[ゆけむり通信 番外1998]

2/10/1998
『ブルーエンジェル THE BLUE ANGEL』

翻訳とオリジナルの狭間で

 『ブルーエンジェル』はイギリス産だそうで、トレヴァー・ナン Trevar Nann 演出によるロイヤル・シェイクスピア・カンパニー公演が 91 年にストラットフォード・アポン・エイヴォン(って地名でしょうね)で行なわれ、翌年にはウェストエンドの劇場にかけられたらしい(気づいてみれば前回のロンドン訪問から早1年3か月。今度はいつ行けることやら)。
 今回の日本公演は、その時のパム・ジェムズ Pam Gems の脚本に則ってはいるものの、演出、振付のみならず、音楽(及びおそらく装置)まで新たに作っての“半オリジナル”上演となっている。
 そのイギリス版を観ていないから比較出来ないが、例えば同じシアターコクーンを根城にしていたオンシアター自由劇場などとよく似た濃密な空気の舞台に仕上がっていて(元自由劇場の役者が出ていることもあるが)、借り物感は希薄だった。

 同じ原作(ハインリヒ・マン Heinrich Mann「ウンラート教授 Professor Unrat」)を元にした1930年のジョゼフ・フォン・スタンバーグ Josef von Sternberg による著名な映画化作品『嘆きの天使 DER BLAUE ENGEL』とは、時代や都市の設定、それに教授が反撃に転じる後半のストーリーが異なる。

 30年代初頭のドイツ。港町ハンブルクにあるクラブ、ブルー・エンジェルでは、夜毎怪しげなショウが繰り広げられている。
 そこに迷い込んできたのは堅物の教師ラート。優等生の仮面を被った教え子ポールたちの悪行の現場を押さえるつもりだったのだが、いつしか歌姫ローラの魅力に囚われてしまう。周囲の再三の忠告も聞かず、ついにはローラにプロポーズしてしまうラート。が、意外なことにローラは承諾する。
 喜んだのもつかの間、贅沢なローラを満足させるためにラートは蓄えを使い果たす。しかも、ローラとの結婚で学校を解雇されており、再就職もままならないラートは、ローラに言われるままに美人局の片棒を担ぐ。
 人生の裏側を知り、謹厳そうな顔をした人間の本当の姿を見たラートは、自分を追いつめた彼らへの復讐を誓い、恐喝めいた行為も辞さない狡猾な金貸しになる。そしてローラのためにブルー・エンジェルを買い取る。
 しかし、一座の人間の裏切りにあって逮捕されるラート。ポールと寄りを戻すローラ。
 釈放されたラートは、それが嫌っていたかつての教え子ポールのおかげと知り、金のみならず誇りも失い、ブルー・エンジェルの舞台で道化として笑われながら死んでいく。

 ブルー・エンジェルのステージを模した薄暗い舞台。どこかフリークス的に見える動きでゾロゾロと徘徊するように現れる役者たち。不気味にアンバランスな衣装。神経症的な泣き声。笑い声。
 雰囲気を決定するオープニングから、不安気でセクシャルな“濃い空気”が漂う。
 それはいいのだが、そのオープニングの徘徊が長い。ゆっくりした調子で登場し、歩き回り、ただ去っていく。ガッと観客をつかんで放さない始まり方ではない。
 観ながら、ここからミディアム・テンポの音楽が入ってみんなを踊らせるはずだ、踊らせてくれ、と思い続けた。でないとヒットしないぞ、と。

 そんなブロードウェイにかぶれたミュージカル・ファンの心配なぞ、ミュージカルと銘打ちながらも実のところ目指したのはプレイ・ウィズ・ミュージックである『ブルーエンジェル』にとっては余計なお世話なのだが、それでも、充実した楽曲(作編曲 / coba、作詞 / 湯川れい子)、振付(メリル・タンカード Meryl Tankard)、装置(堀尾幸男)、照明(服部基)、衣装(中山賢一)を得て、もう一歩で第一級のミュージカルになったのに、と思わずにいられない。
 借り物感は希薄、と最初に書いたものの、芝居だけで観ているとやはり思わせぶりな印象は否めない。赤毛物は赤毛物なのだ。
 いっそのこと設定を大正時代の日本にでも変えてしまえば、すっきり観られたかも。そうすれば、この作品の持つ現代との二重写し部分(世紀末的な不安感や社会の退廃)の焦点が絞られて、もっとインパクトが強くなったはず。

 ラート教授役の沢田研二。うまいがミスキャストじゃなかったか。にじみ出る色気が役柄に違和感を持たせた。しかし、歌はメチャクチャ素晴らしいなあ。
 ローラ役鈴木砂羽。力演だが肉体的にヴォリュームが足りない。
 これは他の女性ダンサーも同じ。この作品に限ったことではなく、翻訳物をやるとまず気になるのが女性が子供っぽく見えること。これは全く役者の責任ではないのだが。彼女たちは個性的な振付をよくこなしていた。
 1人はかなげで際立ったのが堀川早苗。これでもっと体技が伴えば面白くなりそう。
 男性陣では一座の座長に扮した子鹿番が、フリークス臭をプンプンさせて存在感を示した。大森博、冨岡弘も得難い個性。
 特筆すべきはヴァイオリン2、チェロ1+ DJ という楽団(?)編成。特に櫓のようなセットに乗って現れたり消えたりする DJ の導入は刺激的だった。生音と録音の併用というのはこれから増えていく可能性があるが、この作品の試みは大成功。ただのオケをテープで流すプロダクションは消えてなくなるべし。

(3/28/1998)

Copyright ©1998 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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