[ゆけむり通信 番外 2005]

10/17『龍星』

人の世に誠意はあっても正義はないという認識

〜10月ミュージカル観劇記〜

 国内ミュージカル観劇記 10月分。と言うか、『龍星』観劇記。

 このサイトを開設する少し前ぐらいから、宝塚歌劇は、東京宝塚劇場(及び、その代替の 1000days劇場)を中心に東京にやって来る演目の多くを観てきたが、心底がっかりするということは、ほとんどなかった。その理由の大半は第2部のショウが楽しいからだが、もう 1つ、やはり出演者たちの“がんばり”が大きく、第1部の脚本のマズさを救っていることも多い。あの、作者(脚本・演出)がとんでもなく勘違いしていた『スサノオ〜創国の魁〜ですら最後までがまんして観通せた理由は、それ以外にはありえない(同じ作者の近作『炎にくちづけを』のセリフもひどかった)。僕の目には、宝塚歌劇の“先生”方は、もっぱら“生徒”におんぶされているように映る。
 それだけに、『龍星』は、脚本の出来が際立っているように思えた。

 話は、こうだ。
 中世の中国。近隣諸国との争いで国情が安定しない中、宋の皇帝は、世継ぎとなる正室の息子が病弱であることを心配していた。そこに、側室男子出産の報。喜んだ皇帝は、その子に帝にふさわしい名“龍星”を与えるが、龍星は嫉妬した正室の放った刺客に狙われ、わが子をかばった側室は命を落とす。正室のさらなる襲撃を恐れた皇帝は、宰相・李の覚悟の申し出を受け、生まれて間もない李の息子・霧影と龍星とを密かに入れ替える。ところが正室は、強力な近隣国・金との和平のために龍星を人質に出すよう提言。事情を知る宦官と共に霧影は龍星として金に送られる。
 その頃、金の将軍・烏延の前に、戦争孤児として戦場をさまよっていた 1人の宋の少年が引き出されていた。自分の名すら知らない少年の孤独で不敵な瞳に不思議な力を感じた烏延将軍は、人質として送られてくる途上の龍星を殺すよう部下に命じ、その孤児に龍星の名を与えて身近で育てることにするのだった。
 時は移り、宋の皇帝が亡くなる。正室の息子が新皇帝となり、世継ぎとして金から龍星が呼び戻されることになる。この時、龍星は烏延将軍から金の密偵となることを命じられる。同時に、宋の新皇帝は霧影を密偵として金に送り込み、霧影は巧みに烏延将軍の信頼を得る。
 ここから、宋軍を率いる龍星(実は名もなき孤児で金の密偵)と金軍を率いる霧影(実は宋の密偵で、本人は知らないが実は龍星)との、国の存亡をかけた戦いが始まる。しかし、互いに手の内がわかるがゆえに、戦いは一進一退。決着がつかない。
 この時、西夏という、宋と友好関係を結んでいる国が、宋を討つために金に接近しているという情報が龍星にもたらされる。実は、宋に戻った龍星が許婚として引き合わされたのが、人質として送られてきていた西夏の王女・砂浬だった。今や国に見捨てられてしまった砂浬に自分の孤独を重ね合わせた龍星は、砂浬の誇りを損なわせないために、彼女に理由を告げずに西夏を攻める。それを知って激怒する砂浬を強引に抱いた龍星は、いつでも自分を討てと言う。
 ある日のこと、龍星は李宰相から呼び出され、突然、出生の秘密を告げられる。その時の龍星の反応に疑いを持った李宰相は、龍星の袖をめくって、腕にあるはずの傷を探す。生まれたばかり龍星が正室の刺客に襲われた時に付いたのと同じ傷を、身代わりにした自分の息子にも付けていたからだ。もちろん傷はなく、李宰相は“ニセの”龍星に剣を向けるが、揉み合う内に自らの剣に斃れてしまう。その時、龍星の腹心の部下・飛雪が駆けてきて、皇帝が亡くなったことを告げ、“新皇帝”龍星に、李宰相を逆臣として葬ることを進言する。
 皇帝となった龍星は、烏延将軍を裏切り、金に攻め込む。死を悟った将軍は、腹心の部下と信じる霧影に、龍星と孤児の入れ替わりの秘密を明かし、なおかつ、“ホンモノの”龍星は殺さずに幽閉していることを教える。
 将軍の遺言に導かれ、霧影は、とある洞窟で瀕死の“ホンモノの”龍星を見つけ出す。そして、死ぬ直前の彼の口から、彼が実は霧影であり、宋に霧影として残った子供こそが龍星なのだと告げられる。こうして、自分が龍星であることを知った霧影は、育ての親である李宰相に逆臣の汚名を着せ、金の密偵でありながら烏延将軍を裏切り、ニセモノでありながら皇帝として君臨する龍星を斃す決意をする。
 霧影(実は龍星)が単身帰国し、自分に面会を求めていることを知った龍星(実は名もなき孤児)は、運命を受け入れるかのように、飛雪の忠告を退け、 2人だけで会うことを許す。そして……。

 入り組んだ、見ようによっては偶然の重なりすぎるご都合主義のようにも思える話だが(事実、人質として金に送られた龍星を宋の都合で簡単に呼び戻せるのか、とか、密偵として金に送り込まれた霧影がいきなり烏延将軍のお気に入りになるだろうか、とか、疑問がないではないのだが)、しかし、そうしたことを超えて、舞台には不思議に説得力がある。
 というのは、舞台上で、視覚的な伏線が巧みに張られているからだ。
 
 
 それがとても面白く見える理由は、主人公をヒロイックに描くという、いつもの宝塚歌劇のドラマ作りではなく、様々な人間の“運命”の物語として描いているからだ。
 しかし、伏線は周到に張られている。まずは、脚本上で。そして、演出上でも。
 
 
 
 
 
 

 ところで、“とりあえず省略”した西夏という国をめぐるエピソードが加わるのだが、なぜ省略したかと言うと、
 
 一方、龍星には砂浬という許婚者(西夏という国からの人質)が現れ、霧影は金の女剣士・花蓮と惹かれ合うようになる。。
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(12/20/2004)

Copyright ©2005 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

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