[ゆけむり通信 番外 2003]

5/29/2003
『ドント・トラスト・オーバー 30』

“母音法”のジョークは通じるか

 がまん出来なくて(笑)、劇団四季版『クレイジー・フォー・ユー』を観に行った。いちばん最近観たニュージャージーの舞台からでもすでに 3年半以上、最後に観た四季の公演からは約 6年、風雪のブロードウェイ最終公演からは 7年の月日が流れているのだ。
 しかし、過剰な期待はしていなかった。アメリカ人キャスト、アメリカ人スタッフによる公演でも、ニュージャージー公演はブロードウェイ版よりかなり落ちたからだ。

 [『クレイジー・フォー・ユー』の命は、絶妙のタイミングによるギャグとダンスの連発にある。よーく考えれば「なんで?」という展開も、疑問を抱かせることなく進めてしまうテンポのよさ。それこそが、ノスタルジックな題材であったにもかかわらず、『クレイジー・フォー・ユー』が、 92年という年にあってもヒットした理由だ。
 しかるに、ここニュージャージーでの公演では、その軽快なノリがなりをひそめ、少しぐらいウトウトしていても話についていけるぐらいの、よく言えばわかりやすい、悪く言うとやや間の抜けた舞台になっていた。
 その理由は、すでに手本となるべきブロードウェイ公演がないという状況下、地方公演のみを繰り返していく中で、演出が地方の観客に合わせて変化していったからだと思われる。]

 ――というのが、その公演を観た時の僕の分析。

 さて、劇団四季。

 [スーザン・ストローマンの振付で軽快に踊る主演の加藤敬二がすばらしかった。私はブロードウェイ版も見たが、四季の舞台にはニューヨークの舞台にも匹敵するダンスの切れ味があった。] と、「舞台は語る」(集英社新書)で扇田昭彦氏は書いている。
 確かに日本初演の時の加藤敬二のダンスには見事なものがあった。しかし、日本で演劇評論家を名乗る方のミュージカル評の中で最も信頼している扇田氏の文章ではあるが、 [ニューヨークの舞台にも匹敵するダンスの切れ味があった] というのはどうだろう。よく健闘した、とは言える。が、それ以上ではないのではないか。
 僕も、 1993年暮れの日本初演の時は、そこに向けて集中的なダンス・トレーニングを行なったらしい四季の群舞を観て、よくぞここまで、と思ったものだ。しかし、おこがましいのを承知で言えば、それまでにすでにブロードウェイ・オリジナル・キャストによる『クレイジー・フォー・ユー』を 4度観ていた僕の目には、やはり違和感は残った。とてもよく似せている、という感じをぬぐえなかったのだ。
 もとよりオリジナル・キャストじゃないし新演出でもないわけだから、“よく似せる”しかないのだが、それだけではなく、例えば、第 1幕第 2景「I Can't Be Bother Now」で主人公ボビーの妄想の中に出てくる女性ダンサーたちの首の振り方とか、第 2幕第 1景「The Real American Folk Song(is a Rag)」でのリラックスした気分の動きとか、第 2幕第 2景「Naughty Baby」のアイリーンのバックで踊る男性ダンサーのコミカルな感じだとか、難易度とは別のところで、『クレイジー・フォー・ユー』のダンスには異邦人の及ばない部分がある。これは別にブロードウェイ至上主義的に言っているのではない。“文化の違い”ってやつだ。
 ここまで来ると、問題となるのは、役者の技術ではなく、むしろ、こうした題材をオリジナルの舞台そのままに翻訳上演する製作者の姿勢だろう。
 ともあれ、日本初演時、四季のダンスは健闘はしていた。

 そして今回(四季の公演についての数え方を知らないので何演めになるのかわからないが)、主演の荒川務は、キャラクター作りはともかくダンサーとしては加藤敬二と比べても遜色ないように見えたが、アンサンブルは初演時に比べるといささか緊張感を欠いているようだった。が、ダンスのことはひとまずおいておく。
 気になったのは、ダンスよりも“タイミング”だ。
 繰り返すが、『クレイジー・フォー・ユー』の命は、絶妙のタイミングによるギャグとダンスの連発にある。
 そのことを演出家はわかっているのだろうか。

 ここで話は、劇団四季の“母音法”のことになる。
 これについては、 2月 14日(2003年)にオンエアされたテレビ東京系の「芸術に恋して!」(この番組自体が半ば『クレイジー・フォー・ユー』の宣伝のような内容だったが)の中で浅利慶太自身が次のように語っている。

 「(ピアノ協奏曲で)オーケストラの(音の)壁をピアノ(の音)が抜け(て観客に聞こえ)るためには、一音一音が真珠の粒のように同じ大きさできれいに揃って等間隔になってなきゃダメだって言うんですよ、(小澤)征爾クンがね。その時フッと思ったことは、僕らも同じじゃないかなあと。劇場空間を通していくためには音の分離がよくなきゃいけない。そのためには、一音一音が明快に等間隔で並ばなきゃいけない。」
 「子音というのは口の形にすぎない。全て音は母音なんだ。だから、母音が等間隔に並べば抜けるな、と思ったわけですね。で、今度は母音の研究に入って、レッスンでも、“おはようございます”っていう音をちゃんと聞かせるためには、言葉をですね、“おあおうおあいあう”っていう練習をさせるんですね。それで、ハイ子音入れていいよ、っていうと、“おはようございます”って実にきれいにいくんですね」(カッコ内はミソッパ補足)

 同じ件について、例のチョウチン本、松崎哲久著「劇団四季と浅利慶太」(文春新書)では次のように書かれてある。

 [浅利が仲間たちと研究し開発した日本語の朗誦法は、母音の発音を一音一音、粘着させないことを基本とする。「真珠の首飾りのように」と、ピアノの音が伝わっていく様を表現したのは指揮者小澤征爾だが(95年10月)、親友である浅利はその言葉に発想を得たという。一個一個がクリアに発音されることによって、子音が母音を核とした真珠の大粒に結晶して、あい連なって客席の後ろまで伝わっていくのである。](カッコ内の数字は、その前の引用が四季の会報誌「ラ・アルプ」の該当月号からのものであることを示す)

 どちらをとっても、小澤征爾の発言と“母音法”との関連がよくわからない――と言うより関係ないと思うのだが、まあ、それはこの際問わないでおこう。
 早い話、浅利慶太が言っている“母音法”とは、言葉に含まれる母音(「あ」「い」「う」「え」「お」)の全てをハッキリと発音する方法だということ。そうすることで、浅利慶太自身の発言によれば [劇場空間を通していく]、松崎哲久の表現によれば [あい連なって客席の後ろまで伝わっていく] ことが可能になるということらしい。
 ところで、“何”を通したり“何”が伝わったりするのかは具体的に言及されていないが、話の流れから推察するに、おそらく、“何”=“セリフ”だろう。“母音法”によって、セリフが観客によく聞こえるようになる、よく言われる表現を使えば、セリフが通るようになる、ということだ。
 しかし、セリフが通るようにするために母音の発声訓練をするやり方は、四季ならずともやっている演劇の世界の定番トレーニングなのではないか。
 では、四季がことさら“母音法”を自分たちのものとして強調する理由は何か。
 劇団四季の“母音法”は、訓練のためのものではなく、本番で実行されるものだからだ。
 例えば、『クレイジー・フォー・ユー』の最初のセリフは、テスの「パッツィ、ボビーを見かけなかった?」だが、これ、普通の会話なら「パッツィ、ボビーを見かけなった?」てなぐあいに赤字部分が強調されると思うのだが、四季の舞台では、「ボビー」が「ボ・ビ・イ」と聞こえるほど、全ての音が均等にハッキリと発音されるのだ。
 まあ、ここまでハッキリクッキリ発音されると、セリフとして聞き違えようがないのは確か。
 その目的について、先の TV番組「芸術に恋して!」では、四季に取材してのことだと思うが、ナレーションで「ストーリーをわかりやすく、きちんと伝えること」だと言い切っていた。けれども、浅利慶太の過去の発言を見ると、ちょっとニュアンスが違うようだ。
 孫引きな上に長くなるが、引いてみよう。

 [私の方法は、翻訳劇の場合、台詞の感情的側面の誇張をさけて、劇の主題や骨法につながるイデエを正確に表現し、原文のイメージを可能な限り抵抗のない日本語のなかに生かしてゆく方向である。つまり表現の外面的造型をすてて、単純に内面的に深めてゆくやり方をとりたいのである。この方法でもし台詞が一本調子に聞えるなら、言葉のイメージの内面的塑像が完全ではないのであって、台詞をなお深く読んでゆくという努力をつみ重ねてゆけばよい。勿論感情的側面を捨てきってしまうのではない。充分尊重しながら、決して日本的な情感におきかえぬ限度に表現してゆきたいのである。動きは少なく、簡素に、適確に、そして劇的感動を言葉によってすべて表現する。台詞の文学性を内面的にとらえて深めてゆき、言葉のイメージを生かしきる。究極的に私は芝居とは聴くものだと思うのである] (文中の「適確」はママ)

 浅利慶太が劇団創立 10周年記念公演のパンフレットに書いたものらしい(引用元については後述)。
 言っていることはわかる。しかし、脚本の意図を理解してセリフを的確に表現するという姿勢を頭の中で突きつめた果ての、実現性のない観念論のように聞こえる。
 が、まあ、それはいい。とにかく、そのような考えの下に、四季の“母音法”は四季のあらゆる公演で実行されている。もちろん、『クレイジー・フォー・ユー』でも。

 僕が問題にしたいのは、その“母音法”が、『クレイジー・フォー・ユー』の命であるギャグやダンスの絶妙のタイミングを殺しているということだ。
 [ストーリーをわかりやすく、きちんと伝えること] も [台詞の文学性を内面的にとらえて深めてゆき、言葉のイメージを生かしきる] ことも大切だろう。しかし、『クレイジー・フォー・ユー』の場合、ストーリーはご都合主義であり、セリフは内面的にとらえて深める“文学性”よりも表面的なシャレやギャグを重視している(シャレやギャグの“文学性”は否定しないが)。このような作品において、あらゆるセリフの全ての音をハッキリと均等に発音する“母音法”は、果たして有効なのだろうか。
 例えば、主人公ボビーの人を食ったシャレに怒って敵役のランクが繰り返し言う「シャレになってないぜ」(だっけ? ま、そんな意味のことです)というセリフ。これ、漫才で言えばボケに対するツッコミで、その翻訳の当否はともかく、素早く言い捨てられなければボビーのシャレを生かせない。ところが、“母音法”で発音すると、ツッコミに時間がかかってしまい、なんとも締まらない結果に終わる。明らかに演出のミスだ。
 こうしたことが随所に見られるのが劇団四季の『クレイジー・フォー・ユー』であり、結果、オリジナル舞台の意図した絶妙のタイミングによるギャグとダンスの連発はちぐはぐなものとなる。いくらダンスで健闘しても四季の『クレイジー・フォー・ユー』が心から楽しめない理由は、そこにある。

 思うに、技術としての“母音法”そのものが悪いわけではないのではないか。四季的“母音法”の高邁な理想にこだわるあまり、演出意図以前に“母音法”ありきになってしまっている演出方法に問題があるのだと思う。
 単に技術で言えば、超早口の“母音法”を訓練すれば『クレイジー・フォー・ユー』もこなせるはずだ。って言うか、“母音法”を超早口でも駆使出来るのが役者の芸だとも思う。しかし、あのスピード感のない“母音法”が浅利慶太の演出意図に沿った“母音法”なのだろう。
 「臨機応変」「融通無碍」、そんな言葉を劇団四季には贈りたい。大切なのは、劇団の方法論ではなく、舞台の面白さなのだ。もっとも、ミュージカルは“芸術”を見せるための“入口”とかって考えているんだったら意味ないけど。

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 [私の方法は] から始まる浅利慶太の発言の引用元は、中央公論の 2000年 4月号に掲載された評論、大笹吉雄「浅利慶太論――凍れる青春」で、そこでの引用元は「浅利慶太の四季U」となっている。なぜその評論を読んだかというと、「劇団四季と浅利慶太」で著者松崎哲久が、そこで展開されている“母音法”についての考察に対して無茶苦茶な論理で批判を加えていたからだ。どのくらい無茶苦茶かというと、批判対象を読む前から無茶苦茶だとわかるくらいに無茶苦茶(笑)。早い話、著者お得意の詭弁なのだが、その紹介を始めると長くなるので、いずれ [EXTRA!EXTRA!] で。
 松崎の批判はひどいものなのだが、かと言って、大笹の考察が的を射ているかと言うとそうでもないので、そちらも、「劇団四季と浅利慶太」批判第 2弾を書くときに一緒に語りたい。
 ところで、最新の四季会報誌「ラ・アルプ」の最新号(03年 3月号)を読んでいたら、浅利慶太のインタヴューが載っていて、“母音法”について大いに語っていた。もっとも新たな発見はなかったが。

(3/11/2003)

Copyright ©2003 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

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