[ゆけむり通信Vol.62]

4/14/2005
『モンティ・パイソンのスパマロット MONTY PYTHON'S SPAMALOT』

歴史の動きで変わる作品の意味

 2000年 11月に観たブロードウェイ・リヴァイヴァル版『ロッキー・ホラー・ショウ THE ROCKEY HORROR SHOW』の時と似ている。『モンティ・パイソンのスパマロット』の観客の反応を観ながら、そう思った。
 『ロッキー・ホラー・ショウ』は、 1973年にロンドンの劇場で幕を開け、話題作となった後、『ロッキー・ホラー・ピクチャー・ショウ THE ROCKEY HORROR PICTURE SHOW』として映画化された。この映画がアメリカでカルト的な人気を得て、熱狂的なファンたちによるパーティ状態の盛り上がりの中で上演が繰り返されているのは、同作品のヴィデオソフトにも、その様子が収められているので、ごぞんじのことと思う。そして、 2000年版『ロッキー・ホラー・ショウ』の時には、あの映画を観るように反応している観客が数多く見受けられた。
 どういう反応か。
 自分のお気に入りの(つまり、よく知っている)場面が現れるたびに大喜びする。そういう反応だ。

 『モンティ・パイソンのスパマロット』もそうだ。
 例えば――。
 1). 中世の騎士が従者を連れて現れる。パッカパッカと馬に乗って。……と思ったら、従者が、両手に持った半分に割ったココナッツの殻を打ち合わせて蹄の音を出している。
 2). 主人公(?)たちの行く手に立ち塞がる巨大な黒い騎士。強いのかと思うと、ただ愚直に向かってくるだけで、簡単に腕を切られ、足を切られ、それでも無防備に向かってくるが、主人公(?)たちはめんどうになって相手にせずに去る。
 こうしたシーンは、一般的には、一拍置いて(ギャグの意味を飲み込んでから)笑いが起こるものだが、この作品では違った。前者では従者が、後者では黒い騎士が、舞台に出てくるやいなや、大きな笑いと拍手が起こった。つまり、観客(の多く)は、そうしたキャラクターが出てくるのを知っていて、思った通りに出てきたので“ウケた”のだ。
 実は、『モンティ・パイソンのスパマロット』は、 1975年公開のイギリス映画『モンティ・パイソン・アンド・ザ・ホーリー・グレイル MONTY PYTHON AND THE HOLY GRAIL』の“かなり忠実な”舞台ミュージカル化で、この映画、本国イギリスよりひと足早くロスアンジェルスでプレミア公開するなど、特にアメリカでのプロモーションに力を入れたという。前年に、 TVシリーズ『空飛ぶモンティ・パイソン MONTY PYTHON'S FLYING CIRCUS』のオンエアがアメリカで始まっていたこともあり(本国イギリスの国営放送 BBCでスタートしたのは 1969年 10月)、結果、この映画は大当たりとなったらしい。
 そういう背景があっての今回のミュージカル版の人気であり、 2000年版『ロッキー・ホラー・ショウ』同様、あのカルト的な映画版を観ていた人たちが多かったがゆえの今回の反応なのだろう、と、ちょっと違和感を覚えながら、客席で思った。

 さて、なぜ僕が違和感を覚えたかと言えば、“純粋に”眼前で展開されている舞台上の表現に対する反応ではないからだ。
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 資料によれば、 TVシリーズ『空飛ぶモンティ・パイソン MONTY PYTHON'S FLYING CIRCUS』が本国イギリスの国営放送 BBCでスタートしたのは 1969年 10月のこと。日本では、アイパッチ時代のタモリの司会部分をくっつけて、東京 12チャンネル(現テレビ東京)で 1976年からオンエアされたが、アメリカでも、その 2年前の 74年から、ミュージカル・ファンには舞台関係の映像を流すことでで知られる PBSでオンエアされ始めていた。……ということを改めて知ったのだが、それにしても、あれほどイギリス的な(と僕などが思っている)モンティ・パイソンがアメリカでこんなに人気があるとは思わなかった。

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(6/5/2005)

Copyright ©2005 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

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