[ゆけむり通信Vol.53]

5/10/2003
『ふたりはずっと A YEAR WITH FROG AND TOAD』

ヴォードヴィルの香り漂う佳作

 『ふたりはずっと』という邦題は僕が勝手につけたものだが、根拠はある。
 この作品の原作はアーノルド・ロベール Arnold Lobel という人の書いた童話で、“FROG AND TOAD”シリーズとして何作かあるようなのだが、調べた限りでは次のような邦題の 4作が出てきた。

 『ふたりはともだち FROG AND TOAD ARE FRIENDS』
 『ふたりはきょうも DAYS WITH FROG AND TOAD』
 『ふたりはいっしょ FROG AND TOAD TOGETHER』
 『ふたりはいつも FROG AND TOAD ALL YEAR』

 この方式にのっとって、 A YEAR WITH FROG AND TOAD =ふたりはずっと。どうでしょう。『がまくんとかえるくん』(by NHK)より筋が通ってると思うんですが(笑)。
 僕のつけた邦題の正否はともあれ、原作が子供向けに書かれたものであることからもわかるように、このミュージカルも元々は、ミネアポリスを本拠地とするチュードレンズ・シアター・カンパニー The Children's Theatre Company が作って、ニューヨークでは子供向け作品専門劇場ニュー・ヴィクトリーで上演されたものだ。その公演の好評を受けてのことなのだろう、ブロードウェイの劇場に移っての上演となったのが僕の観た公演(ニュー・ヴィクトリー劇場での公演は必ず期間限定)。
 子供向けである点、擬人化されたヒキガエル(toad)が出てくる点など、『ウィンド・イン・ザ・ウィロウズ THE WIND IN THE WILLOWS』との共通点が多いが、あちらほど一貫したストーリーがあるわけではなく、どちらかと言えば短いエピソードを積み重ねた構成。言ってみればスケッチの連続なわけで、そのこともあって、全体にヴォードヴィルの香りが漂う。が、達者な役者、確かな演出(デイヴィッド・ペイトラーカ David Petrarca)、アイディアのある装置や衣装――全てにおいてレヴェルが高く、規模は小さいながら、子供ならずとも楽しめる充実した舞台に仕上がっていた。

 内容は、タイトル通り、カエルたち(フロッグとトード)の 1年間の物語(脚本/ウィリー・リール Willie Reale)。
 渡り鳥たちが南へ向かおうとし、カエルたちが冬眠に入ろうとする冬に始まり、植物が芽を吹く春、川遊びの夏、枯葉掃除の秋、雪遊びの冬と巡って、クライマックスがクリスマスに来るあたり、当初はクリスマス・シーズンの上演に合わせて作られたのかもしれない。
 先にも書いたように、構成は短いエピソードの積み重ね。その多くが、英語では“いけすかないやつ”という意味も持つトードの寂しがり屋で繊細なキャラクターを軸に、彼を思いやるフロッグの行動が微妙にトードの思惑とズレたりして起こるちょっとした混乱、というようなもので、そこに他の動物たちが脇役として絡んでくる。もちろん 1つ 1つにオチがあり、笑わせたり、時にしんみりさせたりする。
 そうした細切れのエピソードとは別に、全体を貫くエピソードも 1つ用意されていて、これが秀逸。
 初めの方で、冬眠から覚める時にトードが自分の目覚し時計を壊してしまうのだが、それを知ったフロッグは新しい目覚し時計をプレゼントしようと考える。しかも、それを、郵便物として届けようとする。なぜなら、トードが、僕のところに郵便物が届いたことなんかないと嘆いているのを聞いたからだ。ところが、フロッグが頼んだ届け手がなんとカタツムリ。めったに頼み事などされることのないカタツムリは張り切るが、いかんせん足が遅い。かくして、会うたびにフロッグが「今日は郵便届いた?」と訊き、トードが嫌な顔をしてノーと答えることになる。そして、場面転換の間に、自分では全速力で走っているつもりのカタツムリの姿が毎回描かれ、笑わせる。
 このプレゼントのエピソードで、バラバラなエピソード群をつなぎ、観客の興味も見事につないでいる。そして、もちろん、クライマックスがクリスマスだってことは、フロッグのプレゼントは……おわかりですね。

 素晴らしいのは、 5人しか登場しない役者たち。
 トードは、『ローマで起こった奇妙な出来事 A FUNNY THING HAPPENED ON THE WAY TO THE FORUM』でネイサン・レイン Nathan Lane やウーピー・ゴールドバーグ Whoopi Goldberg と渡り合った、マーク・リン・ベイカー Mark Linn-Baker。フロッグは、もっぱらストレート・プレイ畑を歩いてきたらしいジェイ・グード Jay Goede。この主演 2人の、それぞれ、気弱で神経質、飄々として優しい、というキャラクター作りの確かさもさることながら、要所要所で見せる、 2人並んでステッキを手にゆるやかなタップを踏むというような典型的なヴォードヴィル調のダンス(2人とも生粋のダンサーではないのでアクロバティックではないが)をこなす姿の“練れている感じ”に、思わずうれしくなる(振付/ダニエル・ペルジグ Daniel Pelzig)。
 主演 2人に劣らず、その達者な芸で楽しませてくれるのが、残る 3人。
 女性陣がダニエール・ファーランド Danielle Ferland、ジェニファ・ギャンバティーズ Jennifer Gambatese、男性がフランク・ヴラストニック Frank Vlastnik。いずれもブロードウェイを含む舞台で実績のある人で、演じる役をプレイビルで確認すると、ファーランド=渡り鳥、カメ、リス、母ガエル、モグラ、ギャンパティーズ=渡り鳥、ネズミ、リス、子ガエル、モグラ、ヴラストニック=渡り鳥、カタツムリ、トカゲ、父ガエル、モグラ。それぞれの動物を、“それらしく”個性的に、かつコミカルに、しかも素早く演じ分ける(ことに、エピソードの合間合間にもカタツムリとして登場するヴラストニックは、役の替わり方が早すぎて別人かと思うほど)。と同時に、主演 2人同様、ヴォードヴィル風味の軽妙なソング&ダンスも披露してくれる。

 “ヴォードヴィル調”“ヴォードヴィル風味”と書いてきたが、その印象の元には、ディキシーランド的編成のバンド(ピアノ、ベース/チューバ、ドラムス/パーカッション、ギター/バンジョー、木管 2、トランペット、トロンボーン)の存在がある。古いショウ・テューンを模したスタイルの楽曲(作曲/ロバート・リール Robert Reale、作詞/ウィリー・リール)を、伝統的アメリカ音楽の軽やかな響きで支えて、作品にユーモラスな色合いを与えている(音楽監督・ピアノ/リンダ・トゥワイン Linda Twine)。

 やはりユーモラスなのが、装置(エイドリアン・ロベール Adrianne Lobel)。
 幕に描かれた大きなカエルの顔に見える雲や、その上の木の枠に彫られた紋章風のカエルの顔からして(カエル嫌いの僕にも)微笑ましいが、よく見ると、舞台の手前に並ぶ照明のカヴァーまでトボケたカエルの顔の形になっているという徹底ぶり。カエルと言えば、途中で劇中劇的に出てくる恐怖話に登場するお化けガエルの装置もユーモラス。 2つの大きな丸い目玉に、カエルの後ろ足を模した巨大な Z形の板(間接部分が可動式になっている)をくっつけただけなのに、しっかりカエルに見えてしまうところが、ちょっと不気味で、かつ笑える。
 その他、半透明の布で覆った部分を川に見立てて水中遊泳シーンを現出させるといった意外に大がかりなネタや、ちょっとしたマジック的な仕掛けもあったりして、実はかなり凝っているのが、この作品の装置だ。

 衣装も面白い。
 着ぐるみ的発想ではなく、人間の衣服のデザインをアレンジして様々な動物に見せようというのが基本のアイディア。なので、衣装が、動物を表わすと同時に、人間だったらこんなセンスの人ということも表現していて、キャラクターによりふくらみが出ているのだ。

 残念ながらと言うか予想通りと言うか、ブロードウェイでの公演は短期間で終わったが、きっと全米を回ったりするのだろう。こんな一級のミュージカルを当たり前のように観ることの出来る子供たちが、実にうらやましい。

(7/13/2003)

Copyright ©2003 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

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