[ゆけむり通信 番外1998]

5/19/1998
『アイリーン IRENE』

異国ノスタルジーの誤解と濫用

 大地真央って、もしかしたら今、世界で一番ひんぱんにミュージカルの主演を異なる演目で演じている女優かも知れない(笑)。なんか、笑いごとじゃない気もするけれど。
 『アイリーン』の主役は、同じ日生劇場での前回の主演作『サウンド・オブ・ミュージック』以上に彼女にふさわしい役柄だと言っていい。その一点だけから見れば成功作と言うことも出来るし、だからこそ再演されたのだろうが、大地真央が個性を発揮してればいいってもんでもないだろう、という見解を持つ人はいないんだろうか。
 僕は、『フォーティセカンド・ストリート 42ND STREET』の時と同様、日米に文化の違いなどないかのような定見のない題材選びに、疑問を感じずにいられなかったのだが。

 『アイリーン』のブロードウェイ初演は、なんと1919年。以前やはり大地真央主演で翻訳上演された『レディ、ビー・グッド! LADY, BE GOOD!』(1924)よりもさらに古い。
 もっとも、大地版の元になっているのは、73年のブロードウェイ・リヴァイヴァル版(演出/ガワー・チャンピオン Gower Champion)で、主演のアイリーン役はブロードウェイ初出演のデビー・レイノルズ Debbie Reynolds。レイノルズの後を引き継いだのはジェイン・パウエル Jane Powell で、このあたり、往年の MGM ミュージカルのスターを連れてきてノスタルジー・ブームに乗って当てよう、というプロデューサーの思惑が手に取るようにわかる。
 こうしたことから考えて、この73年のリヴァイヴァル自体がアナクロニズム(時代錯誤)の要素を多分に含んでいたと見て、まず間違いないだろう。

 さて、お話は――。
 オリジナルでは家具屋の店員だったらしいが、リヴァイヴァルでは主人公の職業はピアノの調律師。
 1919年、ニューヨーク。うらぶれた9番街のピアノ・ショップの娘アイリーンは、いつも前向き。いつかは華やかな5番街に進出したいと、ビジネス書を読んで勉強している。まずは手始めに、店を改装し、電話を取り付けた。
 その電話に最初にかかってきたのが、ロングアイランドの富豪マーシャル家からの調律依頼。出かけたアイリーンは、若き当主ドナルド・S・マーシャル3世と出会って……。
 と、ここまで書けば誰にでも想像のつく、そう、これはアメリカン・ミュージカル・コメディ十八番のシンデレラ・ストーリー。
 このアイリーンとドナルドのありがちな恋物語に彩りを与えるのが、マダム・ルーシーという名の服飾デザイナー。
 パリで大成功しているという触れ込みで、ニューヨークのサロン開設を援助してほしいとドナルドの前に現れる中年の“男性”だが、どうも怪しい。それを承知でドナルドは、アイリーンのビジネスの才能を試すチャンスと、彼女をマネージャー兼モデルとしてマダム・ルーシーと組ませる。
 このもくろみは成功して、マダム・ルーシーは一躍人気デザイナーになるが、その過程で、ビジネスライクにしか自分と関わろうとしないドナルドに嫌気のさしたアイリーンは9番街に引き上げる。そこでようやく自分の恋心に気づいたドナルドは、1人アイリーンの店を訪れるが、こうした物語の常で、2人の仲はさらにこんがらがる。
 そんなところに、アイリーンを上流の娘と誤解したドナルドの母から、邸でのパーティへの招待状が届き、気丈夫なアイリーンの母が娘の代わりに出かける。それをアイリーンが追いかけ……。と、あとは大団円へ向かうばかり。

 前述したように、大地真央はハマり役。気さくでタフでユーモラスでチャーミングなアイルランド系アメリカ娘をはつらつと演じて魅力的。極端に言えば、この舞台の魅力はそれに尽きる。
 さらに言えば、大地真央という、それだけで1つの世界が成立しているような存在があればこそ、この異国のノスタルジックなミュージカルは上演が可能になっている。どんなシチュエイションでもスターの存在感で“あり”にしてしまう宝塚の論理で(これ、別に否定的に言ってるわけじゃありません)。
 しかし、だからと言って、“25年前”に本国アメリカでリヴァイヴァルされた時点でさえアナクロに思えたに違いない作品を、あえて 90年代の日本で上演しようと考える製作者には、「他に作るものないの?」という疑問を投げかけないわけにはいかない。
 例えば、戦前の浅草だの、占領下の東京だの、それこそ宝塚や日劇だの、歌って踊る大地真央のキャラクターを生かせる設定はいくらでも考えられる。だから、1919年の9番街、ロングアイランド、アイルランド気質なんていう、場合によってはアメリカ人でも実感できない世界をカツラかぶってまで演じるのは、そろそろ止めにしませんか。

 この舞台で特筆すべきは、装置(堀尾幸男)。
 渋いストライプの布地のイメージを幕や床面に配してステージのトーンを美しく統一。舞台額面よりひと回り小さいサイズの四角い額を黒っぽい棒を組んで作り、芝居のサイズが小さくなる時にフォーカスの役割を果たさせると同時に、その額の天井に近い部分の両端に装飾的な鳥を置き、それを動かしてみせるという細かい芸も発揮。装置全体の抽象性もほどよく、すっきりと楽しい雰囲気を作り上げた。

 演出(鵜山仁)はテンポよく、振付(前田清美、藤井真梨子[タップ])も、どこまでオリジナルかわからないが、9番街の連中が舞台を一杯に使ってラインを作るところや、ブロードウェイ・リヴァイヴァルでも呼び物だったというピアノを使ってのタップなど、アイディア豊富で面白かったが、リハーサルが足りないのか全体にダンサー陣の切れが今ひとつな印象を受けた。

 出演者では、まずアイリーンの母役の草笛光子。さばさばしたたくましさと、かわいらしさを併せ持つキャラクターがピッタリで、かいま見せるダンスもさすがの動き。舞台に厚みを与えたのは、この人。
 マダム・ルーシー役の井上順は、演技の勘というかタイミングがいいので破綻はなく、笑いもとる。これで歌と踊りがきっちり鍛えられていれば申し分ないのだが。
 アイリーンの友達でモデルになる鮎ゆうきと紫城いずみの宝塚コンビは手堅い。宝塚出身者は機会を与えられるせいか、舞台で華やかに見せる術を体得しているように見える。
 ドナルドの母役で出た金井克子に期待したが、踊る場面がなく残念。
 そのドナルド役、石井一孝は『レ・ミゼラブル LES MISERABLES』でも人気が高いようだが、無難にこなすものの、突出した魅力は感じられない。

 次は『ローマの休日』? 大地真央はもう日本人に戻れないのだろうか。

(6/27/1998)

Copyright ©1998 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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