[ゆけむり通信 番外2000]

10/3/2000
『太平洋序曲 PACIFIC OVERTURES』

カルチャー・ギャップの乱反射

 「ちはやふる奥の細道」(現在新潮文庫)という翻訳本がある。原題を「ROAD TO THE DEEP NORTH」という。松尾芭蕉の長編評伝、と言ったらいいだろうか。
 著者はウィリアム・C・フラナガン William C. Flanagan。訳者の小林信彦によれば、 1954年ブルックリン生まれのアメリカ人で、ニューヨーク大学で日本映画史を専攻した後、地元で日本関係の仕事に就き、同書執筆当時は若手ナンバーワンの日本文化研究家を自認していたという。同書に先行して、「素晴らしい日本野球」「素晴らしい日本文化」といったエッセイも書いているが、 [彼のエッセイには<思いちがい>が多く、かつて、その一つを慶大教授・池井優氏に指摘されたが、めげる様子はまったく見られなかった。また、彼は、一九八〇年に<日本を訪問した>と称しているが、にわかには信じがたいふしがある] とは、小林氏の弁。
 「ROAD TO THE DEEP NORTH」が [邦訳にあたいするかどうか大いに迷ったのだが、(中略)なにかの参考までにと、紹介することにした] 小林氏、訳出にあたっては、次のような配慮をしたと書いている。
 [<原注>は誤りがあってもそのまま訳し、あまりにもわけのわからぬ個所等には訳注を付した。誤りが判然としているものは、そのままにしておき、英語の<俳句>には拙訳をそえた。]

 宮本亜門演出による『太平洋序曲』翻訳版上演の話を聞いて思い出したのが、この本のことだ。

 製作・演出ハロルド・プリンス Harold Prince、作曲・作詞スティーヴン・ソンダイム Stephen Sondheim、脚本ジョン・ワイドマン John Weidman という顔ぶれで作られた『太平洋序曲』は 1976年 1月 11日にブロードウェイでオープンしたミュージカルで、その初演の舞台について、大平和登「ブロードウェイ」(作品社)には、こう書かれている(初日を観ての文章)。
 [「パシフィック・オーバーチュアーズ」は、建国二百年という歴史的な年にふさわしい企画として、知性派のプロデューサーで演出家でもあるハロルド・プリンスが、日米の歴史的接点――黒船による日本の開国にピントを合せて、二幕十二景のミュージカルに仕立てた。](中略)
 [なかなかの力作で、ライシャワー教授に日本の歴史を学んだジョン・ウェイドマンが、日本人の立場をとりながら、しかし充分の風刺を効かせて、第一部を黒船エピソード、第二部は開国後から一気に現代の公害文明批判に至るまでを巧みにまとめたものである。
 出演者が日本人や日系米人、東洋人たちばかりだとはいえ、完全にアメリカ人のスタッフたちだけで、日本の歴史エピソードをともあれ創案した努力には敬意を払うべきだろう。それはブロードウェイ史上でも画期的出来事である。]
 そして、こんな文章が続く。
 [台本と演出と衣裳は、(中略)いわゆる「日本的」なもの――俳句から茶の道具、琴からチャンバラに至るまで、全てを劇画的とでもいいたいように、意識的(?)にとり入れていて、かえってはなはだ浅薄な感じを与えているのは、日本が他国文化の模倣をやらかす場合と大差がなく、ご愛きょうではあるが。整理されたイメージがもうひとつしぼられたら、プリンスの知的意図がより輝かしいものになったにちがいないと惜しまれるのだが、半ばエキゾチシズムによる大衆への興味をつながねばならなかったところに問題が残るのである。ということは、これまでの日本側の自国イメージの提出にも問題があるのである。(中略)
 このミュージカルのスタッフたちは、むしろ真摯に、正直に、自分たちの意識にのぼった日本または日本的な影を、舞台に定着させようとしているのである。]
 はっきりとは書かれていないが、要するに日本人から見ると首を傾げるような表現があったということだろう。

 生み出したのが、<思いちがい>の多い自称“日本文化研究家”とブロードウェイの一流スタッフという違いはあるにせよ、 1). 過去の日本を題材にしていて、 2). 表現主体がアメリカ人で、 3). しかも、これまた程度の差は(かなり)あるが表現にはカルチャー・ギャップによる誤解が見受けられる――そんな原典を、 4). 日本人が、原則として原典にのっとって日本語版として表現している。
 といった点で、『太平洋序曲』翻訳版は、「ROAD TO THE DEEP NORTH」翻訳版「ちはやふる奥の細道」とよく似ているのだ。したがって、その面白さは、「ちはやふる奥の細道」同様、時にはギャグかと見紛うような日米のカルチャー・ギャップの複雑な表われ方にこそある、というのが僕の見解。

* * * * * * * * * *

 さて、『太平洋序曲』のあらすじは、こうだ。

 太平洋に浮かぶ島として太平の夢をむざぼっていた江戸時代の鎖国令下の日本。そこに突然、アメリカから黒船がやって来る。
 それを予告したのは、漂流の後にアメリカに渡っていた漁師、ジョン万次郎。
 幕府は急きょ、浦賀奉行所の与力、香山を目付役に取り立て、黒船対策の矢面に立たせることにする。
 物語は、この 2人の青年――田舎の役人に過ぎない香山と、アメリカ帰りで世界の広さを知る万次郎とを中心に回っていく。
 予告通り黒船に乗ってペリーが来航し、浦賀は大騒ぎ。朝廷や幕府が、方針も覚悟もなく、ただ体面だけをとりつくってその場を乗り切ろうとする中、香山は、万次郎の力を借りながら、開国を要求する大統領の親書を受け取る算段をして、とりあえず黒船を帰らせることに成功する。
 一段落したかに見えた黒船騒ぎだが、しばらくすると、アメリカのみならず、ヨーロッパの国々からも続々と開国を迫る使者が訪れてきた。もはや、香山 1人の手に負えるはずもなく、ずるずると鎖国を解いていく日本。外国人の上陸に伴う様々な摩擦が起き始め、国内には開国派・攘夷派、幕府派・尊皇派など多様に対立する動きが生まれる。そして、人々は否応なくその渦に巻き込まれていく。
 そんな中で、浦賀奉行に昇進していた香山は、仕事柄外国人との接触が多くなり、西欧文化に惹かれていく。一方、最初の黒船騒ぎでの働きを認められて武士の身分を得ていた万次郎は、しだいに国粋主義へと傾いていく。そして……。かつて力を合わせて黒船に対処した 2人の青年の人生が再び交わる時、運命は皮肉な結末を用意する。
 そうした個々人の葛藤を全てを呑み込みながら、日本は、ひたすら近代化への道を突き進み、 2度の世界戦争を超えて、アメリカをも凌ぐ経済大国へと変貌していくのだった。

* * * * * * * * * *

 新国立劇場の小劇場で上演された『太平洋序曲』翻訳版。
 その特徴は――、題材の斬新さと、技巧を凝らした語り口、そして、その背後にある、ひとひねりした製作姿勢。

 題材そのものについては、さほど驚かない。珍しいかもしれないが、こうした、それまであまり扱われてこなかった類の題材と言うのは過去にいくらでもあるからだ。有名な例で言えば、シャムの国を訪れたイギリス人家庭教師の話とか、ロシアに住むユダヤ人家族の話とか、あるいは猫の集会の話とか。
 むしろ、斬新なのは、題材の切り取り方の大胆さ。
 大平氏の文章にある通り、『太平洋序曲』は [日米の歴史的接点――黒船による日本の開国にピントを合せて] 作られたミュージカルで、始まりは黒船来航なのだが、行き着く先は……現代の日本。まあ、明治維新から現代までは終盤に駆け足で描かれているのではあるが、それにしても、作品が描こうとしているのが、アメリカ人の訪れをきっかけに門戸を開いて急速な近代化を遂げることになった日本と日本人の変貌という、ざっくりとした焦点の絞りにくいものであるのは間違いない。
 これは、例えば、『レ・ミゼラブル LES MISERABLES』が市井の人々の人生を描きながらフランス革命の姿を浮かび上がらせた、というのとは、ちょっと違う。(原作小説はともあれ、ミュージカル版では、革命がなぜ起こり、その結果何がどうなったのかは、予備知識のない人間にはまるでわからない――ということは別にしても、)『レ・ミゼラブル』の場合、描き方はあくまで人間たちのドラマがメインで、フランス革命はその背景にすぎない。
 それはエンターテインメントとしては当然のことで、いくぶん感傷味の入った人間のドラマを描かないことには観客の感情移入がままならず、それではヒットはおぼつかない、というのが普通の考え方なのだ。それは、合衆国独立宣言採択という、やはり有名な歴史的事件を題材に描いた『1776 1776』が、ジョン・アダムスやベンジャミン・フランクリンといった人物の個人的なドラマの積み重ねで構成されていることを見ても明らか。
 そこを、あくまで歴史主体で描こうとした『太平洋序曲』は、だから斬新。
 もちろん、人間のドラマも描かれないわけではない。あらすじに書いたように、物語が香山と万次郎という 2人の登場人物を中心に回っていくのは事実。そして彼らの物語、ことに香山の孤独感は胸に迫ってきたりもするのだが、しかし、中心的登場人物である彼らにしても、歴史のある瞬間にいあわせた人たち、という印象はぬぐえない。その印象は、将軍や天皇にしても同じで、むしろここでは、そうした登場人物を通じて、歴史の激流に翻弄され心を決めかねたまま今日に到った過去の日本人たちの心情そのものを描き出そうとしているようにも見える。
 ただし、この特徴は、脚本上のことだから、翻訳版ならではのことではない。

 こうして大胆に切り取った――と言うより、大きく風呂敷を広げたと言った方がいいかもしれない題材を、とにもかくにもまとめ上げるために選んだ語り口は、ナレーターの案内で各景を独立したショウ場面に見立てて進めていくというもので、それは、例えば『シカゴ CHICAGO』等で使われている手法と根本的には同じ。ただ、『シカゴ』はじめ多くの舞台ではバーレスク風に見せることを狙ったその語り口が、『太平洋序曲』翻訳版では、ナレーターが浪曲師(国本武春)である上に、各ショウ場面が和風な色合いの凝った趣向――能的な所作や能舞台あるは社殿を思わせるセット(美術/松井るみ)等――で彩られているために、“能舞台仕立て立体紙芝居風”とでも呼びたくなるようなものに見えて、異色な印象を生む。
 極論すると、その異色な印象の語り口がこの作品を成り立たせた、という言い方も出来る。まとめがたい大きな題材を、凝りに凝った趣向で強引に語りきった、と。それほど、この翻訳版、演出やセットの鮮やかさが際立っている。

 ところで、そうした“和風な色合いの凝った趣向”のいくつかは、大平氏に [はなはだ浅薄な感じを与えている] と言われた初演版の表現の修正案として考え出されたと思うのだが、ここで 1つの疑念が湧く。
 ストーリー上のいくつかの部分――はっきりとわかる例で言えば、将軍や天皇の立場の描かれ方など――は、明らかに史実とは違っているにもかかわらず、翻訳版でも修正されていない。それはなぜか。
 ここで思い出していただきたいのが、「ちはやふる奥の細道」訳出に際しての小林氏の次のコメント。
 [<原注>は誤りがあってもそのまま訳し、あまりにもわけのわからぬ個所等には訳注を付した。誤りが判然としているものは、そのままにしておき、英語の<俳句>には拙訳をそえた。]
 『太平洋序曲』翻訳版も、これと同じ姿勢で作られたのではないだろうか。つまり、原典の“ズレ”を意識的に残すことで、アメリカ人の目を通して描き出された日本人の歴史物語を、日本人観客(読者)の前に、問題をはらんだ“新たなフィクション”として提出した、と。
 その意味は……。

 ……この辺で種明かし(ごぞんじだった方、ご辛抱いただいてありがとうございます)。
 実は、「ちはやふる奥の細道」は、訳者を名乗る小林信彦の創作。つまり、ウィリアム・C・フラナガンなる自称“日本文化研究家”の存在も、そのアメリカ人が書いたという<思いちがい>の多い芭蕉評伝「ROAD TO THE DEEP NORTH」も、“訳者”小林信彦の書いた前説や訳注も、それ以前に発表されたエッセイ「素晴らしい日本野球」「素晴らしい日本文化」まで含めて、全てが小説家小林信彦による“でっち上げ”なのだ(慶大教授・池井優氏がその仕かけに気づかず<思いちがい>を指摘したというのは事実)。その背景にあるのは、著者小林氏の言葉を借りると、<誤解による創造>。
 「ちはやふる奥の細道」の巻末にある作者ノート(これはホンモノ)によれば、最初にこの作品のアイディアを得たのは、 1968年、朝日新聞に載った、当時イギリスで話題になっていた『奥の細道 NARROW ROAD TO THE DEEP NORTH』というタイトルの誤解に満ちた芭蕉芝居についての記事からだそうだが、その 8年後の 1976年に日米で同時出版されたアメリカ人作家リチャード・ブローティガンの小説「ソンブレロ落下す――ある日本小説」に出会い、作者の抱く<日本>や<日本小説>のイメージの奇妙さに刺激されて、翌年には「ちはやふる奥の細道」のタイトルと構想が固まったという(雑誌連載開始は 1981年)。
 「ソンブレロ落下す――ある日本小説」が世に出た 1976年は『太平洋序曲』初演の年。 40代以上の方はおわかりだろうが、これは偶然ではなく、当時アメリカでは、日本経済の好調、ことに対米輸出増大や日本企業の米市場進出が顕著になっていくにつれて盛り上がった、最終的には TVドラマ『将軍』にまで行きつく、“悪ノリ”と言ってもいいほどの日本ブームが起こり始めていたのだ。
 そうした時代の空気を背景に、元々、日米のカルチャー・ギャップに並々ならぬ関心を抱いていた小林信彦が書き上げたのが、“研究家だけに妙に詳しいアメリカ人の書いた、おかしな誤解の多い、それでいてなんとなくつじつまの合っている日本文化批評を、日本人作家が疑問を呈しつつ日本人に向けて紹介する”というフィクション。想像力を駆使して作り上げられた、ひねりにひねったギャグ小説。
 そこで意図されているのは、単純なアメリカ批判ではない。もちろん、その裏返しとしての日本批判だけでもない。カルチャー・ギャップの“おかしさ”そのもののあぶり出しなのだ。

 ……で、『太平洋序曲』
 もちろん、こちらの原典(初演)は、「ROAD TO THE DEEP NORTH」と違って実在した。であるからして、『太平洋序曲』翻訳版の製作にあたっては、ハナからそれを狙って日本ブームの最中に発表された「ちはやふる奥の細道」ほど、カルチャー・ギャップのあぶり出しを意図したかどうかは、実はわからない。
 けれども、初演版の表現が、「ROAD TO THE DEEP NORTH」に仕かけられていたのと同質のカルチャー・ギャップを(程度の差こそあれ)内包していたのは事実だし、なおかつ、『太平洋序曲』の物語そのものが日米文化のぶつかり合いから始まっていることを考えると、初演版の“ズレ”をそのまま生かしたことの意味が、単に原典遵守の精神だけにあるとも思えない。
 やはり、前述したように、「原典の“ズレ”を意識的に残すことで、アメリカ人の目を通して描き出された日本人の歴史物語を、日本人観客(読者)の前に、問題をはらんだ“新たなフィクション”として提出した」のではないか。
 根拠がある。ペリー提督の描かれ方だ。
 翻訳版『太平洋序曲』のペリー提督は、ジャンボ・マックスを思わせる“異形”の者として出てきて、日本人を威嚇する。
 ジャンボ・マックス――ごぞんじだろうか。 TV番組「8時だよ!全員集合」の後期に登場した着ぐるみの大男。中に入っている人間の頭の高さが着ぐるみの肩の高さになり、その上に作りものの頭が載っている。腕は、中の人間の肩が着ぐるみの肘の位置に来るので、肘から先しか動かない。どことなく、今は亡きジャイアント馬場を思わせる体型。
 そのジャンボ・マックスの体型はそのままに、翻訳版のペリーは、異様に鼻の高い鬼のような形相をした怪人として表現されている。しかも、話す言葉は船の霧笛に似た咆哮音。ドリフターズ(日本の)を従えて出てきそうな気さえする、ギャグ一歩手前の“異形”ぶりだ。
 この“異形”の感覚は、おそらく、プログラム(上の写真)の表紙にあるような、幕末期の日本人の目に映った異人の姿からインスパイアされたものだろう(プログラムの中で衣装担当のワダエミもその旨の発言をしている)。とすれば、それは紛れもなく、当時の日本人がアメリカ人を理解しようとする過程で起こったカルチャー・ギャップ感覚の現代的再現だ。
 似たようなことは、ユーモラスでありながら空恐ろしい空気を漂わせる“表情なし浄瑠璃人形”的な天皇の描かれ方にも言える。
 こうした、ギャグにさえなりそうな“おかしな”表現の中に、アメリカ側からだけ描いたのでは見えてこなかったはずの、 150年前から今日に到るまでの日米間のカルチャー・ギャップの象徴が見える。
 結果的にかもしれないが、その精神は、やはり「ちはやふる奥の細道」に近しい。小林信彦が架空の世界で行なったカルチャー・ギャップの“おかしさ”のあぶり出しに近いことが現実の舞台の上で起こった、ということだ。

 かくして、翻訳版『太平洋序曲』は、日本とアメリカという歪みのある合わせ鏡の間を様々なカルチャー・ギャップが乱反射するような刺激的な舞台になった。

 さて、語らなければならないことはまだまだ多いが、近日アップ予定のニューヨーク公演編に続く、ということにしたい。そこには、さらなる“ひとひねり”が待っていて……。
 ……続く。

(9/2/2002)

Copyright ©2002 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

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