[ゆけむり通信Vol.61, 62, 64, 65, 66 & 67]

2/3/2005
『グッド・ヴァイブレイションズ GOOD VIBRATIONS』
4/13/2005
『オール・シュック・アップ ALL SHOOK UP』
9/21/2005
『レノン LENNON』
11/23/2005
『ジャージー・ボーイズ JERSEY BOYS』
2/16/2006
『リング・オブ・ファイア RING OF FIRE』
4/23/2006
『ホット・フィート HOT FEET』

“ジュークボックス・ミュージカル”の現状

 先日ニューヨークのある事務所で、書棚に置いてあった日本人向けの簡易なタウンガイド誌を読んでいたら、ブロードウェイ作品紹介の囲み記事の中に「JBM」という表現を見つけて面食らった。読み返すと、前後の脈絡から“ジュークボックス・ミュージカル”のことだとわかったが、何の注釈もなしにいきなり「JBM」と書いて、その意味がわかる人は、そうそういないのではないか。一般向けの情報誌でのこの表現はひどすぎる、と思った。いくら半素人の仕事とはいえ、だ。
 ところで、“ジュークボックス・ミュージカル”という言葉、いつ頃から、どのような定義で使われているのだろうか。この人物(このメディア)のこの発言が最初だ、という出自をごぞんじだったら教えていただきたいが、個人的には、 2001年の秋にロンドンからやって来て当たった『マ(ン)マ・ミーア! MAMMA MIA!』以降にブロードウェイに登場してきた“その手”の作品に対して使われるようになった、と認識している。
 “その手”というのは、「特定のアーティストが放った舞台とは関わりのない既成のヒット曲を使って作られた」ということだ。

 “ジュークボックス・ミュージカル”量産のきっかけとなったと思われる興行的成功作『マ(ン)マ・ミーア!』の手法については、以前こちらで検証したことがあり(その検証の発端となった掲示板の論議の中で KJさんやマクウチさんが「『マ(ン)マ・ミーア!』効果」という言葉で危惧していたことが、残念ながら現実となってしまったわけだ)、その時に、「『マ(ン)マ・ミーア!』の“新奇さ”」=「舞台の仕事とは関わりのない特定のアーティストが放った既成のヒット曲だけを使って、そのアーティストとは無関係のオリジナル・ストーリーを持ったブック・ミュージカルを作ったこと」と結論づけた。逆に言うと、そのぐらい多くの条件を挙げないと、『マ(ン)マ・ミーア!』の手法を“新奇”とは言えなかった。つまり、単に「既成の楽曲を使って作られた」というだけのミュージカルなら『マ(ン)マ・ミーア!』以前にもいくつもあった、ということだ。
 そんな「『マ(ン)マ・ミーア!』の“新奇さ”」の中から抽出した、「特定のアーティストが放った舞台とは関わりのない既成のヒット曲を使って作られた」という条件を“ジュークボックス・ミュージカル”に当てはめる理由は、以下の通り。
 まず、『マ(ン)マ・ミーア!』のブロードウェイに登場以前には、“ジュークボックス・ミュージカル”という呼び名は表立っては使われていなかった。ところが、『マ(ン)マ・ミーア!』のブロードウェイ以降、“アメリカ産の”「特定のアーティストが放った舞台とは関わりのない既成のヒット曲を使って作られた」ミュージカルが急増するのに伴って“ジュークボックス・ミュージカル”という言葉が人口に膾炙し始めた。
 上記の説を裏づけるために、“ジュークボックス・ミュージカル”のブロードウェイにおける趨勢を確認してみよう(極めて短命に終わった作品を見落としている可能性はないではない。ご容赦を)。
 まずは『マ(ン)マ・ミーア!』ブロードウェイ上陸以前から。
 「特定のアーティストが放った舞台とは関わりのない既成のヒット曲を使って作られた」ミュージカルがブロードウェイに登場したのは、僕の知る限りでは、バディ・ホリー Buddy Holly もの『バディ BUDDY』、ルイ・ジョーダン Louis Jordan もの『モーという名の 5人の男 FIVE GUYS NAMED MOE』の 2作しかない。
 一方、「特定のアーティストが放った」という条件に沿わない作品は、エリー・グリーンウィッチ Ellie Greenwich の書いた楽曲を集めた『リーダー・オブ・ザ・パック LEADER OF THE PACK』★、リーバー↦ストーラー Jerry Leiber & Mike Stoller の書いた楽曲を集めた『スモーキー・ジョーズ・カフェ SMOKEY JOE'S CAFE』★、 1960〜 1970年代のヒット曲による『ストリート・コーナー・シンフォニー STREET CORNER SYMPHONY』★、この後 1つの傾向となる音楽映画の舞台化(映画版で使われてヒット曲となった楽曲が舞台版では役者によって歌われるスタイルの)『フットルース FOOTLOOSE』★と『サタデー・ナイト・フィーバー SATURDAY NIGHT FEVER』の 5本が挙がってくる。
 では、『マ(ン)マ・ミーア!』以降はどうか。
 「特定のアーティストが放った舞台とは関わりのない既成のヒット曲を使って作られた」ミュージカルは、ビリー・ジョエル Billy Joel もの『ムーヴィン・アウト MOVIN' OUT』★、ピーター・アレン Peter Allen もの『ボーイ・フロム・オズ THE BOY FROM OZ』、ボーイ・ジョージ Boy George もの『タブー TABOO』、ビーチ・ボーイズ The Beach Boys もの『グッド・ヴァイブレイションズ』★、エルヴィス・プレスリー Elvis Presley もの『オール・シュック・アップ』★、ジョン・レノン John Lennon もの『レノン』★、フォー・シーズンズ The Four Seasons もの『ジャージー・ボーイズ』★、ジョニー・キャッシュ Johnny Cash もの『リング・オブ・ファイア』★、アース・ウィンド&ファイア Earth, Wind & Fire もの『ホット・フィート』★の計 9本。書き下ろし楽曲も多く含むので厳密には条件内とは言いきれない『タブー』を外したとしても 4年半の間に 8本だ。
 同時期に登場した「特定のアーティストが放った」という条件を満たさない作品は、バカラック&デイヴィッド Bert Bacharach & Hal David の書いた楽曲による『ルック・オブ・ラヴ THE LOOK OF LOVE』★と、音楽映画→舞台化の『アーバン・カウボーイ URBUN COWBOY』★の 2本。
 以上の数字から、「舞台とは関わりのない既成のヒット曲を使って作られた」ミュージカルの中でも「特定のアーティストが放った」という条件を備えた作品こそが『マ(ン)マ・ミーア!』のブロードウェイ上陸後に急増していることがわかる。
 “ジュークボックス・ミュージカル”=「特定のアーティストが放った舞台とは関わりのない既成のヒット曲を使って作られた」ミュージカル説、ご納得いただけただろうか。
 まあ、おそらく一般的には、“ジュークボックス・ミュージカル”という言葉は「規制のヒット曲を連ねたミュージカル」というぐらいの曖昧な概念で使われていると思うが、このサイトでは上記のような意味で使うことをご了承願いたい。

 なお、前述の『マ(ン)マ・ミーア!』の手法の検証を読んでくださった方には蛇足となるが、“ジュークボックス・ミュージカル”の条件内に「舞台とは関わりのない」とある理由について、同検証から引いておく。
 [かつてアメリカでは、舞台ミュージカルのオリジナル楽曲から多くのヒット曲が生まれていました。今スタンダード・ナンバーと呼ばれる楽曲のほとんどがミュージカル・ナンバーであることを考えると、ミュージカルは、一方でヒット曲を生み出すシステムとして機能していたと言ってもいい。だから、ミュージカルにわざわざ既成のヒット曲を使うなんてことは考えられなかったわけです。しかし、それはロックンロールが登場する(1955年前後)以前の話。ロックンロールと廉価で扱いやすいドーナツ盤の普及をきっかけに、ヒット・チャートを支えるレコードの購買層がしだいに若年化していき、ビートルズ The Beatles の人気が爆発するあたりを境に、舞台ミュージカルの楽曲がチャートからほとんど姿を消してしまいます(もちろん、いくつかの例外はありますが)。
 (中略)
 とにかく、そのように舞台ミュージカルは、かつてはヒット曲の世界と隣り合わせにあった。それがある時期から、ヒット曲の世界の方が離れていってしまう。楽曲に沿って言い換えると、かつては舞台ミュージカルの楽曲作家がヒット曲作家だったのだが、ある時期から舞台ミュージカルの楽曲作家ではない人たちがヒット曲作家として働くようになった、ということです。その構造は今も基本的には変わっていません。
 そうなって初めて既成のヒット曲を使ったミュージカルというものが生まれてきたのだ、と考えられます。]

 ところで、ここで大切なのは、『マ(ン)マ・ミーア!』上陸以降にブロードウェイで急増した“ジュークボックス・ミュージカル”の多くがアメリカ産だ、ということだ(上記の内、タイトルの後ろに★印の付いた作品がアメリカ産)。『マ(ン)マ・ミーア!』上陸以前にブロードウェイに登場した“ジュークボックス・ミュージカル”、『バディ』『モーという名の 5人の男』は、いずれも『マ(ン)マ・ミーア!』同様ロンドンからやって来たものであり、アメリカ産のものは『マ(ン)マ・ミーア!』上陸以前にはブロードウェイには登場していないのだ(もちろんオフでは、“その手”の作品も以前から作られてはいたが、けっしてオンには登場しなかった)。
 つまり、イギリス(あるいは同じ興行サーキットであるオーストラリア)では『マ(ン)マ・ミーア!』以前から“その手”の作品は頻繁に作られていて(この辺のことは、「ロンドン産ミュージカルは“あざとい”」というタイトルで 7年前に検証している)、それらが海を渡って時折ブロードウェイに登場することもあった。その内の 1つが『マ(ン)マ・ミーア!』だったわけだ。そして、『マ(ン)マ・ミーア!』のブロードウェイでの成功後、堰を切ったようにアメリカ産の“ジュークボックス・ミュージカル”が大量にブロードウェイにも登場するようになった。これが、ここ数年のブロードウェイ・ミュージカルの流れだ。

 では、なぜ、アメリカ産の“ジュークボックス・ミュージカル”が大量にブロードウェイに登場するようになったのか。
 ――という分析は後ほど。そろそろ、本題である“ジュークボックス・ミュージカル”個々の観劇記に移るが、その観劇記をわかりやすくするために、事前に“ジュークボックス・ミュージカル”の 3つの“型”を示しておく。

 A). 使われる楽曲の原アーティストの伝記的内容を持つストーリーが展開される(『バディ』型)
 B). 使われる楽曲の原アーティストと関係のないストーリーが展開される(『マ(ン)マ・ミーア!』型)
 C). はっきりしたストーリーのないレヴュー(適当な前例がないので、仮に『スモーキー・ジョーズ・カフェ』型としておく)

 そして、もう 1つ、“ジュークボックス・ミュージカル”が避けて通れない“オリジナル演奏との距離感”という問題点を提示しておく。
 興行的成功を求めてか、芸術的な目的をもってかは別にして、“ジュークボックス・ミュージカル”が既成のヒット曲を使う最大の理由として、その楽曲のオリジナル演奏を、あまりミュージカルに親しんでいない観客でも(かなりの程度)知っている、という要素があるのは間違いない。知っている楽曲が流れれば、観客は未知の楽曲に対する緊張感を抱くことなく舞台の世界に入っていくことが出来る。つまり、観客にとってのハードルが 1つ減るわけで、プロデューサー側からすれば、知っている楽曲の流れるミュージカルなら観てみようかと観客が思うだろう、という皮算用がある。
 そうした皮算用の成否はともかく、観客にとって楽曲が既知であることが前提の場合、舞台での演奏と“オリジナル演奏との距離感”が重要な問題となってくる。なぜなら、“距離感”によって、楽曲が観客に与える印象や意味が大きく違ってくるからだ。
 ひと口に“距離感”と言っても、なかなか微妙にして深遠な問題だが、そのポイントをあえて挙げれば、次の 2つになるだろう。

 1). アレンジの問題=オリジナル演奏のアレンジに倣うのか、独自のアレンジを加えるのか。
 2). 楽曲の内容表現の問題=オリジナル演奏の表現に近い感触でよみがえらせるのか、ひとヒネりして使うのか。

 さらに言うと、 2). の“楽曲の内容の問題”には、オリジナル演奏が表現しようとしていたものの質の問題が含まれるのだが、そこまで踏み込むと、話が複雑になりすぎるので、とりあえずは、この 2つのポイントで語っていきたい。

 ちなみに、『マ(ン)マ・ミーア!』の場合は、 1). が、ほぼ原曲通りの“倣う”派で、 2). が、原曲通りの歌詞の内容がその“マンマ”舞台上の状況にピッタリ当てはまって笑えるという“ヒネる”派だ。
 『マ(ン)マ・ミーア!』上陸以降にブロードウェイに最初に登場したアメリカ産の“ジュークボックス・ミュージカル”『ムーヴィン・アウト』については、すでに書いてある観劇記をお読みいただきたいが、“型”と“オリジナル演奏との距離感”について書いておくと、“型”は『マ(ン)マ・ミーア!』同様の B 、“オリジナル演奏との距離感”は、 1). のアレンジが“倣う”派で、 2). が、ビリー・ジョエルが歌に込めた思いを生かした“近い感触”派になる。

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 まずは、ビーチ・ボーイズ、及び、その中心人物だったブライアン・ウィルソン Brian Wilson の楽曲を使った『グッド・ヴァイブレイションズ』。これは、“型”は B。“オリジナル演奏との距離感”は、 1). が“倣う”派、 2). が“近い感触”派。

 実は、この作品がブロードウェイに登場する直前(2004年秋)に、ブライアン・ウィルソンが、元々はビーチ・ボーイズとして 67年に発表するはずだった“幻のアルバム”『スマイル SMILE』をソロ・アルバムとして作り直してリリースし、世界的に評判になっていた(『グッド・ヴァイブレイションズ』というタイトルは、結局は未発表となったビーチ・ボーイズ版『スマイル』の先行シングルとしてリリースされ、全米 No.1ヒットとなった同名楽曲に由来するが、ブライアン版『スマイル』にも同曲の新ヴァージョンが収録されている)。そうした追い風を制作サイドが見逃すはずもなく(プレイビルのクレジットには、ブライアン・ウィルソンと共に『スマイル』を作り上げたヴァン・ダイク・パークス Van Dyke Parks の名前が“Musical Consultant”として載っている)、舞台は、同アルバムのオープニング・ナンバー「Our Prayer」のア・カペラ・コーラスで始まる。
 サーファー・ガイズと名づけられた 5人の若手男優による、そのハーモニーは、かなりの線までオリジナル演奏を再現していて、一瞬「オッ」と思った。が、しかし、それは初めだけ。その後も、サーファー・ガイズのコーラス・ワークを要所要所に配した、けっこう丁寧なアレンジで、新旧取り混ぜたビーチ・ボーイズ及びブライアン・ウィルソンの楽曲が次々に披露されていくのだが、残念ながら物足りない。それは、僕が観劇の 3日前に東京でホンモノのブライアン・ウィルソン・バンドの豊潤なライヴを体験したせいかもしれないから、とりあえず、よしとしよう。まあ、音楽的にはそこそこがんばっていた、ってことで。
 しかしながら、音楽的なノリだけでは乗り越えられない問題が、脚本(と言うか、作品構想)にあった。

 アメリカ東部の小さな町のハイスクールを卒業した若者たちが、大人の社会に足を踏み入れる前の貴重な時間を惜しむように、クルマに乗って西海岸を目指す。そして、その旅を通じて少しだけ大人になる。
 そんな話で、そもそもヒネリも何もないのだが、さらに、年代が意図的に不詳にしてある。例えば、ハイスクールの卒業パーティの垂れ幕に年度が書いてあるのだが、幕の一部が折れ曲がっているため年度の末尾 2桁の数字が読めなくなっている、という具合。おそらく、使っている楽曲の発表年が 60年代初頭から最近までと幅広いため、舞台上の時代を特定すると楽曲の時代性との整合性がなくなることを嫌ってのことだと思われるが、制作サイドはここで判断を誤った。
 なぜなら、物語の舞台は、観客にとって全く実感のないギリシアの小さな島(『マ(ン)マ・ミーア!』)等ではなく、明らかにアメリカ合衆国のどこか。つまり、ファンタジーとしては納得しにくい設定なのだ。であるならば、いつの時代だか特定できないと、登場人物たちを取り巻く環境や彼らの意識の塩梅が見えてこない。アメリカの 1962年の高校生と 1972年の高校生とでは、人生に対する姿勢がまるで違うはずなのだ。さらに、人種問題もある。何事もなかったように白人と黒人が同じクルマに乗っていられる時代なのかどうか、とか。逆に、限りなく現在に近い時代だとすると、高校生がみんなしてビーチ・ボーイズでノリノリになったりするのか、という疑問も生まれる。そうしたことを置き去りにして書かれた脚本(リチャード・ドレッサー Richard Dresser)だから、細部の面白さの描きようがないし、登場人物のキャラクターもステレオタイプにならざるをえない。ビーチ・ボーイズ好きの人にならわかっていただけると思うが、登場する女の子に“Caroline”“Rhonda”“Wendy”“Deirdre”なんて名前が付いてるところからして、なんだかなあ、なのだ。
 かくして、元々どうってことのない話が、さらに、観客にとってまるでとっかかりのない話になってしまった。
 年代を不詳にした理由は、実は次のような意図だったのではないか、とも思う。いつの時代も、アメリカは争いを抱えている。そんな国に生きる若者たちが抱える不安と平和への祈りを、ビーチ・ボーイズの音楽を通して描く。そんな風な。
 仮に、そうした意図があったとしても、それはほとんど表現出来ていなかったと言うしかない。残念ながら(演出・振付/ジョン・キャラファ John Carrafa)。
 実は、ビーチ・ボーイズ=ブライアン・ウィルソンの音楽は、ロックンロールでありつつ、一方に、アメリカの劇場音楽の伝統と軌を一にする部分がある。だから、楽曲について“倣う”派+“近い感触”派でいくのなら、もっと緻密にアイディアを練れば、既成の楽曲であっても舞台と融合して全く違った完成度の作品に仕上がる可能性もあったかもしれない。その辺に、もしかしたら、“ジュークボックス・ミュージカル”の突破口があるのかもしれないのだが……。

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 エルヴィス・プレスリーのレパートリーだった楽曲を使ったのが『オール・シュック・アップ』。これも“型”は B。でもって、“オリジナル演奏との距離感”は、 1). のアレンジが“独自”派、 2). の内容表現が“ヒネる”派。

 1955年の夏のある日、名前を聞いたこともないようなアメリカ中西部の田舎町に(とプレイビルに書いてある)、地平線の向こうからギターを抱えた革ジャンパーの男が鉄の馬(モーターサイクル)に乗ってやって来る。
 ――こうして話は、 60年代のエルヴィス映画というよりも、なんだか小林旭の日活アクション映画風に始まるが、その実体は、どうやら『真夏の夜の夢 A MIDSUMMER NIGHT'S DREAM』のようだ。
 キリスト教原理主義者のように聖書の教えを振りかざす女性市長の下で禁欲的な生活を強いられて、退屈そうに暮らしていた町の人々が、モーターサイクルの男が登場すると、そのセックスアピールに当てられたように、いきなり恋に目覚め始める。それも、どこかねじれた、唐突で熱い恋に。その結果、町は大騒ぎになり、市長はやっきになって“健全な”秩序を取り戻そうとする。が、手塩にかけた息子までもが自分に反抗して駆け落ちしようとするに及び、市長もついに心を開き、忠実な部下として遇していた保安官からの愛の告白を受け入れる。
 要するに、モーターサイクルの男=惚れ薬をふりまく妖精パック、なわけだが、では、なぜ、モーターサイクルの男を妖精パック的存在として設定したのかと言えば、モーターサイクルの男=エルヴィス・プレスリー登場の衝撃の象徴、という発想が大元にあるからだろう。つまり、モーターサイクルの男は、50年代半ばに登場して若者たちを熱狂の渦に巻き込み、少なからずその人生観を変えさせたエルヴィス・プレスリーという“現象”の化身として描かれている。そんなわけで、この話全体が、エルヴィスは『真夏の夜の夢』の妖精のごとく一夜にしてアメリカの人々の人生を変えた、という認識の比喩的表現になっているのだ。
 そうした批評性(禁欲的キリスト教社会に対するアンチテーゼとしてエルヴィス・プレスリーを評価する、といったこと)を内包していることが、この、ある種“能天気”なミュージカル・コメディに、それなりの厚みを与えているのは間違いない。

 もっとも、この作品、単なる“能天気”なミュージカル・コメディとしても、けっこうよく出来ていて、僕は、つい、『クレイジー・フォー・ユー CRAZY FOR YOU』を思い浮かべてしまった。
 まあ、詳細に比較すれば、『クレイジー・フォー・ユー』の緻密なギャグにはかなわないのだが、退屈な田舎町に突然よそ者がやって来て騒ぎを巻き起こし、町は活気づき、みんながハッピーになる、という筋立てや、主要登場人物のあからさまな変装に誰も気づかず、それがさらなる混乱の元になる、というあたりは、かなり似ている。
 ことに変装にまつわるドタバタ。
 『クレイジー・フォー・ユー』の方は、主人公ボビーが、嫌われたポリーに近づくためにブロードウェイの大プロデューサー、ザングラーに化けてポリーの心を射止める。ところが、そこにホンモノのザングラーが登場して……。『オール・シュック・アップ』では、主要登場人物の 1人であるガソリン・スタンドの娘ナタリーが、好きになったエルヴィスの“化身”チャドに相手にされないので、少しでも彼に近づくために、エドという荒っぽい男になりすまし、狙い通りチャドに“ダチ”扱いしてもらう。ところが、そのエドに、チャドが心を奪われたミス・サンドラという“いい女”が一目惚れして……。しかも、ここが肝心なのだが、どちらの変装も観客には一目瞭然なのに、舞台上ではバレない。だから、笑える。
 コメディの定石だと思われる、こうした手法を使った『オール・シュック・アップ』は、そこそこ楽しい舞台に仕上がっていた(脚本/ジョー・ディピエトロ Joe DiPietro)。

 ではあるのだが、その楽しさが“そこそこ”の段階で留まったのも事実。その理由は、もっぱら“オリジナル演奏との距離感”にある。
 なぜ、この作品の“オリジナル演奏との距離感”が“独自”派で“ヒネる”派だったか。その理由は、おそらく、“オリジナル演奏”の表現が深すぎるせいだろう。なにしろ、エルヴィスなのだ。アバ ABBA(『マ(ン)マ・ミーア!』)と違って安易に“倣う”と寒いモノマネにしかならない(なにしろアメリカ人はエルヴィスのモノマネをうんざりするほど観てきている)。そして、“近い感触”でシリアスに表現するには、歌詞の意味は(ここで使われているものは特に)表面的には概ね他愛ない。他愛ない歌詞でも深く聴かせてしまうのは、唯一無二のエルヴィスの歌の力なのだ。そうした諸々のことを考えると、やはり、アレンジはモノマネにならないように“独自”派、内容表現は“ヒネる”派にせざるをえない。
 しかしながら、そうした、敬して遠ざける、とでも言うような“オリジナル演奏との距離感”は、全米を震撼させた“現象”としてのエルヴィスを描こうという、この作品の裏テーマの視点からすると、楽曲の存在感を中途半端なものにしてしまったと言わざるをえない。“そこそこ”の作品にしかならなかったのは、そんな理由からだ。

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 『レノン』については、観劇リストをアップした際、次のように印象を書いた。

 [『レノン』は、ごぞんじビートルズのジョン・レノンの半生を描いた作品。ジョン役の主演者が 1人いるのではなく、登場する 9人全員が入れ替わり立ち替わりジョンを演じるという、言ってみれば『アイ・ガット・マーマン』のスタイルにしたのは、“そっくりショウ”になるのを防ぐ(と言いつつ 1人激似な役者がいるが)と同時に、語り口に客観性を持たせる、という意味では成功している。が、ジョンがあまり面白い人物に見えないのは痛い。ヨーコ・オノの厳しい監修下(監視下?)にあったのが原因だろう。“最終的にはいい人”として描いては、本質的ロックンローラー、ジョンの魅力は伝わるまい。]

 半生を描いているわけだから、先の分類で言えば、とりあえず伝記的な A型なのだが、単純に主人公の人生のストーリーを追うといった作品ではなく、そこにレヴュー(と言うか擬似コンサート)的な C型の要素も入ってくる。『アイ・ガット・マーマン』のスタイル、ということには、そういう意味も含まれる。
 一方、この作品の“オリジナル演奏との距離感”は、 1). が“倣う”派、 2). が“近い感触”派。
 つまり、全体としては、ジョンの人生を楽曲に即してたどりつつ、ジョンが楽曲に込めたであろうメッセージを、もう 1度みんなで確かめ合おう、といった内容の舞台になっている。

 つまらないのは、ジョンの人生と楽曲に対する解釈が、もっぱら“純粋さ”と“平和希求”という線に絞られていること。それはヨーコ・オノが築き上げようとしているジョンの(半ば)虚像なのではないかという議論は脇においたとしても、そうした視点からは、ジョンの人生についても楽曲についても新たな発見が生まれるはずもなく、観ている側にとっては驚きがない。したがって、歌われるジョンの楽曲も演劇的な奥行きを伴わず、まるで、ジョン・レノン・トリビュート・コンサートのごとき印象。舞台ミュージカルにした意味が見えてこないのだ。
 使われているのは、もちろんジョン・レノンの楽曲だが、ソロとして発表したものがほとんどで、ビートルズ時代の楽曲は「The Ballad of John And Yoko」及び少数のカヴァー曲に限定されている。
 ソロになってからのジョンの楽曲は、(特に詞において)例えば「Imagine」に代表されるようなシンプルでストレートな表現に傾き、なおかつメッセージ色の強いものが多くなったが、ここで歌われるのも、もっぱらその系統の楽曲。なので、舞台は、よりプロパガンダの色合いが濃くなり、その分だけ表現が平板になっていく。
 個人的には、ビートルズが現役の頃からジョン・レノンのファンだし、ジョンの楽曲のメッセージには共感を覚えるが、しかし、そうした楽曲をミュージカル作品の中で歌うことで新たな何かを生み出そうというのでない限り、高いチケットを買って観る気にはならないというのが正直な気持ち。まあ、ジョン・レノンを知らない若い世代に彼の真価を改めて伝えよう、ということなのかもしれないが、だとしたら、その舞台はブロードウェイではないと思う。
 テレンス・マン Terrence Mann やチャック・クーパー Chuck Cooper ら実力派の役者たちも、なにやら手持ち無沙汰に見えてしかたがなかった。

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 05-06年トニー賞のミュージカル作品賞を得たのが『ジャージー・ボーイズ』。まさか“ジュークボックス・ミュージカル”が作品賞を獲るとは思わなかったが、だからと言って、この作品に対する評価が低いわけではない。 2005年 11月のブロードウェイ観劇リスト掲載時に、こう書いている。

 [数多くのヒット曲を持つヴォーカル・インストゥルメンタル・グループ、フォー・シーズンズの伝記ミュージカルで、その結成から今日に到るまでを描く。既成のヒット曲を並べた、いわゆる“ジュークボックス・ミュージカル”の 1つで、別に深みはないが、“準地元”ニュージャージーのイタリア系の“感じ”をギャグを交えながらうまく表現した脚本と、凝りすぎず手際のいい演出とで軽快に見せる。人気の核心は、かなりよく似た歌声(リード・ヴォーカリスト、フランキー・ヴァリ Franky Valli の声は非常に特徴的)と世代を超えて知られた楽曲の魅力か。]

 これでわかる通り、“型”は伝記的な A。“オリジナル演奏との距離感”は、 1). アレンジが“倣う”派、 2). 内容表現が“近い感触”派――と言うより、楽曲に関してはアレンジも内容も“そっくり”派。しかも、それらはフォー・シーズンズの演奏シーンで歌われる。つまり、全くの『バディ』流儀だ。
 その点から言うと、ソング&ダンスのショウ場面で見せる現実ドラマからの飛翔感こそがミュージカルだと考える人にとっては、この作品はミュージカルではないかもしれない。最近の伝記的映画で言うと、『五線譜のラブレター DE-LOVELY』はミュージカルだが、『レイ RAY』はミュージカルじゃない、というような意味で。だから、分類で言えば、プレイ・ウィズ・ミュージックという呼び方が正しいのだろう。

 ともあれ、『バディ』的流儀で作られたこの作品が、ブロードウェイでは短命に終わった当の『バディ』と違ってロングランすることが出来た理由は、脚本(マーシャル・ブリックマン Marshall Brickman、リック・イライス Rick Elice)の出来のよさにあるのは間違いない。ミュージカルならではの面白さには乏しいが、プレイとして、よく出来ているということだ。
 脚本は、微視的にも巨視的にも目配りが利いている。
 微視的に言うと、小さなエピソードの全てにオチがある。つまり、 1つ 1つのエピソードが独立したコントになっているのだ。そして、その連なりが結果的に伝記的なストーリーになっていく。したがって、場つなぎ的な場面がなく、常に面白い。
 巨視的に言うと、全体を 4つのパートに分け、主要登場人物であるフォー・シーズンズのオリジナル・メンバー 4人に順繰りにナレーションをさせる、という構成にしてある。最初のナレーターはグループの創設者トミー。次が、途中からバンドに加わって音楽的支柱になるボブ。続いて、トミーの旧友ニック。最後が、グループの顔となるフランキー。この構成が、うまい。
 トミー(トニー賞助演男優賞を獲ったクリスチャン・ホフ Christian Hoff)がナレーターのパートは、不良仲間であるニックや若いフランキーを束ねてトミーがバンドを結成し、そこにボブが加わって成功し始めるまで。親分肌のトミーの語り口は魅力的で、てっきり、そのままトミーのナレーションで進むのだと実は思ってしまうのだが、フォー・シーズンズが売れ始めたところでナレーターが別の役者に変わってしまう。その理由は、やがてわかる。トミーの金銭問題が浮上してきて、バンドが危機に陥るのだ。そうした状況はトミーがナレーターのままでは描けない。これはトミーに限ったことではなく、バンドの、あるいはメンバー個々の様々な問題を、かなりの程度まであからさまにしてしまう内容であってみれば、単独のナレーションでは語り尽くせないのは明らか。と同時に、ナレーターをメンバー 4人に振り分けることで、バンドの歴史を語る“語り口”の客観性も生まれ、それが、さらに、クライマックスとなる再結成の際の感動も生む。つまり、 4人のメンバーがいれば 4通りの人生があり、それが交錯するところにバンドの運命がある、ということだ。リレー式のナレーションは、そうしたドラマの幅の広さを生んでストーリーを単なる成功譚以上のものにし、舞台に厚みを与えている。
 何度も言うように、この作品はミュージカルとして面白いわけではない。しかし、耳慣れたヒット曲と共に展開される伝記物語としては充分に面白い。そういうことだ。

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 『リング・オブ・ファイア』もブロードウェイ観劇リスト掲載時に書いた文章を引こう。

 [『リング・オブ・ファイア』は、清濁併せ呑むスケールの大きなカントリー・シンガー(&ソングライター)、ジョニー・キャッシュ(1932〜2003)のレパートリー楽曲を使った、ある種のレヴューで、はっきりしたストーリーはないが、それでも、キャッシュの歌世界に生きるアメリカ人のドラマが断片的に描かれ、全体としてはキャッシュ自身の人生を想起させる作りになっている(日本でも公開される伝記映画を観ておくと理解の助けにはなる)。最近オフで何本かあった、役者が演奏もし、ミュージシャンが演じもするカントリー系ミュージカルの集大成的側面も面白い。僕は興味深く観たが、おそらくロングランにはならないと思われるので、関心のある方はお早く。]

 ロングランにならないと思った理由は、“型”が、伝記的な A ではなく、かと言って擬似コンサート的な C と言うには歌世界に沿ったドラマが描かれすぎていたからで、しかも、そのドラマは断片的。さらに、主人公も特定出来ない。これでは、いかにアメリカでキャッシュの人気が高いとはいえ、よほど彼の歌に思い入れがない限り、観客が感情移入のしどころを見つけるのがむずかしいだろう。
 亡くなる直前まで現役だったキャッシュのアメリカでの人気の高さは日本では想像もつかないほどで、死後も評価は高く、この舞台がオープンする前年には伝記映画『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道 WALK THE LINE』が公開され、アカデミー賞にも絡んで日本でも話題になった。同年、 4枚組の CDボックスセット(特別版はボーナス CDとボーナス DVD付き)もリリースされている。だから、彼の伝記的作品であったなら、あるいは、もっと砕けて、彼の“そっくりショウ”であったなら、観光客でも興味を持てるような舞台になったかもしれないとも思う。
 しかしながら、『エイント・ミスビヘイヴン AIN'T MISBEHAVIN'』『フォッシー FOSSE』といったレヴュー的作品で成功を収めてきたリチャード・モルトビー・ジュニア Richard Maltby, Jr.(原案・演出)は、ここでも同様の手法を選んで、それが必ずしもうまくいかなかったわけだ。まあ、手法に関わりなく、演出の練り込みが足りなかったのも事実だが。

 そうした仕上がりにもかかわらず、僕がこのショウを興味深いと思ったのは、舞台上に描かれるジョニー・キャッシュの歌世界が、ニューヨークを中心とした世界の人たちとは違った視線で、今のアメリカのあり方に異議を唱えているように見えたからだ。
 舞台は、キャッシュの歌をなぞって、「この汽車に乗って……」とつぶやいてキャッシュの分身と思われる男がふらりと旅に出るところから始まる。旅先で男が見るのは、必ずしも豊かには暮らしていない中西部や南部の市井の人たちの人生。様々な苦難に見舞われ、時には家族や仲間との絆を見失いそうになりながら、それでも彼らは最後には前を向いて誇り高く生きていく。そんな人たちの苦悩や情熱や喜びが、厳しさを抱えつつ滋味豊かなキャッシュのレパートリー楽曲に乗せて描かれる時、一般には(例えばブッシュ政権を支持する)固陋な保守層と見られがちな彼らの中にこそ、アメリカのリベラルな精神の本質が宿っているのではないか、という気がしてくるのだ。
 そんなわけで、この作品の“オリジナル演奏との距離感”の内、 2). の内容表現は間違いなく“近い感触”派なのだが、 1). のアレンジについては、“倣う”派と“独自”派の間とでも言うか、キャッシュの楽曲が巷の人々の間に浸透した後に新たな息吹を伴って歌われる、という印象。オリジナルの魅力を超えはしないが、それらの楽曲が舞台上で改めて役者たちによって歌われる意味が、そこには確かにあった。
 こんな作品が、地方からやって来たキャッシュの歌を愛する観光客に支持されてヒットし、ニューヨークこそ全てだと思っているようなスノッブな連中にひと泡吹かせたら面白いのに。そんな夢想をしたくなる何かが、この失敗作にはあったと思う。

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 ここで採り上げた 6作中、最も完成度が低かったのが『ホット・フィート』だ。
 この作品に関しては、観劇記アップの際に書いた次の文章で言い尽くしていると言ってもいい。

 [『ホット・フィート』はアース・ウィンド&ファイアの楽曲を使ったミュージカルだが、他のいくつかの作品のストーリーやスタイルをゴチャ混ぜにした印象。(追記/わがままな女性スターに代わって)急遽ダンス・カンパニーの主演の座に着いた少女が(『フォーティセカンド・ストリート 42ND STREET』)、悪魔の陰謀で(『くたばれ!ヤンキース DAMN YANKEES』)赤い靴を履き、踊り狂って死んでしまう(『レッド・シューズ RED SHOES』)。眼目は、そのダンス・カンパニーのレッスンや本番のダンス場面だが。その際に流れる楽曲の歌手はバンドの一員で姿は見えない(『ムーヴィン・アウト』)。一方、ドラマ部分では登場人物が時折、アース・ウィンド&ファイアのヒット曲をとってつけたように歌う(『マ(ン)マ・ミーア!』)。ダンスには一部観るべきところもあるが、ストーリーが陳腐で、演出もたどたどしく、長すぎるダンス部分がドラマと融合していない。早晩クローズするのでは?]

 とりあえず先の分類に当てはめると、“型”は『マ(ン)マ・ミーア!』同様に楽曲の原アーティストと関わりのないストーリーを持つ B 。そして、“オリジナル演奏との距離感”は、 1). のアレンジが“倣う”派、 2). の内容表現が“近い感触”派。
 ――と書いてくると、やはりダンスを表現の中心に据えた“ジュークボックス・ミュージカル”『ムーヴィン・アウト』と同じになってくるのだが、実際には、内容表現は“近い感触”派と言うより、 BGM派とでも呼びたくなるぐらいに舞台にとって楽曲の意味が薄い。『ムーヴィン・アウト』にとっては(時代・地域・心情において)ビリー・ジョエルでなければならなかった、というだけの必然性が、ここでのアース・ウィンド&ファイアにはないのだ。
 この作品が短命に終わった原因は、前述したように、 [ストーリーが陳腐で、演出もたどたどしく、長すぎるダンス部分がドラマと融合していない] と全般にわたって多々あるのだが、根源的には、この“楽曲の必然性のなさ”が、失敗の最も大きな原因なのではないだろうか。
 元々がダンサー、振付家である、原案・演出・振付のモーリス・ハインズ Maurice Hines は、やはり振付家であるトワイラ・サープ Twyla Tharp が手がけた『ムーヴィン・アウト』の成功を見て、自分もストーリーを持ったダンス・ミュージカルを作ろうと比較的簡単に考えたのではないか。近年再評価の機運の高まるアース・ウィンド&ファイアの楽曲を使えば、少なくとも黒人層の支持は得られるだろう。いや、オリジナル楽曲のヒットの大きさはビリー・ジョエルに負けてはいないのだから、もっと広い層にアピールしないとも限らない。少なくとも、そんな思惑を出資者には吹聴したはずだ。そうした安易な企画に出資する人々がいるという事態が、すでに、ブロードウェイにおける“ジュークボックス・ミュージカル”隆盛(と言っても、たいして当たってはいないのだが)の弊害なのだという気がしてならない。
 予想通り短命に終わってホッとしたが、そもそも、こうした、志においても完成度においてもレヴェルの低い作品はブロードウェイに登場してはならないのだ。そんな資金があったら、他の作品に回してほしい。例えば、 NYMF(ニューヨーク・ミュージカル・シアター・フェスティヴァル)参加作品のどれか、とかに。

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 アメリカ産の“ジュークボックス・ミュージカル”が大量にブロードウェイに登場するようになった理由の 1つが、“オリジナル演奏との距離感”の説明のところで書いたように、「あまりミュージカルに親しんでいない観客でも、知っている楽曲が流れる舞台なら観てみようかと思うだろう」というプロデューサー側の皮算用であることは間違いない。
 では、なぜ『マ(ン)マ・ミーア!』以前にはアメリカ産の“ジュークボックス・ミュージカル”はブロードウェイに登場しなかったのか。僕には、それが“ブロードウェイの矜持”だったように思えてならない(ロンドンは違うのか、という疑問を持たれた方は、改めてこちらをお読みください)。
 作る側にも観る側にも、ある種の誇りがあった。あるいは、お互いに誇りを持っていると思っていた。そんなものを作るはずはないし、そんなものを観たがるはずはない、と。ことに、観客の側の厳しい目というものが、かなり強く意識されていたのではないか。
 舞台と関係のないところで作られた、すでにヒットした楽曲を持ってきてミュージカルに仕立てるなんて、ブロードウェイのショウとしては手抜きじゃないか、というぐらいの感覚が、観客にはあって当然だった。さらに言えば、“ジュークボックス・ミュージカル”が作られるということはミュージカルのための新たな楽曲が生まれる機会が少なくなるということで、それは即ち、ミュージカルの楽曲作者たらんとする人たちの仕事がなくなっていくということ。それが、ミュージカル文化の危機を意味することは、ミュージカルを愛する者であれば直感的にでも理解していておかしくなかった。
 しかしながら、そうした“ブロードウェイの矜持”が、ここに来て急速に崩壊しつつある。……ように見える。
 とにかく、いろんな意味で悪循環に陥ることがわかっていながら“ジュークボックス・ミュージカル”を選択せざるをえないほど、ブロードウェイにおけるミュージカル制作の環境は悪化している、ということなのだろう。残念ながら。

 もっとも、何の前触れもなく、ある日突然アメリカ産“ジュークボックス・ミュージカル”が増殖し始めるはずはなく、その兆しは『マ(ン)マ・ミーア!』のはるか前、 70年代半ばからあったように思えるのだが、――それについては長くなるので別稿に譲りたい。乞うご期待(笑)。

(11/09/2006)

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