に東宝演劇部門の最大の功労者にして権力者だったがゆえに、菊田個人のコンプレックスを、企業である東宝の演劇部門が遺伝のごとく受け継いでしまった。
 そう考えれば納得がいく。『ローマの休日』のミュージカル化という発想、『風と共に去りぬ』と同じだもの。と言うことは、冒頭の「まさか」は「まさか」ではないのか……。

 一方の、大地真央の引きずる宝塚的世界観とは――。
 [ありもしない過去、理由も根拠もないノスタルジア、ユートピアをそのようなものとしておもいえがく共同性] (前掲書 P.157)
 ここに出てくる“ノスタルジア”をキーワードにした川崎氏の深い分析・洞察は、同書を読んでご理解いただきたいが、ここでは、その上澄みだけをいただいて論を進める。
 著者はその“共同性” [が、宝塚とファンとのあいだをつないでいる] と述べている。大地真央は、その“理由も根拠もないノスタルジア”に支えられた“共同性”という世界観を引きずったまま、退団後も“ 1人宝塚”として存在し続けているのではないか。彼女のファンたちの視線の中で。
 そして、“理由も根拠もないノスタルジア”の具体的イメージの 1つとして彼女の中で育まれていたのが、自らをヘプバーンにダブらせてイメージしていた『ローマの休日』だったのではないか。

 菊田的要因、大地的要因、どちらか 1つだけではとても成り立ち得ない、異様な(と僕には映る)企画『ローマの休日』は、菊田一夫の執念の呪縛から抜け出せないでいる東宝が、宝塚の世界観から抜け出せないでいる(あるいは積極的にそこにい続ける)大地真央のための“オリジナル”・ミュージカルを作り上げるという、これ以外にはないという条件の下に実現してしまった。
 これが僕の仮説。

 仕上がった舞台は、一生懸命作ったスタッフ、キャストには申し訳ない言い方だが、見かけばかりが立派な、空虚な代物だった。
 題材選びの動機がこれだけ歪んでいれば、説得力のある舞台が出来る方がおかしい。

 数ある問題の中でも楽曲の責任は大きい。
 せめてこれだけでも充実していれば、まだなんとか救われたものを。
 作曲の大島ミチルは、ミュージカルの仕事は初めてということはさておいても、経歴を見る限り“歌もの”を手がけた経験が少ない。そういう人選に、まず疑問を覚えるのだが、結果的にも印象的とは言いがたい仕上がりとなった。プロだけに、そつなくまとめて破綻はないが。
 ひどいのは作詞だ。斉藤由貴という人選は、名の知れた女優を抜擢することでの話題作り+自社(東宝芸能)所属という一石二鳥をねらったのかもしれないが、出来上がりを見れば、素人の仕事であるのは一目瞭然。陳腐な言葉と貧困なイメージは、聴いていて情けなくなるほど。
 音楽あってのミュージカルなんだから、楽曲にダメ出ししなくてどうする。菊田一夫がどういうミュージカル観を持っていたか知らないが、さすがにこれは認めないんじゃないか。

 関係者筋によれば、ストーリーの改変は認められていなかったそうで、脚本は、筋を追い、映画の名場面を再現することに終始する。
 しかし、『風と共に去りぬ』と違って、もともとそんなに面白い話なわけではない。ヨーロッパ某国の王女が宿を抜け出してローマの街を走り回る、ただそれだけ。それを見つけた新聞記者が特ダネにしようとするが、彼女に惚れて発表をあきらめる、というのが、全体をまとめるために存在するような唯一のドラマ的要素だ。
 結局、あの映画の最大の魅力は、若きヘプバーンのいきいきした表情と、全編ロケーションで撮影されたローマの風景にあった。主人公たちがスクーターに乗ったのは、後者の魅力を最大限に生かすためだったはずだ。
 脚本家も手の打ちようがないだろう。草笛光子の演じた乳母役など、山場のなさに困った末にふくらませた印象が強かった。

 本来なら、この舞台で特筆すべきは装置、ということになるのかもしれない。ローマの街のミニチュアや、手際よくデザインされた建物など、よく作られている。が、いかんせん、映画のイメージを喚起させたいという企画の意図に沿っているため、いろいろと無理が出る。
 例えば、有名な、嘘つきが口に手を入れると食われるという顔の像のセットなど、名場面を再現するためにわざわざ持ってきたという不自然な印象を受ける。先のミニチュアにしても、スクーターで走り抜けるローマの街をイメージさせるために登場するわけだが、アイディアは面白いが中途半端。あれならプロジェクターを使って映像で表現した方が効果があったのではないか。

 作品の根底が揺らいでいるので、役者についてうんぬんするのは些末的なことになるが、主役の 2人のことだけは書いておく。
 まず、新聞記者役の山口祐一郎に軽妙さがないのが痛い。この役のコメディ演技がなってないことには、話にならない。
 大地真央のスターとしての輝きは相変わらずだが、この無理な企画の中で、必ずしも脚本が描き出しきれていない某国王女というあいまいなキャラクターを演じると、さすがに浮いてしまう。そして、その分、歌の難点が目立つ結果となった。

 菊田一夫個人のコンプレックスは、世代的な問題として仕方がないのかもしれない。しかし、日本のミュージカル状況を見渡すと、そのコンプレックスは、菊田の上演した翻訳版『マイ・フェア・レディ』から 36年経った今も、少しも克服されていないという気がしてならない。
 “オリジナル”・ミュージカル『ローマの休日』のうわべの豪華さに湧く客席に身を埋めながら、僕はひたすら空しかった。

(4/17/1999)

Copyright ©1999 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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