[ゆけむり通信Vol.28]

12/13/1997
『ケイプマン THE CAPEMAN』


ポール・サイモンの挑戦

 恐るべしポール・サイモン Paul Simon。ってチケットの売行きのこと。プレヴューなのにソールド・アウト? 観られないの?
  [BROADWAY GUIDE] を他人に向けて書いてる場合じゃないっての。でも、売れてるっていう情報、全然聞かなかったもんなあ。
 そんなわけで観られませんでした。

 ……てのは冗談。当日のキャンセル待ちに並んだら1時間もしないうちに、端っこだがけっこう前の席が買えた。
 事前に発売された作者の自演を含むパイロット CD『SONGS FROM THE CAPEMAN』の出来がよかっただけに、期待して劇場に入ったのだが……。

 音楽はいい。だが、ミュージカルとしては平板。
 観念的すぎたこと(特に第2幕)、ほとんどの曲をじっくり聴かせすぎたこと、この2つが舞台を退屈にした。

 メインのスタッフにブロードウェイ経験者が少なかったことがマズかったんじゃないか。
 サイモンがブロードウェイ・ミュージカルを書いているという噂を、半年ほど前、たまたまニューヨークで同席したアメリカ人の女性プロデューサーに話した時に彼女がこう言ったのを思い出す。
 「面白いわね。でも彼、今までミュージカルの音楽を書いたことないんでしょ?」

 『ケイプマン』は、1959年にニューヨークで実際に起きた殺人事件の犯人を主人公にしている。
 サルヴァドール・アグロン、通称サルはプエルトリコ生まれ。家庭は父親不在で、苦労してサルとその妹を育てる母は、2人を連れてアメリカに渡る。
 ニューヨークでプエルトリカンの仲間たちとつるんで遊ぶサルは、新しく出来た教条主義的な義父との折り合いが悪い。ガールフレンドはいるが、貧しさは相変わらずで、人種間のいざこざもある。
 16歳のある日、サルは仲間といっしょにわけもなく白人の若者たちを襲い、2人を刺し殺してしまう。その時ケイプをまとっていたサルはケイプマンと呼ばれ、逮捕されてからの言動が不敵だったため、人々にショックを与える。
 死刑囚となったサルは、しかし、刑務所の中で本を読み、成長と共に哲学的な詩人になっていく。そして減刑され、街へ、母の元へ戻っていく。

 冒頭、釈放されたサルがニューヨークの街角に現れて回想を始めるのだが、以降、エピソードを単に時間軸に沿って羅列している印象。こんなことがありました、こんなこともありました、そしてこうなりました……。
 展開に意外性が乏しく、ショウ場面としてのアイディアもあまりない。
 装置も比較的金がかかっているのだが、使い方が平凡なので生きていない。また、サルのキャラクターに深みがなく、人間関係の描き方も説明的。
 それでも第1幕はまだ動きがあった。第2幕に入ると、どんどんサルの心の世界に入り込んでいき、その表現が観念的なため、観ている方は集中できなくなる。
 これなら音楽だけ聴いていた方がいいや、という気になってくる。

 何度も言うが、音楽は充実している。
 主演のルベーン・ブレイズ Ruben Blades はサルサ界のスーパースターだし、若い頃のサルを演じるマーク・アンソニー Marc Anthony も実績のあるサルサ歌手。サルの母役エドニータ・ナザリオ Ednita Nazario もかなり知られたプエルトリコ出身のシンガーらしい。
 また、音楽監督も、オスカー・ヘルナンデス Oscar Hernandez というラテン畑の人。バックはほぼ完璧なサルサ・バンドで、舞台袖2階部分のボックス席にはパーカッションがズラリと並ぶ。
 楽曲も、CD『SONGS FROM THE CAPEMAN』を聴いた方はご存知のように、よく出来たサルサとドゥワップ。舞台では、CD 収録曲の倍以上の楽曲が使われている。

 素晴らしい素材を集めながら調理に失敗した、という印象。原因は脚本と演出にあり、前者はサイモン自身と、サイモンと詞も共作したノーベル文学賞作家デレク・ウォルコット Derek Walcott の共同執筆、後者はダンス・パフォーマンス畑でキャリアを積んできた演出・振付家が担当している。そして、仕切る立場のメインのプロデューサー、ダン・クローズ Dan Klores はサイモンのセントラル・パーク・コンサートを手がけたという人。
 この中に1人もブロードウェイ経験者がいない。

 前述の女性プロデューサーが暗に指摘したように、どんなに音楽がよくても、舞台の上で他の要素と有機的に絡んで大きくふくらんでいかなければ意味がない。それを成し遂げるにはミュージカルの作劇術を心得ていなければならず、それは、かなりの部分が経験によって養われるのだろう。
 おそらくサイモンは、これまでにないミュージカルのスタイルを目指したのだと思うし、ブロードウェイ初の本格的サルサ・ミュージカルとして、その萌芽は見せたと言っていい。しかし、新しいものを生み出すためには古いものについて熟知している必要があるのも事実だ。
 その一点で、新しい人間ばかりのプロダクションの素人臭さが舞台に表れた。そしてブロードウェイは、決して素人臭さを許さない。

 その後、『ケイプマン』は、グランド・オープンを1月8日から29日に変更し、ブロードウェイのヒット演出家ジェリー・ザックス Jerry Zaks と、彼と『スモーキー・ジョーズ・カフェ SMOKEY JOE'S CAFE』で組んだ振付家ジョーイ・マックニーリー Joey McKneeley を迎えて手直しを施した(第2幕の構成が大きく変わったらしい)。
 が結局、初日の劇評は厳しく、音楽以外の部分でかなり叩かれることになった。
 3月に手直しされたものを観るつもりだが、それまで生き残っているかどうか。

 ところで、プレヴュー開始の日、サルヴァドール・アグロンに殺された若者の遺族2人が劇場前でポール・サイモンに対する抗議行動を行なったが、1月23日の毎日新聞夕刊で佐藤由紀という人が書いているような [関係者から訴訟を起こされ] たという事実はないと思うのだが。

(2/7/1998)

※次回の観劇記はこちら

Copyright ©1998 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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