[ゆけむり通信 番外2012]

  • 10/10/2012
    『ロミオ&ジュリエット~ヴェローナの子どもたち ROMEO & JULIETTE』
    シアター・オーブ
  • 10/12/2012
    『アモーレ・エ・ムジカ 夢は果てしなく...』
    青山劇場
  • 10/15/2012
    『芸術祭十月大歌舞伎 夜の部(曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)/勧進帳)』
    新橋演舞場
  • 10/19/2012
    『芸術祭十月大歌舞伎 昼の部(国性爺合戦(こくせんやかっせん)/勧進帳)』
    新橋演舞場
  • 10/23/2012
    『塩原多助一代記』
    国立劇場大劇場
  • 10/25/2012
    『吉例顔見世 昼の部(八重桐廓噺~嫗山姥/蝶の道行/伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)~油屋~奥庭)』
    『吉例顔見世 夜の部(鬼一法眼三略巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)~菊畑/口上/義経千本桜~道行初音旅~川連法眼館)』
    御園座
  • 10/30/2012
    『キャッツ』
    キヤノンキャッツシアター

2012年10月観劇記

 『ロミオ&ジュリエット』はフランス版。小池修一郎が潤色・演出した、宝塚版及びTBS+ホリプロ+梅田芸術劇場版の元(オリジナル)だ。ちなみに、今回の来日公演の主催は、その、TBS+ホリプロ+梅田芸術劇場に東宝を加えた4社。
 結論から言うと、面白いものではなかった。
 喉を全開にした歌唱に強力なエコーをかけた歌と、アクロバティックな部分を強調した群舞とが、スペクタクルな印象を与える装置や照明の中に並存する。それらが必ずしも有機的に結びついておらず、派手ではあるが、デリカシーに欠ける。そんな舞台。演劇的奥行きに乏しいというか……。言ってみれば、ロック版のサーカス。
 この感じ、過去に観た何かに……そうだ、2000年8月にロンドンで観た『ノートルダム・ド・パリ NOTRE DAME DE PARIS』に似ている。と思っていたら、劇場で受け取ったチラシ群の中に、当の『ノートルダム・ド・パリ』の来日公演情報(来年2月)が入ってた(笑)。
 ところで、チケットをオンラインで買う時、公式サイトに“演奏がテープ録音になる”旨が書かれていて驚いたのだが、ふたを開けてみれば、演奏は(おそらく)全て打ち込み。これなら、生演奏である必要はないだろう、という発想になっても不思議はない。
 フランス版を観て、小池修一郎の手柄は、オリジナルには“死”しか登場しないところに“愛”の役を付け加えたことだと思った。“死”だけだと、どうにも宗教的感じが強すぎて、日本人にはエグ過ぎる。もっとも、それ以前に、この作品を潤色してまで採り上げる意味があるのかが疑問だが。
 開場後3作目で初めて訪れた“ミュージカル専用劇場”シアター・オーブだが、ミュージカル用の劇場としては全体に大きすぎるし、2・3階席が位置的に高すぎる。結果、親密感に乏しくなっているので、演目によっては寒々とした印象が強くなるかもしれない、と思った。ロビーその他の感じも、ちょっと冷たい。

 青山劇場の『アモーレ・エ・ムジカ 夢は果てしなく...』は、宝塚退団後初の舞台となる、霧矢大夢のコンサート。
 フル・オーケストラに、男性ダンサー4人、女性コーラス3人を従えた立派な編成で、約2時間。宝塚時代のナンバーも交えつつ、きっちりした舞台を見せてくれた。安寿ミラ振付のダンスが、けっこうハードそうだったなあ。

 新橋は、“七世松本幸四郎追遠”と銘打たれた『芸術祭十月大歌舞伎』
 昼の部は、「国性爺合戦」「勧進帳」。夜の部は、「曽我綉俠御所染」「勧進帳」
 というわけで、昼夜共に「勧進帳」なのだが、これが面白い趣向で、昼は、弁慶=團十郎、富樫=幸四郎、夜は、弁慶=幸四郎、富樫=團十郎、という風に、弁慶役者2人が役替わりで演じる。個人的には、さほどノレない演目だが、こうなると興味津々。
 で、やはり面白かった。それぞれの演技がどうだったかの評価は専門家に任せるとして、同じ役を得意にしている同世代の(しかも“いとこ同士”)役者2人が相手の目の前でその役を演じ合う、というスリル。これは、なかなかだ。演じてる2人も(あるいは他の役者たちも)、ある意味楽しかったのではないだろうか。
 ちなみに、義経は昼夜共に藤十郎(当初は昼は染五郎の予定)。他は、亀井六郎=友右衛門以外は昼夜で違う。夜には太刀持で染五郎の息子・金太郎が出ていた。
 「国性爺合戦」は、和藤内=松緑、甘輝=梅玉(染五郎の代役)、渚=秀太郎、錦祥女=芝雀、老一官=歌六、という配役。中国が舞台の話で、ぼんやり観ていると、よくわからなくなる(笑)。とにかく、秀太郎の見せ場がたっぷり。
 「曽我綉侠御所染」は、短慮な男、御所五郎蔵が主人公で、演じたのは梅玉。これも染五郎に代わって、だが、短慮な役はやはり染五郎がぴったりだと改めて思った。その他は、敵役・土右衛門=松緑、五郎蔵の相方・皐月=芝雀、五郎蔵の短慮の犠牲者・逢州=高麗蔵、序幕の重し・甲屋与五郎=幸四郎、といったところ。

 国立劇場は『塩原多助一代記』の通し。
 浪人の息子・多助は、父と同じ姓名を持つ裕福な農家の養子になるものの、養父の死後、後添いの義母に命を狙われ、家を捨てて江戸に出る。ところが、……いろいろあって、多助は炭屋として独立し、心根のいい嫁も娶り、前途洋々になって幕。という話(笑)。
 “いろいろあって”のところに、義母が自分より上を行く悪人の手にかかって命を落としかけ、果ては幼い息子を連れながら盲目となって行き倒れ寸前になっているのを助けたり、その義母を陥れた悪人が奉公先の炭屋に騙りに来たのを退治したり、実の両親に巡り会いながらも、浮世の義理で父への目通りが叶わなかったり、と話が詰まっていて面白い。一番有名な見せ場は、家を捨てる前に愛馬アオと別れるところらしいが、ま、僕は泣きませんでした(笑)。
 多助と、義母を陥れる悪人の二役が、三津五郎。他に、橋之助、錦之助、孝太郎、吉弥、團蔵、東蔵、秀調、権十郎、萬次郎、松江、といった顔ぶれが脇を固める。三津五郎の息子・巳之助も2つの役で登場。

 御園座は『吉例顔見世』で、“六代目中村勘九郎襲名披露”公演。
 昼の部が、八重桐=時蔵×煙草屋源七実は坂田蔵人時行=扇雀で「八重桐廓噺~嫗山姥」、菊之助×七之助の踊り「蝶の道行」、勘九郎の福岡貢で「伊勢音頭恋寝刃~油屋~奥庭」。夜の部が、智恵内実は鬼三太=仁左衛門×虎蔵実は牛若丸=菊五郎で「鬼一法眼三略巻~菊畑」「口上」、佐藤忠信&佐藤忠信実は源九郎狐=勘九郎×静御前=七之助×義経=菊之助で「義経千本桜~道行初音旅~川連法眼館」
 「八重桐」は、彌十郎、亀蔵も出て大いに湧かせてくれる楽しくも華やかな作品。時蔵も迫力充分の殺陣を見せる。
 「蝶の道行」は昭和37年に武智鉄二の演出で復活上演した「けいせい倭荘子」の一部(振付/川口秀子)とかで、その時代らしい不思議な趣の舞台。が、菊之助×七之助なら何でも見入ってしまいます(笑)。
 「伊勢音頭」も、新橋で観た「曽我綉侠御所染」同様、短慮な男のせいで犠牲者の出る話。主人公の福岡貢は仁左衛門の得意とする役だが、勘三郎不在の今回、仁左衛門が勘九郎を指導したようだ。とはいえ、この手の役は、勘九郎はまだまだ。舞台上でも家来筋の板前喜助役で勘九郎を助ける仁左衛門の方が、断然光っていた。比べちゃダメか(笑)。他にも、憎まれ役の仲居万野が菊五郎、貢の相方の遊女お紺が菊之助、と文字通り役者が揃っているので、勘九郎も分が悪い。
 「菊畑」は、仁左衛門と菊五郎のやりとりを観ているだけで楽しい。他に、鬼一法眼=左團次、鬼一息女皆鶴姫=時蔵、悪役笠原湛海=彦三郎といった配役。
 「口上」の並びは、上手から、仁左衛門、彦三郎、菊之助、時蔵、菊五郎、勘九郎、七之助、彌十郎、扇雀、左團次。
 「道行初音旅」は佐藤忠信実は源九郎狐と静御前の踊り、「川連法眼館」「義経千本桜」の大詰めで、源九郎狐の正体が判明する、アクション(と泣かせ)の見せ場。ここでの勘九郎は、いきいき。
 勘三郎のいない重圧の中、菊五郎、仁左衛門に見守られて、中村屋兄弟、一所懸命務めていた。併せて、梅枝、萬太郎の萬屋兄弟、彌十郎の息子・新悟も、これからが楽しみ。

 劇団四季の『キャッツ』を観たのは、横浜公演が終わる前にとりあえず、と(と言っても、またどこかでやるのだろうが)。
 『キャッツ』については、過去に、こんな感想を書いている。

 アンドリュー・ロイド・ウェバーが作曲を担当したミュージカルの中では珍しく好きな作品(笑)。
 ストーリーはあるにはあるが、基本的な構成はレヴュー。各場面の芸を楽しむように出来ているのが、なによりいい。観応えのあるダンスも多いし。ウェバーの書いたメロディも、T・S・エリオットのリズミカルな詞を得て比較的楽しく、ハッタリも少ない。
 (中略)
 劇場全体を猫の小宇宙に見立てたオモチャ箱的装置、集団タップからクラシック・バレエまで多様な振付で繰り出されるダンス、個性あふれる猫たちの仕草など、視覚的に面白いので、言葉がわからなくても、また子供でも充分楽しめる。

 今回も、四季であるにもかかわらず(笑)、楽しんだ。四季にしては、役者の個性が発揮される傾向にあるからだろう。

(11/24/2012)

Copyright ©2012 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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