[ゆけむり通信 番外1998]

8/26/1998
『ディーン〜ジェームス・ディーンの生涯より〜 DEAN』

間違った買い物

 以前も触れたことがあるが、ウェストエンドでは、過去のスターの伝記的ミュージカルを比較的手軽に作ってしまうという傾向がある。
 だいたいが時間軸に沿って描かれ、名場面の再現(名曲のソックリ再演)が眼目となっている。そして、そのスターはアメリカのスターであることが多い(この辺のことを分析するとイギリス人のアメリカ文化に対する視線が見えてきそうで面白い)。

 この『ディーン〜ジェームス・ディーンの生涯より〜』という邦題が付けられたミュージカルも、そうした作品の 1つのようだ。安易とまでは言わないが、スターのイメージと広く知られたエピソードに寄りかかって書き上げられた、どちらかと言えば凡庸な脚本(ジョン・ハウレット John Howlett)。そして、あまり印象に残らない音楽(ロバート・キャンベル Robert Campbell)。
 プログラムによれば、ロンドンでの上演は 1976年。
 それを宝塚で初めて翻訳上演(潤色・演出/岡田敬二)したのが 81年。主演が大地真央。再演は 91年。主演は安寿ミラ。 3度目となる今回の主演は、星組の絵麻緒ゆう。
 バウ・ミュージカルと呼ばれる、宝塚のやや規模の小さい舞台での上演作品として、題材はピッタリだと考えたのかもしれないが、こんな B級のものを買うぐらいならオリジナルを作った方がずっといい。

 物語はこうだ。
 ジェイムズ・ディーンはブロードウェイのプレイで賞賛を浴びるものの、満足できずに、映画出演のためハリウッドへ向かう。
 1作目の『エデンの東 EAST OF EDEN』を撮影中に、ピア・アンジェリと知り合い恋に落ちるが、実らない。映画の成功も、傷ついた彼の心を癒やすことは出来ない。その後も、撮影所のスター主義と演技者としての自負の狭間で揺れながらも、『理由なき反抗 REBEL WITHOUT A CAUSE』『ジャイアンツ GIANT』と、話題作、秀作に出演、高い評価を得るが、孤独な魂は安らがない。そして、『ジャイアンツ』撮影終了直後、乗っていた車の事故で 24歳の生涯を閉じる。

 ミュージカルとしてどうこう言う以前に、まず思ったのが、ジェイムズ・ディーンってこんな情緒不安定なガキみたいなやつだったんだろうか、ということ。何の予備知識もなしに観たら、どうしてこんな男が永遠の青春スターと言われるような存在になったのか、理解できない。
 日常のドラマがそのまま映画のシーンに移行するという描かれ方が出てくるのだが、それを観ていると、ディーンは映画で演技をしているのではなく、地の姿をそのまま撮られているように思える。しかし、ジェイムズ・ディーンという役者は、もっとプロフェッショナルだったのではないんだろうか。

 その他の登場人物の描かれ方もかなり浅く、特に、ナタリー・ウッド、エリザベス・テイラーといった女優たちは、ほとんど記号と化している。ディーンの悲恋の相手ピア・アンジェリにしたところで、物語の都合上現れましたという印象。
 ニコラス・レイ、エリア・カザンなどの監督や、コラムニスト、ヘダ・ホッパーらがかろうじて陰影のある人物に見える程度。

 こうした人物像の輪郭が薄くなった原因は、ジェイムズ・ディーンや彼の出演映画について観客があらかじめ知っている、ということを前提に描いている姿勢にある。
 アメリカの 50年代前半がどういう時代であったかという描写もないし、『エデンの東』の素晴らしさや、実は死後に公開された『理由なき反抗』に対するセンセーショナルな反応なども、まるで伝わってこない。ディーンの名前や映画のタイトルを出せばもうそれで全てわかって当然だろうと言わんばかりで、脇役を描き込む必要性など感じていないのだ。

 時代の描写ということでもう 1つ言えば、ディーンが亡くなったのは 1955年 9月。従って、音楽的にはロックンロール以前。だから、使われている音楽の一部がスタイルとして時代的に矛盾しているのは明らか。
 また、“オスカー賞”だの“(ハンフリー・)ボガード”だのといった本来あり得ないセリフを聞くと、オイオイと思ってしまう(特に後者の間違いは宝塚ではしばしば登場する気がするが、違うか)。

 以上、ほとんどがミュージカル的な評価以前の話だが、ミュージカルという舞台上のファンタジー(ジャンルとしてのではなく)を成立させるためには、人物や設定などが充分な説得力を持つ必要がある。それが脆弱なこの舞台、とても安心して観ているわけにはいかなかった。

 ジェイムズ・ディーンという素材にあくまでこだわるなら、例えば次のような構成で描いてみてはどうだろう。
 ディーンが死んだ時点から始まって、 3本の映画で共演した女優たちが順に回想していく。 3つの異なるディーン像が描かれた後で、唯一の恋人だったという(ホントか?)ピア・アンジェリが、意外なディーンの生々しい姿を告白する。
 こうすれば、ある種の謎解きの興味も出るし、ディーン自身が語るという野暮ったさもなくなる。

 役者では、ニコラス・レイを演じた萬あきらの存在感が光った。

(12/12/1998)

Copyright ©1998 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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