[ゆけむり通信 番外 2004]

9/10『ジミー・スライド〜ウィル・ビー・トゥゲザー!〜
9/16『カーネギーの日本人』

深化する若手のタップ

〜9月ミュージカル観劇記〜

 ミュージカルの観劇記 9月分。例によって、この月に観た、歌舞伎座の歌舞伎、国立劇場の文楽には、ここでは触れません。

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 『ノイズ/ファンク NOISE/FUNK(ブリング・イン・ダ・ノイズ、ブリング・イン・ダ・ファンク BRING IN 'DA NOISE, BRING IN 'DA FUNK)』のアイディアが『ジェリーズ・ラスト・ジャム JELLY'S LAST JAM』からの流れの中で生まれたはずだということは、こちらに書いた。そういうこともあって、『ノイズ/ファンク』の登場は、僕にとっては、さほど驚きではなかったのだが、実はもう 1つ、ある体験があって、僕は『ノイズ/ファンク』をより近しいものと感じた。 93〜 94年頃ではなかったかと思うが、マンハッタンの小さなクラブでタップ・ダンスのジャム・セッションを観たのだ。タップ・ダンサーたちが輪になって思い思いのスタイルで伴奏なしで競演する、その光景は、明らかに『ノイズ/ファンク』に直結するものだった。
 そのクラブに誘ってくれたのが、当時アメリカに武者修行に来ていて、ジャム・セッションにも参加していた川村隆英。ジャム・セッションの中心人物が、『ブラック・アンド・ブルー BLACK AND BLUE』にも出演していたジミー・スライド Jimmy Slyde。そのジミー・スライドを招いて、川村の所属するジャム・タップ・ダンス・カンパニーが催したショウが、『ジミー・スライド〜ウィル・ビー・トゥゲザー!〜だ。
 ジャム・タップ・ダンス・カンパニーの母体であるタップ・ダンス・スタジオ、タップ・インの代表、加藤邦保は、白人(例えばトミー・テューン Tommy Tune)的な振付・演出をする人で、大人数の動き等の引き出しを多く持ち、華やかな舞台を作る。過去 2回(93年、 96年)のジミー・スライド招聘公演を含む、これまでのジャム・タップ・ダンス・カンパニーのショウは、どちらかと言えば、そうしたテイストでまとめられていて、やや時代と遊離している面がある気がしていた。が、今回は、かなり多彩な印象で、“『ノイズ/ファンク』以降”を強く感じる、刺激的な舞台だった。
 そうなった最大の要素は、今回の公演のためにジャム・タップ・ダンス・カンパニーの外から様々なダンサーが集ったことにある。中でも、ヒップホップ系のタップを見せた、堀江真由美を中心にした女性ばかりのグループは、観客との距離のとり方にも独特の近しさがあり、空気を変える力があった。もちろん、彼女たちが出てきても違和感がなかった背景に、すでに自分のスタイルを確立している川村や、彼の影響下で成長した宇川彩子ら、ジミー・スライドの子供たちとも言うべきファンキーなタップを奏でるダンサーたちが、のびのびと個性を発揮して舞台を盛り上げたこともある。
 こうして変わりつつある日本のタップ・シーンから、新たなショウが生まれてくることを期待したい。

 『カーネギーの日本人』は、第二次大戦中にニューヨークで暮らしていた日本人たちの物語。プログラムによれば、振付を手がけた中川久美の企画・原案。彼女の実父の体験を元にしたフィクションらしい。
 夢や野望を抱いて渡米した日本人たちの戦時の苦悩を通して、国家がいかに個人を踏みにじっていくものかと描こうとしているのは、よくわかる(ことに、戦争大好きな他国大統領に無条件にすり寄る詭弁首相をいただく国民としては、切実な思いを感じる)。が、残念ながら、表現が充分には練れていないため、いささか退屈な舞台になってしまった。
 問題は、脚本(兼演出/犬石隆)に“謎”がないこと。
 物語は、カーネギー・ホールの中にあるリハーサル室に集い、夜な夜なポーカーに興じる 3人の日本人、歯科医シゲ、画家ヨシオ、振付家エイジを中心に展開するのだが、柱となるエピソード 2つ――シゲの娘と恋仲になり結婚した後に米軍兵士として出征していくヨシオの弟子リュウの話と、シゲと惹かれ合って日系米人を監視する仕事との板ばさみになる日系二世の情報局員九条華子の話――をはじめ、話のどこにも観客の興味を引っ張る“謎”がない。最も“謎”をはらむべき九条華子の行動でさえ、「どうなるのだろう」とハラハラさせられることがない。全ての出来事が観客の想像の範囲内で進んでいく。
 そうした平坦な脚本になってしまった原因の 1つは、時代背景をわかりやすく伝えようとするあまり、多くのことを描きすぎたことにある。
 この作品では、ニューヨークを舞台にしていながら、時折、日本人が収容所に強制収監された西海岸や、日系人部隊が最前線で戦ったヨーロッパや、敗色が濃くなる日本の様子までもが描かれる。そうやって視覚的に日本人を取り巻く状況を見せた方が、確かに知識を持たない観客にはわかりやすいかもしれない。しかし、断片的にしか描かれないそうした場面の感触は多分に説明的であり、ドラマを重層的にするようでいて、かえって濃度を薄くする結果になっている。観客としては、なにか、歴史を“学ばされている”気分になってしまうのだ。
 ここは、やはり、ニューヨークの、それもカーネギー・ホール周辺の人間たちを通して、全てを描くべきだったのではないか。
 実は、このミュージカル、全体を 1954年のリハーサル室に現れたシゲの回想という構成にしている。だとすれば、例えばだが、行方不明になっていた“あいつ”は“あの時”の約束通り今日ここに現れるだろうか、とでもいうような疑問をシゲに抱かせる設定にしておけば、“あいつ”とは誰か(ヨシオかエイジか、それともリュウか九条華子か……)、“あの時”とはいつか、なぜ行方不明になるのか、約束どおり現れるのか、等々の観るべきポイントが生まれ、観客は物語に入っていきやすくなったし、興味もつながったはず。そうしたスリリングなドラマ作りをした上で、その中に“語りたいこと”を盛り込むのでないと、観客の気持ちは、作り手の“語りたいこと”にたどり着く前に舞台から離れてしまう。
 とにかく、脚本のみならず、“語りたいこと”を“誠実に”伝えようとする思いが前に出すぎた舞台だった。歴史的な事実の重さは重さとして、作劇的には、西海岸ほどには厳しくなかったという日系人の境遇や、劇場のリハーサル・ルームという舞台を、もっと“軽快に”生かしてもよかったのではないだろうか。楽曲(作曲/玉麻尚一、作詞/犬石隆、玉麻尚一)も“真面目”すぎる印象を受けた。
 なお、些細なことだが、軍隊に入る青年は GIカットでないと違和感を覚える。

(12/20/2004)

Copyright ©2004 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

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