[ゆけむり通信 番外2013]

  • 8/ 6/2013
    『ロミオとジュリエット』
    東京宝塚劇場
  • 8/ 9/2013
    『ABKAI(えびかい)(蛇柳(じゃやなぎ)/疾風如白狗怒涛之花咲翁物語(はやてのごときしろいぬ どとうのはなさきおきなのものがたり)~はなさかじいさん~)』
    シアター・コクーン
  • 8/15/2013
    『其礼成心中(それなりしんじゅう)』
    パルコ劇場
  • 8/19/2013
    『八月納涼歌舞伎 第三部(江戸みやげ~狐狸狐狸ばなし(こりこりばなし)/棒しばり)』
    歌舞伎座
  • 8/20/2013
    『八月納涼歌舞伎 第一部(新版歌祭文~野崎村/春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし))』
    『八月納涼歌舞伎 第二部(梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)~髪結新三/色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)~かさね)』
    歌舞伎座
  • 9/ 4/2013
    『九月大歌舞伎 夜の部(沖津浪闇不知火~不知火検校(しらぬいけんぎょう)/馬盗人(うまぬすびと))』
    新橋演舞場
  • 9/ 5/2013
    『九月大歌舞伎 昼の部(元禄忠臣蔵~御浜御殿綱豊卿/男女道成寺(めおとどうじょうじ)/天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)~河内山)』
    新橋演舞場
    『ルパン~アルセーヌ・ルパン~』『ファンタスティック・エナジー』
    東京宝塚劇場
  • 9/ 9/2013
    『伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく) 第一部』
    『伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく) 第二部』
    国立劇場小劇場
  • 9/10/2013
    『ネクスト・トゥ・ノーマル』
    シアター・クリエ
  • 9/19/2013
    『九月花形歌舞伎 夜の部(陰陽師(おんみょうじ)~滝夜叉姫)』
    歌舞伎座
  • 9/20/2013
    『九月花形歌舞伎 昼の部(新薄雪物語(しんうすゆきものがたり)~花見~詮議~広間~合腹/吉原雀(よしわらすずめ))』
    歌舞伎座

2013年8~9月観劇記

 星組公演『ロミオとジュリエット』(潤色・演出/小池修一郎)。
 ロミオ=柚希礼音、ジュリエット=夢咲ねね、は固定だが、準主役級の何役かで複雑なダブル・キャストがある。が、少なくとも僕のとってのポイントは、2番手の紅ゆずるがティボルト(ロミオの敵)とベンヴォーリオ(ロミオの親友)、3番手の真風涼帆がティボルトと“死”を演じているところ。で、観た回は、ティボルトが真風涼帆で、紅ゆずるはベンヴォーリオ。これで正解、と思った。
 ベンヴォーリオは狂言回し的な重要な役だが、モンタギュー(味方)とキャピュレット(敵)の間で揺らぐ瞬間がけっこうある、登場人物中、最も曖昧(で複雑)なキャラクター。これを紅ゆずるが演じることで舞台の厚みが得られた。ちなみに、もう1人のベンヴォーリオ役は若い礼真琴で、いつもは男役ながら、この日は女性の姿の“愛”を演じていた。おそらく、彼女のベンヴォーリオでは物足りなく感じたと思う。
 逆に、ティボルトという役は、ある意味、単純なので、紅ゆずるでなくてもいい。と言うと、真風涼帆のファンに叱られるかもしれないので急いで言うが、もちろん彼女は魅力的に演じていた。ここはあくまで、紅ゆずるがどちらかを演じるのであれば、という仮定の話なので、誤解なきよう。
 宝塚版『ロミオとジュリエット』の初演は星組だが、東京には来なかったので、星組版を観るのはこれが初めて。華やかで、いい。うまい人が多いし。この演目で重要なジュリエットの乳母役は美城れんで、さすがな感じ。あと、キャピュレット夫人の音花ゆりもよかった。

 海老蔵の自主公演『ABKAI』の演目は、歌舞伎十八番の復活もの「蛇柳」と、脚本/宮沢章夫、演出/宮本亜門による新作「疾風如白狗怒涛之花咲翁物語~はなさかじいさん~」
 「蛇柳」は、柳の木に封じ込められていた蛇が蘇って暴れる、という話で、準“松羽目物”の舞踊。なぜ“準”かと言うと、舞台正面に描かれているのが、松ではなく柳だから。この柳が途中で蛇に変わります(ネタバレ)。
 蛇役の海老蔵が、僧侶役の愛之助と争っている途中で別の役者と入れ替わって、最後に押し戻しの豪傑として出てくるのだが、その間がけっこう長い。正直、そこがダレる。次回までの課題だろう。
 「はなさかじいさん」は、例の童話のヴァリエーションで、犬のシロが超人的に活躍する。歌舞伎の、あの手この手をうまく使って飽きさせずに見せるのは宮本亜門の手柄。ま、それも、海老蔵の八面六臂の活躍があってだが(シロと悪役得松を早替りで、そして最後に、領主の殿様役を演じる)。愛之助(じいさん)と吉弥(ばあさん)も、けっこう出ずっぱり。市蔵は、ちょっと役不足でもったいなかったかな。
 全体を通じて、愛之助の助っ人ぶりが光っていた。

 その名も“三谷文楽”『其礼成心中』。作・演出/三谷幸喜。初演は昨年で、これが再演とか。
 演じているのは、ホンモノの文楽の、中堅から若手の太夫・三味線・人形遣いの人たち。思ったのは、文楽の人たちは見事だなあ、ということ。この程度の脚本を、破綻なくまとめて、しかも、きちんとした浄瑠璃に仕立て上げている。
 2006年3月のパルコ歌舞伎『決闘!高田馬場』(作・演出/三谷幸喜)の時にも似たようなことを思った。歌舞伎の役者は偉いな、と。この程度の脚本を、一応、見られるものに仕上げて……。
 もう1つ、7年前と似たようなことを思った。甘い客だなあ、と。
 まあ、とりあえず現代語でも浄瑠璃になることはわかった。なので、次は、もっと、しっかり練られた脚本で上演していただきたい。

 夏の名物、三部制の『八月納涼歌舞伎』が、新装復活した歌舞伎座にも登場。勘三郎不在ながら、例年通り、中村屋中心(+成駒屋・大和屋)の顔ぶれが揃った。
 第一部は、「新版歌祭文~野崎村」「春興鏡獅子」
 第二部は、「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)~髪結新三」「色彩間苅豆~かさね」
 第三部は、「江戸みやげ~狐狸狐狸ばなし」「棒しばり」
 「野崎村」は、お染・久松で知られる人形浄瑠璃「新版歌祭文」の一部分で、現代の感覚では理解しがたい“こんな男になぜ惚れる”的三角関係の話。……に思えるが、意外に今でもあるのかも。ここでの主人公は未練を振り捨てて諦めるお光で、演じるのは福助。優柔不断な久松が扇雀、世間知らずのお嬢お染が七之助、お光の父で微妙な立場を演じるのが難しいだろう久作を彌十郎、お染の母お常を東蔵。前半はコミカルでけっこう面白い。後半は、浄瑠璃に聴き惚れて(?)、ついウトウト(笑)。
 「春興鏡獅子」は、勘三郎の持ち芸だった踊り。前半が小姓の可憐な踊り、後半が小姓に乗り移った獅子の精の激しい踊り、とメリハリのある構成で、脇で出てくる子役2人の蝶も含めて、楽しい。今回は、月の前半を勘九郎が、後半を七之助が、小姓→獅子の精になって踊った。観たのは七之助だったが、小姓の時の扇子遣いがやや危うく見えた。獅子の精も、きっちり踊ってはいるが、兄に比べると迫力不足か。ま、致し方ないが。
 ちなみに、小姓を舞台に引き出す役で小山三が登場。大向こうから(たぶんアナウンサーの山川静夫)「誕生日おめでとう! 九十三!」の声がかかった。
 「髪結新三」も勘三郎の持ち芸。今回は、三津五郎の新三。この演目での三津五郎は、勘三郎や菊五郎の新三で業突く張りな大家をやっていたのが印象的。芸風が違うので、勘三郎の“愛嬌”と“凄み”を行き来する面白さは薄いが、三津五郎らしい“怖さ”が出て、悪くなかった。ちなみに、大家は彌十郎(ハマり役!)、新三に恥をかかされ復讐に出る顔役の弥太五郎源七が橋之助、新三の子分下剃勝奴が勘九郎、大家の女房が亀蔵(これまたハマり役!)、新三に騙される手代忠七が扇雀、新三にかどわかされる白子屋の娘お熊が児太郎(まだまだ)、お熊の母お常が萬次郎(いつもながら、いい声)、お熊を助けるために奔走する車力善八はおなじみ秀調、という布陣。
 「かさね」は怪談の踊り、ってどんなだ? ま、長い話の一部が清元(浄瑠璃)による踊りになっていて……、という流れがあって、その一部だけが現在では上演されている、と。なので、諸々の因果関係は「野崎村」同様、イマイチわかりにくいが、たぶん、清元を聴いていれば理解出来るのだろう。まあ(笑)、ともかく、ここでは、かつて心中を誓いながらも捨てた女に追いすがられた男が、その女を斬り殺す、という話。で、その女が速攻化けて出る。「四谷怪談」のように女の容貌が醜く変わる趣向もあり、なかなかに凄惨。それが様式美となる……かどうかが勝負。過去に観たのは、亀治郎(現猿之助)・海老蔵、時蔵・染五郎、で、どちらもよかった。今回は、福助・橋之助。正直、このネタをやるには、橋之助には、海老蔵、染五郎の浮世離れ感が少し足りない気がした(笑)。
 「狐狸狐狸ばなし」は、元々は大阪の話だったそうで。その舞台を江戸に移したものに“江戸みやげ”と付くらしい。けっこう身も蓋もない艶笑話で、そこに“狐狸狐狸”というだけあって、騙し合いが絡んで面白く展開する。これも勘三郎の得意ネタ。勘三郎の役回りで、女房に浮気される元上方の女形伊之助を扇雀(熱演!)、女房おきわを七之助(蓮っ葉で色っぽさもあってよかった)、色気坊主重善を橋之助(こういう役はいい)、伊之助宅の間抜けな居候で実は明晰な芝居作者又市を勘九郎、重善にご執心の金持ち娘おそめを亀蔵(怪演!)。巳之助が脇で出ていたが、まだまだ。
 「棒しばり」は、松羽目物(まつはめもの)のコミカルな踊り。これまた勘三郎がよく演じたネタで、記録を見ると、勘三郎(勘九郎)=次郎冠者×三津五郎(八十助)=太郎冠者というコンビで何度も踊っている。もちろん、踊りのうまい三津五郎だから、アクロバティックな方の(棒で両手を不自由にされる)次郎冠者でも何度か踊っていて、今回もそう。で、相方の太郎冠者が勘九郎。こういうのを観ると、ジンと来る。間に入る主人役が彌十郎だし。
 というわけで、“勘三郎愛”に満ちた納涼歌舞伎だった。

 新橋演舞場の『九月大歌舞伎』。この公演のポスターは、横長の大判で、河内山宗俊と不知火検校に扮した2人の幸四郎が左右に立ち、「悪の華 二輪」というコピーが大きく入った印象的なものだった。都内の駅構内に貼られていたようなので、ご覧になった方もいらっしゃるかも。というわけで、「河内山」「不知火検校」がウリ。
 昼の部は、「元禄忠臣蔵~御浜御殿綱豊卿」「男女道成寺」「天衣紛上野初花~河内山」、夜の部は、「沖津浪闇不知火~不知火検校」「馬盗人」という演目が並ぶ。ちなみに、三津五郎が病欠(膵臓に発見された腫瘍治療のため)で、いつくかの演目で配役が変わっていた。
 「元禄忠臣蔵」は真山青果の書いた“新”歌舞伎で、基本、会話劇。で、同時に「~だ」「~のだ」という語尾の決め付けが気になる、という特徴(?)があり、どちらかと言えば退屈な作品。今回の「御浜御殿綱豊卿」は、主人公・大石内蔵助の出てこない場面で、赤穂浪士に心を寄せる御三家の殿様・徳川綱豊と、下級赤穂浪士の1人とが、綱豊のお気に入りとなった浪士の妹を介して出会い、議論する、という話。徳川綱豊が橋之助(たぶん予定では、この役が三津五郎)、綱豊と議論する富森助右衛門が翫雀(たぶん、これが橋之助だった)、助右衛門の妹お喜世が壱太郎(いつも可憐)、御祐筆江島が魁春、新井勘解由が我當。橋之助の殿様が、かなり感じを出していてよかった。てか、今月登場した全ての舞台で、おそらく、精神的に兄貴分である三津五郎の分までという気概で橋之助は臨んでいたように見えた。
 「男女道成寺」は、おなじみ「道成寺」の変奏の1つで、タイトル通り、男女で踊る。男(白拍子桜子実は狂言師左近)が橋之助、女(白拍子花)が孝太郎。2人の踊りの質が若干違う気もしたが、まあ、素人の目なので当てにはならない。
 「河内山」は、いつも通り、上州屋質見世より松江邸玄関先まで。幸四郎お得意の宗俊が、スカッと見せてくれる。周囲は、ご乱心の殿様・松江出雲守が翫雀(やや人がよく見えすぎか)、松江家家老・高木小左衛門が左團次、宗俊の正体を見抜く間抜けな悪役・北村大膳が錦吾、殿様に横恋慕される腰元浪路が壱太郎。他、宮崎数馬=高麗蔵、和泉屋清兵衛=東蔵、後家おまき=秀太郎(何をやってもうまい)、といったところ。
 「不知火検校」には、“松本幸四郎悪の華相勤め申し候”という但し書きが付いている。勝新太郎の映画版が有名だが(僕もこれで知った)、元々は、先代(十七世)勘三郎のために宇野信夫が書いた新作らしく、初演は1960年。今回の上演は、やはり先代勘三郎が演じた1977年以来だとか。初演の時に、開幕早々殺される若い按摩(その因果で主人公は生まれつき目が見えないという設定)として当代幸四郎が出ていたらしい。で、幸四郎の「不知火検校」、面白かった。「河内山」のような愛嬌はなく(途中、座頭市絡みのギャグがあったが)、たとえ金のためでも人助けなんて絶対にしない。正に“悪の華”(と言いつつ幸四郎には、やはり愛嬌があるのだが)。役者は登場順に、検校の父・魚売富五郎が錦吾、検校に騙される若いカップルが巳之助と壱太郎、検校にとことん嬲られて最後は殺される旗本の奥方浪江が魁春、その夫が友右衛門、悪人同士として検校と出会って気心を通じ合う生首の次郎(後に手引の幸吉)が橋之助、同様に悪の仲間となる兄弟が彌十郎と亀鶴、殺されてしまう初代検校が桂三、検校が強引に妻にしてしまう湯島おはんが孝太郎、その母が秀太郎、生首の次郎の女房が高麗蔵、おはんの愛人で共に殺される指物師房五郎が翫雀、最後に検校に縄をかける寺社奉行石坂喜内が左團次(三津五郎の代役)、といった顔ぶれ。
 「馬盗人」は三津五郎(先代から)の得意とするユーモラスな踊りで、当代三津五郎には翫雀もしばしば付き合っている。今回は、三津五郎が演じるはずだった悪太を翫雀が、翫雀が演じるはずだった百姓六兵衛を橋之助が(橋之助もこの役で三津五郎と踊ったことあり)、もう1役すね三を巳之助が演じた。巳之助はまだまだだが、翫雀、橋之助は楽しく見せてくれた。

 宝塚月組公演が、『ルパン~アルセーヌ・ルパン~』『ファンタスティック・エナジー』
 『ルパン』の方は、作者ルブランがルパンの回想を本にするために過去の事件について聞く、という外枠を持った、いわゆる入れ子構造になっていて、それが話を若干わかりにくくしていた。あと、“怪盗”ルパンの“怪”の部分があまり感じられなかったが、これは、意図的に人間らしさを出そうとしたからだろう。龍真咲がルパンぽくない、というのもあるのだが(じゃ、ルパンぽいって何だよ、って言われると困るが)。まあ、あえてルパンの話でなくてもよかったかな、と。憧花ゆりの(異色の女性判事)と星条海斗(ガニマール警部)のコンビがいい味出してた。
 ショウ『ファンタスティック・エナジー』を観て思ったのは、今の月組はやや手薄かな、ということ。専科の北翔海莉がいなかったら、ちょっと大変だったかも。そんな中、娘役トップ愛希れいかの頑張りが光っていた(『ルパン』でもよかった)。

 『伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)』の通し(第一部+第二部)は、“竹本義太夫三〇〇回忌記念”と銘打たれた公演。
 助っ人・荒木又右衛門の“三十六人斬り”で知られる(って、殺した人数かよ!)伊賀上野は鍵屋の辻での仇討ちをモデルにした話で、途中の、『仮名手本忠臣蔵』で言えば五段目・六段目(おかる・勘平の場面)に当たるような、本筋からはやや外れたエピソードである「沼津里の段~千本松原の段」が、歌舞伎でもよく上演されて有名だが、通して観るのは初めて。長い長い(笑)。とにかく、武家の話なので、話は全く納得できない心情を元に展開する。それを除けば、次から次に意外性が仕掛けられていて、面白いっちゃあ面白い。演者も力が入る。ま、1度は観ておくべきもの、といったところでありましょう。

 シアター・クリエは、オフからオンに移って、なおかつ成功した『ネクスト・トゥ・ノーマル』の翻訳上演。オフ&オンの時には『正常の隣』と訳してみたが、原題ママでの上演となった。ま、当然か。
 少人数の舞台ながら、今回は2役がダブル・キャスト。で、観た回の配役は、安蘭けい、小西遼生。他は、岸祐二、村川絵梨、松下洸平、新納慎也。
 オフで観た時から感心した舞台だが、改めて脚本・演出・楽曲がよく出来ているなと思った。ただ、演技・歌唱の難易度が高く、明らかに役者が付いていけてない。開幕して5日目だったが、すでに疲弊の兆候も見られた(ことにノド)。まあ、役者にとっては、こういう緊張感の漂う舞台をやっていくのは将来的にはいい結果をもたらすのかもしれないが。
 ともあれ、最後は泣いている観客がけっこういた。作品の力は大きい。

 歌舞伎座『九月花形歌舞伎』。昼の部は、通し狂言「新薄雪物語~花見~詮議~広間~合腹」と、踊り「吉原雀」。夜の部は、“新開場記念”と銘打たれた新作歌舞伎「陰陽師~滝夜叉姫」
 元が浄瑠璃である「新薄雪物語」は、冒頭の「花見」の場面の単独上演をよく観る。導入部だが、主要な人物が次々に登場して、それぞれ趣向を凝らした見せ場がある、という構成なので楽しく観ていられる。しかしながら、以降は、時代物の常で、全く納得できない武士の心情に則って展開するので、楽しくはない。“実は、実は”という意外性に期待するしかない、といった類の話(笑)。やっぱり、こういうのはベテランがやってこその“滋味”なのだろう。若手も頑張ってはいたが、いささか物足りない。海老蔵、染五郎、松緑、菊之助、勘九郎、七之助、愛之助が顔を揃える。薄雪姫は梅枝。他に、亀蔵(憎たらしさが素敵!)、亀三郎、吉弥、家橘、右之助、松江。
 「吉原雀」を踊るのは、勘九郎、七之助の兄弟。技量についてはわからないが、通い合う心が見えるようで、よかった。
 「陰陽師~滝夜叉姫」の原作は、映画化もされた夢枕獏の同名小説だが(未読)、筋書きによれば、かなり脚色してあるとのこと。ざっくりした印象を言うと、やや筋の整合性を追い過ぎたかな、という感じ。場面と場面がすんなり繋がらなくても、……と言うか、繋がりを気にせずに場面ごとの見せ所を強調した方がいい気がした。仕掛けも含め、いろいろと面白くもあったので。これから、どんどん練っていっていただきたい。役者はそれぞれ柄に合っていて、よかった。安倍晴明=染五郎、平将門=海老蔵、将門の娘・滝夜叉姫=菊之助、将門の親友・俵藤太=松緑、将門を操る興世王=愛之助、晴明の親友・源博雅=勘九郎、将門の妻となる桔梗の前=七之助。他に、團蔵、権十郎、市蔵、亀三郎、亀寿、新悟。

(12/30/2013)

Copyright ©2013 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

[ゆけむり通信 番外2013]
TITLE INDEX(domestic)


[HOME]