それぞれの人生それぞれのゲキもは!

岸田さんの場合 2

 前回から約 10年後。舞台をロンドンからアメリカ西海岸に移しての岸田さんの「ゲキもは」です。

 さてニューヨークのブロードウェイに初めて行くことになった 91年から遡ること 3年、(ですから今から約 12年前ですね)仕事でロサンゼルスに行った時のことです。
 仕事も一段落して、明日帰国するというその日に、ホテルで偶然見つけた雑誌の広告で、ロスでも『オペラ座の怪人』がオープンしたという記事を発見!!
 ちょうどその頃、日本でもオープンしたばかりで、「『オペラ座の怪人』は凄いらしい」というキャッチコピーに少々惑わされ、当時付き合っていた彼女と休みの日の朝から交代で電話をかけまくるも全く繋がらない、繋がった夕方には完売、という散々な思いをさせられていた、それこそ“噂”の『オペラ座の怪人』です。
 ただ日本でも取ることが出来ないチケットが、こちらでそう易々と取れるわけがない。一か八かボックスオフィス(という名称もこの頃、初めて知った気がします)に行ってみたところ、キャンセル・チケットは運が良ければ数枚から十数枚出る、とのこと。すでに 15人ほどのキャンセル待ちの列が出来ていたのですが、いずれにしても今日が最後。開演まで 1時間半もあったけれど、並ぶことをすんなりと決定。
 その時、僕の前に並んでいた中年の男性が大の演劇ファンで、ミュージカル、ストレートプレイ等あらゆるモノを観ているらしく、色々と細かい話をして楽しませてくれました(この後、ブロードウェイやウエストエンドでチケットを取るために並びながら、本当に多くの舞台好きの人の話を聞くことが出来ました。日本では何故かこうは行かない)。そして私もつたない英語で、ロンドンで最初に観た『ジーザス・クライスト・スーパースター』や来日公演をした数々のミュージカルの話を夢中でしていました。
 1時間が過ぎ、いよいよ開場して続々と客が入場し始めると、 1組、 2組、とキャンセルが出だしました。ところが、 20分ほど経ったあたりからまったくキャンセルが出ません。私の前には少なくとも 6、 7人が並んでいます。「ぎりぎりにでも入れればいいよね」と前に並ぶ男性が励ましてくれます。
 場内に入る客も段々と少なくなってきた頃、突然黄色い歓声がしたかと思うとモーリー・リングウォルド(当時映画のアイドル的スターだった『プリティ・イン・ピンク』などに出演していた女優)がボーイフレンドを伴って入って行きました。有名人が入ったということはもう開演まぢか。いくら映画ファンの私でも、リングウォルドなんてどうだっていい。頭の中はチケットが取れるかどうか、だけです。
 時計の針は 8時の 3分ほど前を指していました。その時、「Somebody needs ONE TICKET?」というボックスオフィスからの声。並んでいる人が口々に「1枚だけの人いる?」と聞いてゆきます。多くの人はカップルか、友人同士。私の前に並んでいる彼だけが、私よりも前の唯一の 1枚欲しがっている人間です。
 その時、彼は私を指差し、こう言ってくれました。「彼にあげてくれ」
 「でも貴方も 1枚、欲しいのでしょう?」
 「僕はこちらに住んでいて、いつでも観られるからいい。観て来なさい。ラッキーガイ!!」
 私は開演ブザーと同時に彼に何度も礼を言いながら、最後に出た 1枚のチケットを握りしめ、会場内へ……。信じられない!! 大喜びで席を探すと、何と私がゲットした席は前から 4列目の中央というベストシート。しかし!! 落ちはこのあとにあります。
 私が座ると同時に、劇場は暗くなったのですが、どうも私の目にはオーケストラピットも、天井にあるはずのシャンデリアらしきものも映りません。???と思っていると、突然舞台の上には森の木々をあしらった装置が現れ、“あの”オープニングの曲もないまま、ラジカセを持った男たちがどどどっと現れて訳のわからない芝居を始める……。
 3分経ち、 5分ほど過ぎて、私は劇場を間違えていたと気付きました。私が並んだのは『オペラ座の怪人』をやっている劇場の真横の、同じくらいの話題作ケネス・ブラナーの『真夏の夜の夢』を演っている劇場だったのです。
 そう言えば、私に席を譲ってくれた男性は、『オペラ座の怪人』の話はほとんどしなかったよなあ……。
 しかし、日本ではまだ『ヘンリー 5世』も公開される前で、ブラナーのこともほとんど知らず、言葉もまったくと言っていいほど理解できなかった私でしたが、結果的には大変貴重な体験をした上、その後決して目にすることはないだろう伝説の舞台を観ることが出来た訳です。
 ちょっと誇らしい、でも多くを語るにはかなり恥ずかしい、私にとっては忘れられない「ゲキもは記念日」となりました。
 もちろん、『オペラ座の怪人』はその後、ブロードウェイ、東京で観ることが出来ました。

 ボックスオフィスまで行きながら、出し物が違うことに気づかなかった岸田さん、よほど興奮してたんでしょうねえ(笑)。
 しかし、イキな方がいらっしゃるもんですね。遠くから来た見知らぬ人にチケットを譲る。そんな人に、いつかなれるのだろうか、僕も?

 岸田さん、ありがとうございました。

(6/19/2000)

Copyright ©2000 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

previous/next

◆あなたの[ゲキもは]話を送ってください◆

 劇場通いにまつわるエピソードを送ってください。
 劇場で見かけたあの素敵な人物はいったい誰。金欠時に私はいかにしてチケット代を捻出したか。劇場の秘密のなごみスポット教えます。劇場での私の不思議なクセ。なんとかしてほしい劇場のあのシステム。etc.
 なんでもけっこうです(誹謗中傷以外は)。
 掲載を希望しない場合、あるいは変名を使いたい場合は、その旨書き添えてください。

[ゲキもは]話は今すぐ こちらへ!


[HOME]