[ゆけむり通信Vol.53]

5/10/2003
『ナイン NINE』

スター集合でサーヴィス過剰?

 ラウンダバウト劇場による期間限定(8月 10日まで)のリヴァイヴァル『ナイン』。豪華な出演者たちの名前にばかり気をとられていて、うかつにも劇場に入るまで気づかなかったが、 96年に観たウェストエンド版リヴァイヴァルと同じデイヴィッド・レヴォー David Leveaux 演出。装置もアンソニー・ワード Anthony Ward で、劇場のサイズに合わせて多少変化しているものの、基本的にはウェストエンド版と同じ構造のセットだ。
 したがって、作品の根本的な印象は変わらない。刺激的だったウェスト・エンド版の観劇記を、とりあえず読んでいただきたい。
 が、ウェストエンドとはいえ、ニューヨークで言えばオフオフ程度の規模の、倉庫を改造した小さな劇場での公演と、ブロードウェイの劇場での公演とでは、自ずと雰囲気が違ってくる。もちろん観客の質も違ってくるし。
 結論から言うと、今回のブロードウェイ・リヴァイヴァル版は、濃密だったウェストエンド版に比べて、華やかにはなったが、同時に、やや大味にもなった。

 まずは装置の話。
 ウェスト・エンド版の装置の説明を観劇記から引用する。

 [最初に目に付くのが、奥から舞台に覆い被さるように 45度の角度で手前に傾いで吊り下げられている大きな鏡。所々に薄くサビが浮いている。
 実はこれが半透明で、奥を明るくすると向こうに、天井にまで連なるコンクリートの壁と、そこをはい昇っていく鉄製の階段が見える。 2階席の前には、これまた鉄製の回廊が巡らせてあり、舞台奥でその階段とつながっているし、舞台に降りてこられる階段も隅に付いている。
 舞台中央には大きな丸テーブルがあり、白く塗られた鉄製のイスが十数脚用意されている。]

 今回最も変わった点は、最初に書いてある鏡。これがなくなった。そのイメージを受け継いだような大きなボードが幕代わりに、第 1、 2幕の前後に上がり下がりするが、これは装置として、持つ意味が違う。
 2階席の高さで劇場を一周していた鉄製回廊は、劇場の構造上、手前部分のない「コ」の字型に変わっているが、基本的には同じイメージで見下ろすように舞台を囲んでいる。そして、その左奥の角部分を貫いて、回廊と同じ素材の螺旋(らせん)階段が垂直に舞台上方まで延びている。
 回廊に沿って舞台正面と右側の 1階部分、 2階部分共に、半透明の白いボードの壁があり、その一部はドア状になっている。
 舞台上のテーブルやイスはほとんど同じで、第 2幕の映画撮影シーンで舞台上に水がたまっていくのも同じ。
 細部は違うが、前述したように基本的な構造は同じ。だが、サビの浮いた鏡や舞台奥のコンクリートの壁がなくなり、さらに全体の色調が白で統一されているために、どちらかと言えば渋いイメージのあったウェストエンド版に比べて、かなり華やかな印象の舞台になった。

 こうした固定された装置の中で展開されるのは、現在と過去、そして幻想の世界を行き来する主人公の意識の物語。
 あらすじを、再びウェストエンド版の観劇記から引用。

 [映画監督グイド・コンティーニは新作の構想を練ると称してヴェネチアの温泉地に来ているが一向にアイディアが浮かばない。どころか、このところヒット作がまるで作れず、プロデューサーの女性からは厳しいプレッシャーを与えられている。
 私生活では妻とも愛人ともうまくいかず、女と見れば粉をかけるものの心は満たされない。そして、彼の心にはいつも、子供の頃の女性たちの思い出がよみがえってくる。
 そんな女たちにからめ取られた現実から逃れるように、思いつくままにカサノヴァの映画を撮り始めるが、その過程で女性たちとの関係が浮き彫りにされ、映画は破綻。
 しかし、グイドはようやく自分を取り戻すのだった。]

 『ナイン』というタイトルの由来は、グイドの見る幻想の中に 9歳の時の自分が出てくるところにある。その 9歳の自分と理解し合えた時に主人公グイドは自分を取り戻すことが出来るらしいぞ、というのが、とりとめのないこの物語を観ていくにあたっての、とりあえずの指標だ。
 しかし、この舞台の面白さの核心は、そうした物語の展開以外のところにある。
 ウェストエンド版の観劇記では、僕はこう書いている。

 [主人公とその少年時代の 2人の男優以外は全員女、というのがこの作品の特徴の 1つなのだが、彼女たちが実に個性豊か。そして、間近に観るせいもあって肉感的。
 全編を通じて際だったダンス場面というのはないのだが、彼女たちの動きそのものがダンス的で、官能的。それがこの舞台の最大の魅力と言えなくもない。]

 それに続けて、こうも書いている。

 [そんな女優陣の中でも一番印象に残ったのが、若い女優たちを従えてキャバレー・レヴュー風の歌を迫力いっぱいに歌ったフランス人プロデューサー役のサラ・ケステルマン Sara Kestelman。
 年季の入ったパフォーマンスは凄みすら感じさせ、シビレた。]

 “女優陣の競演”――『ナイン』最大の魅力はそこにある。今回の舞台を観ても、やはりそう思った。なにしろ女優たちは、幕開きで、まるでファッション・ショウのように螺旋階段を優雅に降りてきて、観客に顔見世するのだ。彼女たちが舞台上でそれぞれどんな魅力を発揮するのか。そこが観どころになる。
 その中核をなすのが、上記のフランス人プロデューサー役。今回演じるのは、02- 03年トニー賞予想で [主演女優候補でもよかったと思うような扱われ方] と書いた、チタ・リヴェラ Chita Rivera。 57年の初演『ウエスト・サイド物語 WEST SIDE STORY』のアニタ役以来、主演クラスのミュージカル女優として半世紀近くブロードウェイで現役であり続けてきた大スターだ(トニー賞主演女優賞ノミネーション 6回、受賞 2回、今回も含め助演女優賞ノミネーション 2回)。
 おおよその流れはわかっていたので、リヴェラの見せ場になる時には期待した。『蜘蛛女のキス KISS OF THE SPIDER WOMAN』の再現とまでは言わないが、チタらしい切れ味のいいショウ場面が観られるはずだ、と。
 派手なショウ場面ではあった。しかし、僕の期待と違うだけでなく、リヴェラの見せ場は、そこまでの流れからは想像も出来ない展開を見せる。
 なんと、リヴェラが観客に向かって話し始めたのだ。しかも、彼女に付き従うように全キャストが舞台前面に出てきて、観客と素で向かい合う。
 この間、舞台上のドラマは完全に中断。さながらチタ・リヴェラ・ショウのトーク・タイムの様相。もちろん最終的にはリヴェラが歌って踊って収まるのだが(そして、その出来自体は悪くはないのだが)、ここでリヴェラに客いじりをさせた理由は何なのかが、僕にはわからない。
 と言うのが、そもそも求心力を持ちにくいストーリー展開の舞台にあって、雰囲気の醸成というのが、観客を引っ張っていくためには重要なはず。しかし、明らかに、このリヴェラの見せ場で、そこまでの舞台世界に入り込んでいた観客である僕の緊張感はいったん切れてしまったからだ。
 この件が、今回のブロードウェイ・リヴァイヴァル版を大味だと感じた最大の理由。
 これがなければ、劇場のサイズが大きくなることによってウェストエンド版にあった濃密な空気が薄れたことも、さほど気にならなかったと思う。逆に、華やかになったことの方を強く感じただろう。

 華やかさを担った女優たちの中で、リヴェラに劣らず際立っていたのが、グイドの愛人を演じたジェイン・クラコウスキー Jane Krakowski。TVシリーズ『アリーmyLove ALLY McBEAL』出演時にかなり豊かになっていた体型をグッと絞り、コケティッシュなダンサー出身女優としての魅力を以前にも増して発揮している。
 ことに、舞台上方から長い帯状の布のブランコに座ってスルスルと下がってくる場面は、クラコウスキーの独壇場。登場のしかたも驚きだが、ブランコから降りて妖艶なポーズで歌って再びブランコで上がっていくまで、一連の動きがまるでダンスででもあるように滑らかで、一瞬も目が離せない。このシーンを観て、彼女のトニー賞受賞を確信した。
 リヴェラ、クラコウスキーと並んでトニー賞助演女優賞にノミネートされたメアリー・ステュアート・マスターソン Mary Stuart Masterson はグイドの妻役。もっぱら映画で知られる人だが、共演者である舞台ミュージカルの強者たちに引けを取らない堂々とした歌いっぷり。役が役だけに派手さはないが、柄に合った確かな演技を見せた。
 ビリング(番付=役者名の表記)でクラコウスキー、マスターソンと併記されるのがローラ・ベナンディ Laura Benanti。このところ途切れることなくブロードウェイに登場してきているベナンティは、安定感抜群だが、今回は残念ながら見せ場が少ない。逆に言うと、そのくらい贅沢な役者起用だということだ。
 今回の女優陣の数は 16人。初演の 21人よりは少ないが、ウェストエンド版の 14人より 2人多いのは劇場の大きさゆえか。
 その 16人を 1人で受けて立つグイド役は、映画版『エヴィータ EVITA』にゲバラ役で出演したアントニオ・バンデラス Antonio Banderas。歌も含めて危なげなく、思ったほどのオーラはないがセクシーであり、充分に“重し”の役割を果たしていた。が、あえて注文をつければ、カッコよすぎて情けなさがちょっと足りない?(笑)
 役者について、もうひと言だけ言えば、こんな人たちの中で仕事してれば、子役(9歳のグイド役)もうまくなるわな。もっとも、僕の観たウィリアム・ウルリッチ William Ullrich は、『オクラホマ! OKLAHOMA!』『ミュージック・マン THE MUSIC MAN』『美女と野獣 BEAUTY AND THE BEAST』を経験しているヴェテランなんだけど。

 確かな後援者を抱えたラウンダバウト劇場製作による豪華キャストを揃えた限定公演。しかも、元々はウェストエンドでの成功リヴァイヴァル。新作で冒険することがますますむずかしくなるブロードウェイで、これからは、こうした作品作りが増えていくのかもしれない。
 この作品の出来とは関係のないことではあるが、それは少し寂しいことのような気がする。

(6/22/2003)

Copyright ©2003 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

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