[ゆけむり通信Vol.30]

6/14/1998
『ハイ・ソサエティ HIGH SOCIETY』


ぬぐえなかった素材の古臭さ

 トニー賞からはほとんど無視されてしまった『ハイ・ソサエティ』
 キャストの質は高いが、ショウ的なキメ手に欠ける舞台であってみれば、それも致し方ないというところか。

 そもそもベースになった映画版(邦題『上流社会』)が、コメディとして元ネタ『フィラデルフィア物語 THE PHILADELPHIA STORY』の(1939年の舞台版はもちろん知らないが)映画版(1940年)に及んでいなかった、というあたりにも敗因がほの見える。その上、映画版で一番の見どころだったナンバー、ビング・クロスビー Bing Crosby がルイ・アームストロング Louis Armstrong のオーケストラをバックに軽快にスウィングしてみせた「Now You Has Jazz」がカットされてしまっては、苦戦を強いられるのは目に見えていたと言っていい。

 舞台はニューポート。
 大金持ちの娘トレイシー・ロードは、成り上がりの生真面目な男ジョージとの再婚を間近に控えている。
 トレイシーの元夫デクスターはソングライターだが、当地でジャズ・フェスティバルを開催するのを口実に、機会があれば寄りを戻そうとトレイシーの許を訪れる。
 そこに現れるのが、「スパイ・マガジン」の記者と女性カメラマンのコンビ、マイクとリズ。2人はトレイシーの父セスの若い愛人とのスキャンダルをモノにしようとしているらしい。
 それを聞いたトレイシーは、妹ダイナと組んでスパイ・コンビを煙に巻く作戦に出る。
 その巻き添えで、女好きの叔父ウィリーは、父セスの役を演じる羽目になるのだが、ホンモノのセスも帰宅して、てんやわんやになってくる。

 ――というお話は、40年代、50年代ならともかく、今の感覚で観るとおっとりしすぎ。これを現代によみがえらせるには、ギャグをギュウギュウに詰め込むか、中身の濃いショウ場面を連射するかしかない。
 が、どちらもそこまでは到らなかったという事実がトニー賞での結果にも現れたわけだが、まるで見どころがないかと言うと、そうでもない。

 最も印象に残るのは、執事やメイドたちのダンス。
 やや前傾に設えられたステージに整然と並んで様々なサーヴを行なう彼らの動きを、そのままコミカルな味わいのダンスに仕立てたのは、グランド・オープン前にクレジットなしで手直しに参加した振付家ウェイン・シレント Wayne Cilento か。
 また、彼らアンサンブルのコーラスは、映画版におけるサッチモの役割、つまり狂言回しの立場にあって、第三者的に物語りの進行を促して効果的。

 第2幕、トレイシーの結婚式前夜、ウィリー邸のパーティでの人物の交錯を、数枚の移動式ボードによる場面転換で鮮やかに見せた演出も印象的だったが、これは、シレントとの名コンビで『トミー TOMMY』『努力しないで出世する方法 HOW TO SUCCEED IN BUSINESS WITHOUT REALLY TRYING』を成功に導いた、やはりノン・クレジット助っ人のデス・マカナフ Des McAnuff の手腕だろうか。

 と、あんまり想像でものを言っちゃあいけませんね。
 ただ、 MiL の宮城久子さんがドラマ・デスク賞の授賞式でダイナ役のアンナ・ケンドリック Anna Kendrick から聞いた話によれば、マカナフ、シレントの参加後、動く場面が多くなったということなので、そういうことなのかなあ、と。

 そのアンナ・ケンドリックは、ウィリー役のジョン・マクマーティン John McMartin と共に、この作品から2人だけトニー賞にノミネートされて注目されたが、噂に違わぬ芸達者振り。フランス語訛りの「I Love Paris」など爆笑もの。将来が楽しみ。
 リヴァイヴァル『ショウ・ボート SHOW BOAT』の演技には主演男優賞をあげたかったマクマーティンは、ここでも要の役。人柄のよさの中にちょっとだけ見せる弱さみたいなものが、彼の演じる人物像に深みを与えている。女好きの老人ウィリーは、うってつけの役。

 という具合に脇はいいのだが、問題は、トレイシー役のメリッサ・エリッコ Melissa Errico。
 歌のうまさは、注目を浴びた『マイ・フェア・レディ MY FAIR LADY』の 1993年リヴァイヴァルでのイライザ役以来定評がある。だが、こうしてビリングトップのスターとして舞台に立ってみると、存在感がやや希薄なのだ。
 シティ・センターの『ワン・タッチ・オブ・ヴィーナス ONE TOUCH OF VENUS』の主演舞台は好評だったそうだが、少なくとも今回は、登場時に起こった客席の拍手に値するほどの輝きはなかった。
 彼女の歌に観客を陶酔させるものがあるか(なにしろ映画版と違ってトレイシーはデクスター並に歌うから)、あるいはコメディエンヌとしての鋭い反射神経があれば、ずいぶん舞台の印象は変わったと思う。
 実は彼女の代役としてクレジットされているのが、 『クレイジー・フォー・ユー CRAZY FOR YOU』でパッツィ、『美女と野獣 BEAUTY AND THE BEAST』でバベットを、オリジナルで演じたステイシー・ローガン Stacey Logan。主役としての知名度はエリッコの方がもちろん上だが、ローガンのトレイシー、観てみたかった。かなり面白かったんじゃないかなあ。

 さて、デクスター。『フィラデルフィア物語』映画版ではケイリー・グラント Cary Grant、本作映画版ではビング・クロスビーが演じた、言わば本来の主役。トレイシー以上に舞台を左右しかねない重要役だが、ダニエル・マクトナルド Daniel McDonald はイマひとつ力及ばず。
 人がよさそうな顔をしていて実は一計案じている、というようなトボケたキャラクターじゃないからなあ。『クレイジー・フォー・ユー』のハリー・グローナー Harry Groener あたりがやったらどうだったんだろう。ちょっと違うか。

 マイク(スティーヴン・ボガーダス Stephen Bogardus)とリズ(ランディ・グラフ Randy Graff)のコンビは2人共達者で安心して観ていられたが、グラフにはちょっと役不足だったかも。もうちょっとコメディエンヌとしての見せ場をあげたかった(と言うか、観たかった)。
 ボガーダスに、映画版のフランク・シナトラ Frank Sinatra と比べて色気が足りないという意見もサイトで見たが、あの役は“純なやつ”という設定だと思う(『フィラデルフィア物語』映画版ではジェイムズ・ステュアート James Stewartだし)。当時のシナトラはそれでもフェロモンが出ていたわけですが(笑)。

 トレイシーの婚約者ジョージは話の上でも踏んだり蹴ったりの損な役回りだが(それで笑いを取るわけだが)、演じたマーク・カディッシュ Marc Kudisch も、プレヴューの時にあった唯一のソロ・ナンバーを削られてしまって、かわいそう。『美女と野獣』でガストンを演じたという体型は体育会系の直情型という役柄にピッタリだったんだが。

 白いイメージで統一された装置(ロイ・アーセナス Loy Arcenas)は、象徴的にデザインされ、舞台をすっきり上品に見せていた。時折見せる、海辺の邸のミニチュアも、土地の気分がわかって面白かった。

(8/2/1998)

Copyright ©1998 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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