それゲキ・アンケート篇


第 6回
翻訳ミュージカルの功罪
(後編)

 “翻訳ミュージカルについて考えよう”アンケート回答の後編です。

 ●杉本典子さんの場合。

 [質問 1]

 1・初めて聞いた曲でも日本語で聞くと、口ずさみやすい!
 2・英語が聞き取れない私は、電光掲示板に目をやる時間がなくてすむ!
 3・子供も見たり演じたり楽しめる!(たぶん)

 『アニー ANNIE』とか毎年行なってる子供ミュージカルって、子供にとっても夢があって素敵だと思います。

 [質問 2]

 1・日本語に翻訳しきれない部分が多すぎる。
 2・メロディと歌詞で英語では韻をふんでいるのに、和訳すると変になる。
 3・翻訳とは関係ないけど、海外のミュージカル俳優の方が役者の出す個性が強くて好き。

 ちなみに、私が見て一番いけてなかった翻訳上演は『レ・ミゼラブル』でした。
 翻訳舞台見るより、『レ・ミゼラブル』の 10周年コンサートのビデオをお家で見てるほうがずっと素敵でした^o^;;

 ●ジェシカさんの場合。

 [質問 2]

 翻訳(日本語)歌詞と音楽のリズムが合わない。
 あまりに翻訳の難しいところは原語のままにしてしまうので、「どっちやねん!」と突っ込みたくなる。
 (2000年劇団四季キャッツの名古屋公演にて――マキャビティーのことをディミータとボンバルリーナが歌う場面で、「マキャビティは悪いネコ〜」などと無理に日本語訳で歌ってたかと思ったら、最後の決め台詞(?)だけいきなり「Macavity is not there!」と力を入れてました。おそらく英語が分からない子供達も、それまでの日本語にはそれなりについていってるにもかかわらず、最後に何言ってるかわかんないよ、じゃ意味がないと思いました。)
 (1995年大阪フェスティバルホールでの『カルメン・ジョーンズ CAEMEN JONES』や、確か 1996年大阪フェスティバルホールでの『ウェストサイド物語 WEST SIDE STORY』のいずれも(多分)ブロードウェイの引っ越し公演は、舞台のサイドに電光掲示板字幕が出てましたが、十分楽しめました。原語のリズムに酔えるし、内容は十分把握できるし。)

 ●KJさんの場合。

 [質問 1]

 外国へなかなか行くことのできない人にとっては、本場でヒットした作品が日本で観劇できるわけだから、翻訳上演はありがたいといえるだろう。外国のカンパニーによる来日公演の方がいいという意見もあるだろうが、上演回数とかを考えると多くの人が観劇する機会がある翻訳上演の方が身近といえるだろう。
 また、翻訳上演は文字通り翻訳され日本語で上演されるわけだから、英語ができない人間にとって意味が分かるという点をだけで考えればありがたいと思う(翻訳上演は字幕ありの場合もあるが映画の字幕と違って劇場で文字を追うのは集中できなくなるし、イヤホンガイドも同じ理由で好きになれない)。
 もう 1つ肯定的に考えるとしたら、日本のミュージカルのレベルアップのためには翻訳上演がまだまだ必要であろう。日本は上演作品数、上演回数においてミュージカル大国になったといえるが、全体的なレベルは低い。日本でミュージカルを演じている役者が、ブロードウェイのオーディションに参加していったい何人が合格するだろうか。ミュージカル界のイチロー、大魔人が出現するには最低でも 20〜30年はかかると僕は思う。外国の一流演出家、振付家から学ぶことはまだまだ多いはずだ。そして、翻訳上演によって得た収益を劇作家、作曲家、作詞家、演出家、振付家、俳優などの育成(留学も含め)のために投資してほしい。日本産の傑作ミュージカルが生まれる日まで、小泉首相の所信表明演説にあった「米百俵の精神」で。

 [質問 2]

 確かに翻訳上演の歌詞はひどい。何で四季はいまだに浅爺が歌詞をつけているのだろう。東宝ミュージカルもそうだが、翻訳上演は聞いている方が赤面してしまう歌詞が多い。
 佐野元春が『Visitors』でラップに日本語(英語混じりではあるが)をのせて成功してから 15年以上がたち、浜崎あゆみに至っては日本語のみの歌詞でヒットをとばしている(タイトルはなぜか英語だが)。少なくとも音楽業界では、日本語の歌詞を曲にのせることが成熟したといえるだろう。
 しかし、ミュージカルではどうだ。歌詞に限っては、成熟どころか進化すら感じられない。もっといってしまえば、歌詞が音楽の良さをぶちこわしてしまっている。
 ミュージカル専門(兼業でもいいが)の作詞家の育成が急務といえるだろう。音楽もダンスもよく理解して歌詞が書ける人材。現代人の言語感覚を持った人材。そして、稽古中でも、公演が始まってからでも、歌詞をブラシュアップできる、ミュージカルに LOVEを持った人材が不可欠だと思う。
 ストーリー展開に支障をきたさない限り、音楽重視の意訳でいいのだから。
 それからもう一点。ブロードウェイのヒット作を安易に上演するというのにも問題はある。国家的あるいは宗教的、民族的背景が日本人とはまったく違う作品を、日本人が演じて意味があるのだろうか。単一民族で平和ボケで問題意識をまるで持たない日本人(皆がそうだとはいわないが)が、なぜ『レント』『コーラスライン』を上演するのだろうか。理解に苦しむし、そんな作品は観たくもない。
 といいつつ、怪人、無情男、西貢夫人、最後的皇妃、二重人格者を日本人が演じるの観るも、こそばゆいのだが。
 「ブロードウェイの最高傑作!」と宣伝活動をすれば観客動員につながると思いこんでいる主催者、それに踊らされる観客、両者に問題があるといえる。日本のミュージカル界にも、聖域なき構造改革が必要なようだ。

 ●マクウチさんの場合。

 [質問 1]

 ミュージカルというもののアウトラインと楽しさの片鱗を知ることができること。
 ビッグネームとか前評判が入り口をぐっと拡げてくれてるので、あまり舞台芸術に興味がない人でも足を運びやすいですよね。事実、歌舞伎や新劇やアングラを見たことないひとが『オペラ座の怪人』とか『キャッツ』は見てるし。舞台芸術への入り口。それが一番大きい功績だと思います。
 ただ、劇団四季が演劇をちゃんとビジネスにしていることは偉いと思う。役者がちゃんと収入を得ているから。それ以外の演劇って、「文化活動」で「道楽」だと思っているお年寄りは多いですよね。日本での、舞台俳優に対する職業差別を是正していることは褒められてしかるべきだと思います。

 [質問 2]

 ひとつめは、歌詞とメロディーの不一致。
 日本語のアクセントがどうしてもめちゃくちゃになりますよね。英語やフランス語のような音節の少ない言語に、日本語のような音節の多い言語を当てはめるのも無理があるし。ちょっと攻撃になっちゃうけど、『レ・ミゼラブル』とか『オペラ座の怪人』って、歌なのか祝詞なのかセリフなのかラップなのかわかんない。タモリが嫌うところのミュージカルって、この「変な日本語」だと思う。だから、演劇的に相当まぬけ。演劇って言語の芸術でもあるのに。
 ふたつめは、「翻訳上演」という考え方自体にもう既に演劇的冒険がないこと。
 いや、まったくないわけじゃないんですが。そのままそっくり日本に持ってくる、ということが果たしてどうかと。それなりに咀嚼してきちんと表現にしていればいいと思うのですが、セットも衣装も音楽もなにもかもいっしょってのは、やっていて楽しいのかどうか。
 きちんと考えながら比べたことはないけれど、『オペラ座の怪人』なんて、そのまんま輸入してますよね。もちろん、『ジーザス・クライスト・スーパースター JESUS CHRIST SUPERSTAR』のように四季ならではの演出というバージョンもあるにはあるんだろうけど。
 みっつめは、キャストの芸不足。でもこれは時間が解決してくれるのかもしれない。
 総合すると、僕は「翻訳上演」というものには、いまのところ、否定的です。
 演劇って、 [質問 1] への答えでも書いたようにビジネスとして成立するべきだと僕は思うのですが、それだけでもだめ。純粋表現の一形態として、現代に生きる表現手段として「進み」続けるべきだとも思います。少ないながらも僕が見た翻訳上演の中では、ビジネスが先行しすぎているように思えます。やっぱり、演劇的冒険や観客を圧倒させる芸がなければ見ていてドキドキしない。
 いつの日か、「ブロードウェイやウエストエンドで見たよりもおもしろかった」といえるような翻訳上演が生まれることを願ってやみません。

 ●ちびちょさんの場合。

 [質問 1]

 今まで舞台を観たことのない人にとって、翻訳公演は、言葉の心配もなく、来日公演に比べればチケット代も安いため、「行ってみようかな」という気持ちになりやすいと思います。

 私の初観劇作品は、友人に誘われて行った、劇団四季の『エヴィータ EVITA』でした。 1983年 1月、日生劇場、 3000円の席。
 1幕冒頭の「レクイエム」から「こいつはサーカス」までの流れ。あの時のショックや陶酔感は、今でもはっきり思い出せます。これが私にとって、劇場で味わう興奮、そしてミュージカルやダンスの世界にはまってゆく、最初のきっかけでした。
 この年の四季は、《30周年記念公演》として、次々と翻訳上演を行ないました。『ウェストサイド物語』『ジーザス・クライスト・スーパースター』『アプローズ APPLAUSE』、そしてメーンイベント(笑)『キャッツ』。ミュージカルに夢中になりたての私は、とにかく「作品」を観たくてたまらず、一番安い席を求めて、劇場に通いました。
 そして今。四季も含め、いくつもの翻訳公演を、観てきました。その中には、大好きな思い出の作品もありますし、「なんでこのキャストなの!?」と嘆きつつ、それでも観に行った……そんな作品も、少なからず、あります。それでも、とにもかくにも、その作品の世界を知ることは出来ますし、観られないでいるよりは、ずっとましですから。
 今年秋の『ジキルとハイド JEKYLL & HYDE』も、トニー賞授賞式でのフィルムを観て以来、あの音楽を劇場で聴きたい!と思い続けてきたので、(鹿賀さんの声質と合うのかしら?)と思いつつも、チケットを取りました。やっぱり 3000円の席ですが。

 [質問 2]

 四季と東宝。この二大巨頭に、苦言を呈したいです。

 「客を呼べる」演目、あるいは、決められた主役に合う演目が選ばれ、幅が広いとは言えない範囲から、主要キャストも決められる。そして人気作品が、数年とおかずに繰り返され……。向上心の感じられないこうした状況には、とても辟易しています。
 けれど、 1997年の東宝による『フォーティーセカンド・ストリート 42ND STREET』は、そういった不満などではなく、心底怒りを感じた翻訳上演でした。
 私は、 1986年の来日公演を観ています。この作品に登場するプロデューサーのジュリアン・マーシュは、一度は名声を手にしながら、大恐慌で財を失い、新作でブロードウェイに返り咲こうとしている、中年男性です。
 けれど東宝は、もと少年隊の錦織さんに演じさせるため、ジュリアン・マーシュ・ジュニアという人物を、でっちあげました(パンフレットを買っていないので、確かではありませんが、たしか、「あの偉大なJマーシュの息子!」という説明的な台詞が、さらりと言われていたような記憶があります)。
 「ちくしょう。俺はまだ、ジュリアン・マーシュなんだ!」
 この台詞は、舞台のイントロとクライマックスで、とても効果的に使われているのですが、それをあんな若造に言われても、まったく意味がないのです。長年舞台つくりの表裏を味わってきた、そしてこの再起にかけている、中年プロデューサーでなければ。
 東宝公演は、ミソッパさんが劇評でおっしゃっていた通り、ダンサーの方々は本当に素晴らしかったです。怒りながらも劇場に足を運んだのは、やはりこの作品が好きだったから。あの歌、あのダンスを生で観たかったからです。
 けれどやはり、あんな改変は許せません。商業的思惑に歪められた、この東宝版だけを観て、ただの日本語上演、と思わされた観客は、どれほどいたのでしょう。この誤解は、とても哀しいことです。私の個人的な思い入れはともかく、こんな、作品の構成そのものにかかわる変更なんて、オリジナルを創りあげた人々へも、申し訳ない気持ちになります。
 わたしは、翻訳上演を、否定はしません。ニューヨークにもロンドンにも、観に行くことは出来ないから。観られるだけで、幸せです。
 けれど、制作者の方々まで、「観られればいいだろ?」という姿勢にあぐらをかかれては、困ってしまいます。今の日本の現状は、観客動員力のある役者、それを目当てに通ってくれるファン、そちらの方ばかりを向いているように私には思えます。ただの日本語・興行屋さんです。
 どうぞ、よりよい作品をつくろうと努力してください。そう願わずにはいられません。

 「さらば翻訳ミュージカル!」「さらば翻訳ミュージカル 2」というタイトルの観劇記を書いたことのある僕としては、アンケートの主催者であるにもかかわらず、「翻訳ミュージカルなんていらない!」とでも言い放って幕を下ろすというのもありなのですが(笑)、体験に基づいたみなさんの具体的なご意見を拝見しているうちに、いろいろ考えさせられちゃいました。
 いちばん強く感じたのは、(まあ、このサイトにいらしてくださるぐらいだから当たり前といえば当たり前なのですが)みなさんが本当にミュージカルを愛してらっしゃるということ。ミュージカルなんて、実は多くの人にとって、あってもなくてもいいものなんですね。その立場から言えば、別に海外に行かないと観られないのなら無理して観なくてもいいじゃん、という意見は当然のように出てくる。けれども、そんな前提はハナから考えられない。なにがなんでも観たいものは観たい! そんな、言ってみればミュージカル中毒なみなさんの思いがひしひしと伝わってくる、今回のアンケートでした(なんか、読んでてうれしくなりました)。
 それに関連して、稲葉薫さんの「ミソッパさんはどうやってあんなにしょっちゅうブロードウェイなどに行っていらしてるのですか?」という、お叱りともとれる(笑)ご質問にお答えすると、「その他のことをみんな犠牲にしているからです」ということになります。ちょっとウソですが(笑)。でも、「なにがなんでも観たいものは観たい!」のくちであります、僕も(ゴメン、息子、同僚、関係者のみなさん)。

 ともあれ、今回のテーマに関しての議論のポイントは(NANAさんが追記で触れられていた)宮本亜門版『太平洋序曲』だなと思ってまして、そんなわけで、僕の考えは、近々アップ予定の(いつだ!)、その観劇記で発表させてください。

 みなさん、ご協力ありがとうございました。これからも、より素晴らしいミュージカルが観られる環境作りのために率直な意見交換をしていきましょう。

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中編はこちら

(6/19/2001)

Copyright ©2001 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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