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[ゆけむり通信Vol.96]

6/27-7/3/2011


  • 6月27日19:00
    『悪魔の音楽 THE DEVIL'S MUSIC:The Life And Blues Of Bessie Smith』
    ST. LUKE'S THEATRE 308 West 46th Street
  • 6月28日19:00
    『マグダレナ THE MAGDALENE』
    THEATRE AT ST. CLEMENT'S 423 West 46th Street
  • 6月29日14:00
    『ファニー・ブライスとの一夜 ONE NIGHT WITH FANNY BRICE』
    ST. LUKE'S THEATRE 308 West 46th Street
  • 6月29日20:00
    『ヴォカ・ピープル VOCA PEOPLE』
    WESTSIDE THEATRE(Upstaires) 407 West 43rd Street
  • 6月30日19:30
    『スパイダー・マン SPIDER-MAN:TURN OFF THE DARK』
    FOXWOODS THEATRE 213 West 42nd Street
  • 7月 1日20:00
    『ザ・シャッグズ THE SHAGGS:Philosophy Of The World』
    PLAYWRIGHTS HORIZONS 416 West 42nd Street
  • 7月 2日14:00
    『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン CATCH ME IF YOU CAN』
    NEIL SIMON THEATRE 250 West 52nd Street
  • 7月 2日19:30
    『明日なき抱擁 DEATH TAKES A HOLIDAY』
    LAURA PELS THEATRE 111 West 46th Street
  • 7月 2日22:30
    『沈黙! SILENCE!』
    THEATRE 80 80 St. Mark's Place
  • 7月 3日14:00
    『エニシング・ゴーズ ANYTHING GOES』
    STEPHEN SONDHEIM THEATRE 124 West 43rd Street
  • 7月 3日19:00
    『まだ最高じゃない THE BEST IS YET TO COME:The Music Of Cy Coleman』
    59E59 THEATRE A 59 East 59th Street
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 そもそもは 7月末のロンドン行きを先に決めていた。と言うのも、 3〜 4月にオンの新作を全て観たので、秋までニューヨーク行きはないつもりだったから。それを覆して急遽飛んだのは、オフ新作や『スパイダー・マン』の正式オープンが気になったこともあるが、イキのいい内に『エニシング・ゴーズ』をもう 1度観ておきたいという気持ちが強くなった、というのが正直なところ。
 ちなみに、『エニシング・ゴーズ』のチケットだが、ニューヨーク行きをトニー賞の発表前に決めたので、その時点では割引で予約が出来たが、リヴァイヴァル作品賞を受賞したトニー賞後は割引はなくなり、向こうに行った時には劇場窓口でキャンセル待ちの列が出来ていた。さらに言うと、作品賞を獲った『モルモン書 THE BOOK OF MORMON』は完全なソールドアウト状態だった。今はどうだろう?

 そんなこんなで一部作品には観客が集まっているものの、独立記念日前の観光シーズンの割には観劇する観光客は少なめな感じで、半額チケット売場もさほど混んでいない。例えば、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』なんて、もっと入ってもいいのに。
 あと、オフの一部の公演では、窓口で受け取るチケットも普通紙のプリントアウトになっていて(その場でプリントアウト)、経費削減が極まってきている様子。なにかと心配なニューヨーク演劇界ではある。

 とりあえずは、正式オープンした『スパイダー・マン』から。
 最初のプレヴュー開始告知から 1年以上、実際のプレヴュー開始からでも半年を経て、ようやく 6月 14日に正式オープン。僕がプレヴューを観たのは 1月だが、その後、短期間幕を下ろし、正式オープンに向けて、さらなる手直しをしていることが伝わってきていた。で、確かに変わった。大きく変わった。しかも、僕の指示通りに(笑)。
 まず、プレヴュー観劇後の感想で、 [はたして必要なのか] と書いた“ギーク・コーラス Geek Chorus”なる若者 4人組の狂言回しがいなくなった(4人の役者の名前が完全に消えている)。つまり、スパイダー・マンをコミック世界内の話として見る外枠がなくなった。これで重層構造が 1段階減った。
 さらに、スパイダー・マン誕生の背景として蜘蛛の神話(ギリシア神話に登場するアラクネ Arachne の話)が執拗に描かれていたのだが(つまり、事実上、三重構造になっていた)、これの比重がかなり軽減された(本当は削除したかったのではないか?)。これで重層構造が、さらに軽くなった。
 こうした刈り込みの結果、物語が、悩める主人公(ピーター=スパイダー・マン)VS.心に傷を負った悪漢(オズボーン=グリーン・ゴブリン)の対決という構図にすっきりと収まって、あとは驚愕のフライングを含むアクションを楽しむだけ、という、わかりやすい作品になった。まあ、すっきりと収まって、わかりやすくなればいいのか、という問題はあるが、わかりにくくてテンポが悪く楽しめない作品よりはいい、という他ない。最終的な評価が以前と同じ、星 1ツ半だったとしても。
 当然のごとく楽曲にも変化があり、第 1幕 10曲、第 2幕 9曲という数は同じながら、入れ替え、削除、追加が行なわれ、特に 2幕はかなり変わっている。
 ここまでの改変を可能にするには、やはり、演出家(共同脚本)ジュリー・テイモア Julie Taymor の降板が必要だったようで、正式オープン後のクレジットには、脚本にプレヴュー時のテイモア、グレン・バーガー Glen Berger の他にロベルト・アギーレ・サカサ Roberto Aguirre-Sacasa の名が、実質演出家としてクリエイティヴ・コンサルタントの名目でフィリップ・ウィリアム・マキンレイ Philip Wm. McKinley の名が加えられ、ジュリー・テイモアはオリジナル演出ということになっている。
 ちなみに、僕の観た 6月 30日夜公演は、開演前に「本日の公演はシステムの不調によりフライングが大幅カットされます」というアナウンスがあり、客席騒然。「14日以内なら再度観られる」という条件付きで始まった。と言っても、初めて観る客がほとんどだから、何がどうカットされているのかわからない。 1幕はとうとう舞台上のアクションに終始したが、それでもみんな満足そう。もう今日は飛ばないのか、と思っていた 2幕の後半になって、やおら悪役ゴブリンが客席上空を飛び始めた。なんだか、いつもより多く飛んでおります、な感じだったが、他のフライングを補う意味もあったのか。結局、この日のフライングはそれだけ。でも客は満足。そういうことなんだと思う。あってもいいけど、別になくても平気。それがフライング。もっとも、僕は 1度観ちゃってますがね(笑)。
 実際には、オープニング後もプレヴュー時と同じくらいスパイダー・マンも飛び回っているそうです。

 続いては、オフの新登場作を観た順に。

 『悪魔の音楽』は、サブタイトルにもあるように、“ブルースの女王”と称されるベッシー・スミス Bessie Smith のミュージカル。ある種のコンサート形式の作品だったのは予想通りだが、出来は予想を超えてよかった。
 メンフィスの、黒人たちの集う私的な邸宅(高級娼家か)の一室でのライヴ、という設定で、時は 1937年 9月 25日。この後、彼女は交通事故で死ぬことになる。ピアノ、ベース、サキソフォンをバックに、ベッシーが代表曲を歌いながら半生を振り返る(ベーシストとセリフのやりとりがある)。その中心は、離婚したダメな元夫の話だったりするのだが、観客が黒人ばかりという設定を生かして、語りも歌も猥雑なテイストで通す(なにしろ“悪魔の音楽”だから)。有名な「St. Louis Blues」なんて、サックス奏者と絡んみながら腰を振り振り熱く歌われるのを観て、へぇそういう歌だったのか、と目から鱗。ホンモノのスミスもかくや、と思わせる迫力だ。
 とにかく、スミスを演じるミッキー・ブレイドゥン Miche Braden が役者としても歌手としても素晴らしい。彼女は音楽監督と編曲も兼ねていて、まさに一人舞台。お時間があれば一見を。

 『マグダレナ』は、福音書に出てくるマグダレナ(マグダラ)のマリアを中心に据えたキリストの話。父の虐待から逃れたマリアが、キリストと出会って目覚め、キリストの信頼を得て布教活動の中心となっていき、それが男性使徒たちの嫉妬を生んで集団に不和が生まれ……といった物語で、どうやら、これまで軽視されてきたマリアの存在の意味を改めて問い直そう、というのが眼目のようだ。
 階段客席から見下ろす舞台には、中央に岩(を模した大道具)が置かれてある他は、左右と正面の壁際に階段が誂えられているのみ。そうしたシンプルな装置の中で、極めて真面目に展開されるキリスト教の話(と楽曲)は、あまり面白いとは言い難い。マリアの描かれ方にも魅力が感じられないし。キリスト教を理解していれば違って見えるのかもしれないが、こればっかりは何とも……。期間限定公演ですでに終了。

 『ファニー・ブライスとの一夜』は、同じ劇場で 09年 6月に観た 2人ミュージカル『ダニーとシルヴィア DANNY AND SYLVIA: The Danny Kaye Musical』(今も日曜の夕方に上演中)で、ダニー・ケイ Danny Kaye の妻シルヴィア・ファイン Sylvia Fine を演じていたキンバリー・フェイ・グリーンバーグ Kimberly Faye Greenberg の 1人ミュージカル(バックの演奏はピアノとヴァイオリンの 2人)。演じる役は、今やミュージカル『ファニー・ガール FUNNY GIRL』のモデルとしての方が有名かもしれない、往年の大女優ファニー・ブライス Fanny Brice。ブライスの 1人語り+ソング&ダンスというオーソドックスなスタイルで生い立ちからの半生を綴っていく。話の肝は、上記『悪魔の音楽』のベッシー・スミス同様、別れることになる(2度目の)夫“ニッキー”との関係で、これは『ファニー・ガール』でもそうだった。
 ブライスに特別ソックリなわけでもなく(つっても、ブライスについては、時代が古すぎてダニー・ケイほどにも知らないが)、感動的に歌や踊りがうまいわけでもないが、グリーンバーグには往年の人気喜劇女優を彷彿させる愛嬌があり、最後まで飽きることなく観ていられた。

 『ヴォカ・ピープル』は、登場する 8人のキャストの声だけで楽曲が奏でられるア・カペラ・ミュージカル。と書くと、ありふれた感じがするが、変わっているのは全員が『ブルーマン BLUEMAN』の“白”版の風情で真っ白メイクなこと。音楽をエネルギー源とする異星人たちが音楽で地球に愛をもたらそうとする、という設定だ。ま、逆に言えば、そういう設定でない限り、ずっと歌い続ける理由がなくなるのだが。
 ヒューマン・リズム・ボックスからオペラ的な唱法に到るまでの様々な技術と声質と声域を有するキャストが集められていて、彼らが、まずは広い世代に知られているであろうヒット曲から入り、映画音楽特集をやり、クラシックの名曲をやり、ヒップホップも見事にこなし、極め付けにクイーン Queen の「ボヘミアン・ラプソディ Bohemian Rhapsody」をギター・ソロまで含めてまるごと完全コピーして聴かせるのだから、まあ一見(一聴)に値するのは間違いない。しかも、 8人のキャラクター設定や、客いじりも含めた脚本(ギャグ)もよく出来ていて楽しめる。
 ぜひに、とは言わないが、音楽が好きなら一度は足を運んでもいい。半額チケットが出ているはず。

 今回オフで最も気になっていたのが、『ザ・シャッグズ』。知る人ぞ知る“奇跡のバンド”の実話に基づいたミュージカルだ。
 何が“奇跡”かと言うと――。自分の亡母の予言を盲信する父親が、その予言に従って全く楽器演奏経験のない娘 3人をバンドに仕立て(ドラムス 1人+ギター 2人という編成がすごい)、自作自演のアルバムを 1枚製作してしまう。 1969年の退屈な田舎町ニューハンプシャー州フリーモントでの話。当然のごとく全く売れず、知る人もないまま歴史に埋もれる。ところが、後年、ロック界のカリスマであるフランク・ザッパ Frank Zappa やニルヴァーナ Nirvana のカート・コベイン Kurt Cobain の賛辞を受けて、その無垢な音楽性が再評価され、一風変わった“名盤”となる。そういう“奇跡”だ。
 その“名盤”がなぜ生まれたのか。バンドを結成させられた姉妹や、その両親はどういう人間だったのか。そして当時のアメリカの田舎はどんなだったのか。それを描いたのがこの舞台で、簡単に言えば、視野が狭く思い込みが激しく父権主義者でもある父親に翻弄された娘たちの悲劇、だ。ストーリーの大筋は上に書いた通りだが、全体の空気は、スティーヴン・キング Stephen King の『キャリー CARRIE』に近い。アメリカの田舎の不気味さ、といった気配濃厚。娘たちがそれなりに個性的で、生命力に乏しいわけでもなく、さらに言えば父親より広い視野を持っているにもかかわらず身動きがとれなくなるあたり、ことに、売れないことがわかって以降もバンドを続けることを強要されるくだりは、実に怖い。結局、父親が亡くなるまで、その束縛から逃れられなかった姉妹だが、その後も何か喪失感のようなものに支配されているようで、不思議な“哀しみ”が残る。
 ミュージカルとしての楽曲は舞台のために書き下ろされたもので、シャッグズの楽曲ではない。当然、役者たちの歌はホンモノのシャッグズより(少なくとも技術的には)はるかにうまい。その落差を効果的に使ったのがレコーディングの場面。役者たちの演奏(舞台裏にバンドがいるが)と歌は、似せてヘタにやってはいるが、それでもマトモ。そのことに気づくのは、その演奏を調整室で聴く設定ではホンモノのシャッグズの演奏に切り替わって、それが物凄くひどいから。という表現で浮かび上がるのは、本人たちには役者が演奏している程度にはマトモに聴こえているが、第三者が聴くと物凄くひどい、という現実。父親の思い込みの激しさが具体的に見えるシーンだ。
 決して楽しくはない。が、手応えは充分。とてもよく出来た、深みのあるミュージカルだった。期間限定公演ですでに終了。

 『明日なき抱擁』は、モーリー・イェストン Maury Yeston(『ナイン NINE』『グランド・ホテル GRAND HOTEL』『タイタニック TITANIC』、そして宝塚ファンには『ファントム PHANTOM』で知られる作曲・作詞家)の新作で、文字通りの“死”が人間の姿をして、とある公爵の別荘を訪れる、という話。元はイタリアのアルベルト・カゼーラ Alberto Casella の戯曲『LA MORTE IN VACANZA』で、ウォルター・フェリス Walter Ferris による英語翻訳版が『DEATH TAKES A HOLIDAY』としてアメリカでもヒットしたようだ。その後、映画化もされ(1934年)、その時の邦題が『明日なき抱擁』というわけだ。今回のミュージカル化にあたっては、トーマス・ミーハン Thomas Meehan とピーター・ストーン Peter Stone が手を加えている。
 人間の生の喜びについて知りたいと思った“死”が、休暇をとって人間の世界で暮らしてみる。“死”が休んでいるわけだから、死ぬべき人も死なず、人々は妙な多幸感に包まれる。そんな中で“死”は、婚約者のいる若い娘と惹かれ合うようになる。娘の生命を慮る“死”は、自らの正体を明かして立ち去ろうとする。が、深く“死”を愛した娘は命を惜しむことなく“死”と共に、この世を去る。――というメインの話はともかく、若くハンサムな貴族の姿をした“死”の登場で、公爵邸に集う人々がイキイキするのが皮肉でおかしい。元が戯曲だけあって、各登場人物もよく描き込まれている。
 イェストンの楽曲は、時に優雅で時に情熱的で時に陽気。渋く、ほどほどに重厚感のあるセットと相まって、黄昏ゆくイタリアの貴族階級の気分(を描きたかったのでは?)をよく表している。役者もうまく、充実した舞台だった。
 ところで、開幕直後、別荘に向かう車が事故に遭うのだが、そこに、“死”と恋の落ちる件の娘も乗っていて、一瞬行方不明になる。そして、何事もなかったように現れる。明らかに一度死んでいるのだが、“死”が休暇中だったために死ななかったわけだ。これ、今回のミュージカル化で付け加えられたエピソードなのかどうかわからないが、“死”に魅入られるヒロインが“死”のおかげで一命を取り留める、というのは『エリザベート ELISABETH』と同じだな、と思いながら観た。
 9月 4日までの期間限定公演。

 『沈黙!』は、とても小さな劇場で、学芸会レヴェルの手作り感いっぱいな装置を使って繰り広げられる、映画『羊たちの沈黙 THE SILENCE OF THE LAMBS』のパロディ・ミュージカル。驚くのは、そんな小規模な舞台に出ているのが、ブレント・バレット Brent Barrett、ディードリ・グッドウィン Deidre Goodwin といった主役級でブロードウェイ版『シカゴ CHICAGO』に出る 2人をはじめ、実力のみならず経歴的にも立派な役者たちなこと。
 調べてみると、この作品、元々は作曲・作詞のジョン&アルのカプラン兄弟 Jon and Al Kaplan が 02年に映画『羊たちの沈黙』のミュージカル版として書いた楽曲がネットを通じて話題になりカルト的な人気を得た、というところから始まっているらしい。その後、兄弟は、そこに数曲を加えたミュージカル映画版の脚本を書き、それを元にハンター・ベル Hunter Bell が舞台版脚本に仕上げ、 05年のニューヨーク・フリンジ・フェスティヴァルで上演して評価され、昨年はロンドンで本格上演。今回の上演は、そのニューヨーク帰還公演、ということのようだ。そんなわけで、観光客は知らないがニューヨークの演劇好きには大きな話題、という公演になっていて、知られた役者たちがこぞって出演しているの背景には、そうした事情があるようだ。
 正直、個人的には、そのギャップ(チープな舞台で有名俳優が嬉々として悪ふざけ的演技をする)に対する驚き以上の感銘を受けなかったのだが、おそらく言語能力のギャップが驚くばかりだったことが、その理由だと思われる(笑)。期間限定公演ですでに終了。

 『まだ最高じゃない』の出演者も、小さな劇場なのに豪華。アルファベット順に、デイヴィッド・バーナム David Burnham、サリー・メイズ Sally Mayes、ハワード・マッギリン Howard McGillin、リリアス・ホワイト Lillias White、レイチェル・ヨーク Rachel York というブロードウェイのオリジナル・キャスト・クラスがズラリ。加えて、ピアノ演奏+歌に音楽監督も兼ねたビリー・ストリッチ Billy Stritch。内容は、サブタイトルにもあるように、作曲家サイ・コールマン Cy Coleman の楽曲によるショウで、構成・演出は名作『シティ・オブ・エンジェルズ CITY OF ANGELS』の作詞でコールマンと組んだデイヴィッド・ジッペル David Zippel。
 なんと贅沢な。こうなると、楽曲の内容に沿ってコント的につないでいくといった構成の妙があって……とか言ってないで、楽曲のよさと役者のうまさを黙って楽め、と。そういうショウ(笑)。期間限定公演ですでに終了。

 最後に、オンの再見作 2本について。

 前回、 [自分の中で一番盛り上がった] と書いた『エニシング・ゴーズ』。上にも書いたように、この舞台をもう 1度観たくなっての今回の渡紐。いやあ楽しかった。
 元は 80年近く前の作品。ストーリーはご都合主義。見た目の現代性皆無。にもかかわらず、ここには現代を生きる僕らの心に届く楽天的な“喜び”が詰まっている。素晴らしい。これがミュージカルだ。
 サットン・フォスター Sutton Foster の主演女優ぶり、お観逃しなく。

 残念ながらトニー賞では主演男優賞(ノーバート・レオ・バッツ Norbert Leo Butz)しか獲れなかった『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』。が、昨シーズンの新作の中では、作品賞を含め 9部門で受賞した『モルモン書』と甲乙付けがたい充実作。どう“いい”かは前回の感想を読んでいただきたいが、再見して特に印象深かったのは、主人公(詐欺師)の人格形成に大きな影響を与える父親を演じるトム・ウォパット Tom Wopat のうまさ。悲しみをたたえた深みのある歌声にシビれた。
 ところで、この驚くべき詐欺師の話も元は実話で、アメリカのある種の暗部を描くという意味では『ザ・シャッグズ』と似た空気がないではない。そのあたりが観光客に敬遠される由縁か。もっとも、こちらはユーモラスに描いているが。
 ともあれ、ニューヨークに行って、お時間があれば、ぜひ。

 次回の渡米は 10月、と考えているのですが、どうでしょう(笑)。

(8/14/2011)

Copyright ©2011 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

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