[ゆけむり通信 番外1997]

7/15/1997
『Oh!マイSUN社員』

サラリーマン・ミュージカルってありですね

 観たいとは思いつつ腰が引けていた劇団ふるさときゃらばん。自動車会社を舞台にした、“サラリーマン・ミュージカル”の第4弾。
 観てよかった。
 この人たち、ミュージカルのノリが体でわかってる!

 開演アナウンスの後、場内が暗くなると、出演者たちが客席を通って舞台に駆け上がっていく。40人近い、その数の多さにまず驚く。
 と同時に、全員がいきなりタップを始めるのにも驚かされる。それもスーツや作業着といった姿で。
 とは言え、役者に華やかさがないのはひと目でわかる。『フォーティセカンド・ストリート 42ND STREET』の向こうを張ったかのような全員タップのオープニングにもかかわらず、ショウ場面としても地味に見える。

 だが、そのダンスを観ながら、この劇団はちょっと違う、と思った。
 踊りにとまどいがないのだ。
 全員が確信を持って体を動かしている。与えられた振付をなぞっているのではない。そこでそうやって踊ることの意味を全ての役者が自分なりに理解している。そうとしか思えない動きだ。
 プロにしてみれば当たり前のようなことだが、ここまでこなれた群舞、残念ながら日本のミュージカルではなかなかお目にかかれない。

 続く自動車工場のシーンもダンス・ナンバーで始まるが、ここでもアッと思う。
 音楽は、ややノイジーなサンプリング音によるヒップホップ風味なもの(あくまで風味ですが)。踊りも、それに沿ったストリート・ダンス的な動き。
 こういうナンバー、意外にむずかしい。と言うか、ストーリーのはっきりしたいわゆるブック・ミュージカルでうまくいったのを、日本に限らずあまり観たことがない(『ノイズ/ファンク NOISE/FUNK』はストーリー性はあるが本質的にはレヴュー)。『クレイジー・フォー・ユー CRAZY FOR YOU』のスーザン・ストロマン Susan Stromanが『ビッグ BIG』で子供たち(の役の人たち)にストリート・ダンスを踊らせたが、ジャズ・ダンス教室のレッスン風景にしか見えず、がっかりした。“とってつけた感じ”をぬぐえない、というのが、こうしたヒップホップ系ダンス・シーンにはついて回る。
 ところが、ふるさときゃらばんの面々、その外見とは裏腹に、今日的なビートのナンバーを踊って違和感がない。しかも、その場面そのものが全体の中で違和感なく、工場の現場の気分をうまく表現しているのだ。

 そもそもこのミュージカル、楽曲のスタイルの幅が広く、もしオリジナル・キャスト盤を作ったとしたら、かなりバラバラな印象を受けるんじゃないかと思う。
 にもかかわらず、どのナンバーも全体の流れに溶け込んでいる。
 芝居部分と歌・踊りとのつながりも、けっして滑らかではないところもあるのだが、それも大して気にならない。
 と言うのも――、
 1)脚本がよく出来ていて人物像がよく練られているので、彼らの感情表現である歌や踊りの世界に自然に入っていくことが出来る。
 2)その前提として、各楽曲が登場人物のキャラクターをよく捉えて作られていて、メロディも詞もその人物のイメージに合っている。さらに、芝居部分では表現できない奥行きを逆に楽曲がキャラクターに与えている。
 ――からで、そこには、自分たちの手でオリジナル作品を作り続けてきた人たちならではの確かなミュージカル理解がある。

 その成果は、具体的にはこんな場面に表れている。
 第1幕の最後。ストーリーの中心になる沖山家の父親が、同僚や家族から誤解されながら事情があって言い訳もできず、苦しんだあげく、突然わらべうたのようなものを激しい調子で歌いだす。すると、母親や娘たちが居間に戻ってきて、憑かれたように歌う父を見、やがて一緒に歌いだす。
 異様な印象を受けてもおかしくないこの場面、セリフはもとより歌詞にも彼らの行動を説明する具体的な要素は何もないのだが、それまでに描かれてきた沖山家の人々を観ている観客は、その唐突な歌を歌わずにいられない彼らのやりきれなさや家族に対する愛情を、理屈でなく理解する。

 こんな場面もある。
 それまでどちらかと言えばクールなキャリアのイメージだった女性社員が、ある日、コンピュータに馴染まない古株の社員に打ち解けた態度を見せる。どうしたんだろうと思っていると、歌い始める。
 休日に実家に帰ったら父親が所在なげな背中を見せていた、という内容の歌。
 だからどう、と説明するわけではないのだが、彼女の心境の変化がスッと伝わるミュージカルならではのうまい表現だ。これをセリフで語られたりしたらけっこう興ざめだと思う。

 さて、ストーリー。

 堅実な経営をしている自動車部品メーカー川崎キャビンが、大手自動車メーカー日工自動車株式会社と合併したところから話は始まる。
 現場の創意工夫を尊ぶ自由な気風の旧川崎キャビンに、日工本社が合理的管理システムを強引に導入しようとして軋轢が生じ……というのが大筋だが、前半はもっぱら若者たちの結婚にまつわる話が展開する。

 川崎キャビン時代の工場長で今も実質的な現場の責任者である沖山啓一の周りでは、結婚のトラブルが相次ぐ。
 次女ヒロ美はハネムーンの途中で帰宅して離婚すると言い、日工本社からの配転者島本は結婚式直前に相手に去られて落ち込み、長女伸子は父親の違う子供2人を抱えながら3人目を妊娠中でその父親とも別れていた。
 この辺、ややコミカルな描写ながら、他人同士が一緒に暮らす結婚てむずかしいね、という気分を醸し出す。
 一方、会社での啓一は、これまで効果的に機能してきた川崎のオリジナリティあふれるシステムを無視して日工の生産システムを導入しようとする本社のやり方に反対したため、研修の名目で一時的に本社に派遣される。そして、システムの改変は実行に移され、現場は大混乱になる。

 早い話、男女の結婚と企業の合併とをオーヴァーラップさせながら、サラリーマン社会の哀歓を描き出していこうという構造。
 と書くと、なんだか図式的な感じがするかもしれませんが、前述したように脚本がよく出来ていて人物像が練られているので、ウソ臭くない。

 特に会社に関する部分は細部に非常にリアリティがあるので、説得力がある。
 例えば、イントラネット立ち上げの話や、部品の緊急調達の際に電子メールを送った上で重ねて国際電話をかけ担当者をつかまえて念を押すところなど、取材なしには書けないところだし、川崎キャビンと日工自動車の社風の違いを示す社員同士の言葉遣いや冗談の質、書類の回し方などの描き方もていねいだ。
 そういった描写の積み重ねがあるので、日工本社から来た新工場長なども紋切り型の悪役にならず、むしろその言い分にも一理ある感じまでしてくる。その結果が、単純な企業批判でも会社万歳でもない、ふくらみのある物語として結実している。

 新工場長が研修から帰ってきた啓一をつかまえて、目標達成のために混乱した工場の稼働を正常な状態に戻してほしいと頼むところが、このミュージカルのクライマックスだと思うが、その説得が、けっして人情論にならず、愛社精神の鼓舞にもならず(一瞬そう見えるが違う)、勤労者であるサラリーマンとしての誇りに訴える形になっているところを観て、僕は深くうなずいた。
 劇団ふるさときゃらばん、ミュージカルだけでなく、サラリーマンのこともわかっている!

 と、ほぼ絶賛してきましたが、僕の感覚から言えば芝居部分が時に長すぎると思うし、一本調子なセリフ回しが気になることもあった。
 ダンスも、傑出した人が出てくればもっとショウ場面がふくらむと思う(って当たり前か)。
 この辺、趣味の違いかもしれないが、さらなる前進を期待したい。

 役者に華やかさがないなどと失礼なことを書きましたが、観ているうちにそれぞれの個性の魅力が伝わってきて楽しかった。それにしても啓一の妻、智代役の天城美枝さん。プロフィールに[明るいオーラを放っている]とあるが、ウソじゃありませんね。

 でも、ふるさときゃらばんも宝塚と同じで、拒否反応を示す人がいるんだろうな。華やかと地味、と印象は正反対ですがね。

(7/21/1997)

Copyright ©1997 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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