それぞれの人生それぞれのゲキもは!

マクウチさんの場合

 「ゲキもは」というより「バピもは」です――というマクウチさんからの、ブロードウェイでの「ゲキもは」話です。

 ふと思い立って、「明日のコンチネンタルは空いてるか」と旅行代理店に電話したのが 4月 28日の夕方。ゴールデンウィーク突入だというのに、なぜかチケットがとれました。さあ、ミュージカル三昧だ。
 このとき、僕の胸にはひとつ、こないだの年末達成できなかったことをするという望みがありました。それは、トニー賞女優、バーナデット・ピータースの『ANNIE GET YOUR GUN』を見ること。
 昨年クリスマス間近の 12月 22日、期待で胸はち切れんばかりでマーキース劇場の前に行くと、「本日アニー・オークリー役は代役」という貼り紙が。ガーン、大ショック。もう次の日にはニューヨークを発つので、このときはしょうがない、とあきらめたのです。そう、また来ればいいんだ、と。
 その時の代役は、いつもドリー役をやっていたヴァレリー・ライト。ま、うまいんだけど、顔がどうしても意地悪顔だから全く感情移入できないまま 2時間 45分が過ぎていきました。なぜフランクはこんな意地悪な顔をした女に恋をするんだろう。なぜこんな意地悪な顔をした女が、恋はワンダフル、なんて歌うんだろう。全然わかりませんでした。
 ミュージカル女優は歌がうまけりゃいい、という考え方もあるとは思いますが、ミュージカルといえども芝居は芝居。役のイメージと本人の容姿が全く合わない場合は、それこそ悲劇です。客にとって、ね。
 で、また来ればいいんだ、と決心して来ましたよ、ニューヨークに。ミュージカルにハマってまだ日が浅いというのに 4か月しかおかないで来ちゃった。こんどこそ、バーナデット・ピータースで納得いく『ANNIE GET YOUR GUN』を見るんだ。期待は前回以上にむくむくと膨らみます。
 まず『The Wild Party』『Fosse』と肩慣らし。水曜のマチネには 2回目の『Chicago』をみて、夜にはいよいよ『ANNIE…』です。
 10分前に劇場に行ったのに、エントランス前はスカスカ。いやーな予感です。目を凝らしてガラス戸に貼ってある紙を見ると……、ガーン、またしてもアニー・オークリー役は代役!!! おまけにウィニー役とトミー役も!!! 肩はがっくりと前回の 2倍以上落ちました。
 案の定、席はガラガラ。メザニンなんて誰もいやしない。隣に座ったおじさんに「もう代役で 2回も見てるんだ」と話したら同情してくれました。
 何でもそのおじさん(といってもきっとそんなに歳変わらないんだろうけどさ)によると、バーナデットが出る日はどこかに“サイン”があるらしい、とのこと。それはどんなサインなのか僕にもわからないのさ、ハハハ。スカスカだから開幕したら前の方に移ろうよ、ハハハ。おじさんはバーナデットが出ようが出まいが関係なく楽しそうです。
 そりゃー、アンタはニューヨークに住んでるんだろうからまだまだ見るチャンスはあるんだろうけど、僕はわざわざ日本から来てるんだ。僕はせっぱ詰まってるんだ。アンタなんかに僕の気持ちが分かるかいっ。
 今度の代役、カリン・クオッケンブッシュ(?)は前回の代役に比べれば“アニー顔”。歌もそこそこ。でもなんだか舞台に緊張感がないのです。アンサンブルの兄ちゃんは銃落っことしちゃうし。
 もうダメかな。もうバーナデットには会えないのかしら。これまでってことかな。なんて考えながら 2時間 45分を過ごしました。
 しかし、ここでひいては男がすたる(なぜ?)。ゴールデン・ウイークのエアチケットがいちばん高い時期にわざわざニューヨークに来てるんだから。なにがなんでもバーナデットを見てやる。
 翌日、ボックスオフィスに朝一番で行って「明日金曜日の夜は、ミズ・ピータースはでるのか」とつたない英語で訊きました。
 「ミズ・ピータースは基本的にはエブリデイにスケジュールドなのさ」
 「わかってる。でもイエスタデイはシー・ディドントだったぞ」
 「そんなこといわれてもエブリデイだよ」
 ……むかつくー。何分間か押し問答した後、結局金曜夜のチケット(オーケストラ席)を買っちゃいました。もちろん正価。これでまたバーナデットが出なかったら笑っちゃうよなあ。
 その夜は『Contact』で大満足。さあ、明日こそはバーナデットだ。バーナデット・ピータースを見られなければ、もはや劇場通いをやめるときだ。それじゃちょっと条件きつすぎるから、バーナデット・ピータースを見られなければ『ANNIE GET YOUR GUN』観劇をやめるときだ。略して「バピもは」。なんじゃそりゃ。
 そして金曜の夜。なにがなんでも見てやる、という気概のせいかちょっと武者震いしながらマーキース劇場へ。そして、そこで目にしたものは。
 こんどは、ガーン、とはしませんでした。やっぱり、って感じ。またしてもアニー・オークリー役は代役との貼り紙でした。気がつけば笑ってました。あまりに自分が惨めで。もう他の芝居を探すのも気力が失せて、そのまま席に座りました。皮肉なことにオーケストラ中央のベスト・シート。ため息を何回かついた後、開幕です。もういいや、寝ちゃおうかな。
 ところが。トム・ウォパット、ノリノリ。一昨日より声に張りがあります。金曜日で満席のせいかもしれません。アンサンブルも緊張感たっぷり。そして、懸案のアニー役の人(2日前と同じ)も出来が良かった。かわいく、フランクに心を惹きつけさせる天真爛漫さがあった。つまり、舞台全体に集中力があった。すんなり芝居を楽しめました。
 僕が『ANNIE…』に執着していたのは、バーナデット・ピータースだけが理由ではなかったのです、きっと。ばかばかしいほどロマンティックなラブ・ストーリー、チョコレートのうえに粉砂糖をかけたような甘い甘いオーケストレーション、そして美しいメロディー。それらを、心ゆくまで味わいたかったのです。一幕最後でアニーが泣くときはいっしょに泣き、ラストではアニーとフランクといっしょに夕日の中に去っていきたかったのです。ああ、ロマンティック。
 見終わった後、僕は満腹でした。この満足感は一条ゆかりの「砂の城」を読み終わった後に似ている。バーナデットには会えなかったけど、もう思い残すことはありませんでした。
 こうして終わった、僕の「バピもは」。それは「バーナデット・ピータースには会えなかったけれど、もはや再度見るまでもないほど満足」の略。いい形でエンディングを迎えました。
 でも、一度会いたいなあ、バーナデット。声しか聞いたことないんだもん。ロンドンで『Gypsy』をやるときには初日から一週間以内、代役が立たないうちに行こう、と決意してニューヨークを後にしたのでした。

 スターの出ていない舞台を観ると、その舞台のホントの質が見えるってことがありますが、だからうれしいかって言うと、それはまた別の話(笑)。でも、マクウチさんの場合は、そのおかげで新たな発見があったわけですね。いい話だなあ。
 しかし、ここまでバーナデット・ピータース抜きで『アニーよ銃をとれ!』を観た人は、世界広しと言えどもマクウチさんしかいないかも。こうなるともう自慢ですね(笑)。

 マクウチさん、ありがとうございました。

(6/6/2000)

Copyright ©2000 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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