[ゆけむり通信Vol.27]

9/16/1997
『1776 1776』


異色の建国ミュージカル

 例えば坂本竜馬を主人公にしたミュージカルを作ろうとする場合(って、すでにいくつかあるようですが)、竜馬が船中八策を考えてから薩摩にそれを納得させるまでの間だけを描く、なんてことは、まず考えられない。
 そんな話し合いばかりの素材がミュージカルになるとは思えないからだ。
 ところが、この『1776』は、まさにそういうミュージカル。アメリカ独立宣言の起草から採択に到るまでを描いた、ディベート・ミュージカルとでも言うべき作品なのだ。

 そんなミュージカルがいったい面白いのだろうか――半信半疑で観にいったというのが正直なところだが、これがよく出来てるんですねえ。
 ラウンダバウトのこぢんまりした丸いステージをうまく生かして視覚的にも魅力のある舞台に仕上げた、この異色作のリヴァイヴァル・プロダクション、68-69年シーズンのトニー賞受賞はダテじゃないってところを見せてくれた。

 舞台は1776年のペンシルヴェニア州フィラデルフィア。
 北アメリカ東海岸14州の代表による第2回大陸会議が開かれている。2年前の第1回会議で本国イギリスとの通商断絶を決定して以来、両国の関係は悪化の一途をたどり、状況はアメリカ独立やむなしというところまで来ていた。
 独立推進派の急先鋒は、マサチューセッツのジョン・アダムス。それに、ヴァージニアのリチャード・ヘンリー・リーとトーマス・ジェファーソン。それを援護しているのが、ペンシルヴェニアの重鎮ベンジャミン・フランクリン。
 反対派の中心は、フランクリンと同じペンシルヴェニアのジョン・ディキンソン。
 第1幕では、この両派の間で独立うんぬんが議論される。第2幕の初めには、ジェファーソンが独立宣言の草案を書くところまで来て、なんとかまとまるかに見えるのだが、ここで、草案に盛り込まれていた奴隷解放が問題となる。
 サウス・キャロライナのエドワード・ラトレッジがこれに反発。第2幕後半でも再度激しく議論が戦わされる。
 もちろん最後は独立宣言が全員一致で採択されるわけだが、そこに到るまでは、議論、議論、議論だ。

 これをミュージカルとして、どう見せていくか。

 まずはショウ場面。
 これが、緩急、硬軟のバランスよく、ヴァラエティにも富んで、巧み。
 主な楽曲(シャーマン・エドワーズ Sharman Edwards)で追っていくと――。

 第1幕第1景最初の、会議のメンバー全員による迫力あるコーラス「Sit Down, John」で伝えた緊迫感は、その景最後のアダムス夫妻(妻は夫の空想の中に現れる)によるバラード「Till Then」で和らげられ、表に出た第2景では、リーがフランクリンとアダムスを従えて、陽気にマーチ風の「The Lees Of Old Virginia」を歌って開放的気分になる。
 続く第3景で議論の後に歌われる「But Mr. Adams」では、ドゥワップめいたコーラスを交えて、コミカルな味つけも見せる。
 一番楽しいのは、第4景の「He Plays The Violin」。
 ジェファーソンが独立宣言の草稿を書き上げるのをやきもきしながら待つアダムスとフランクリンが、ジェファーソンの可愛らしい妻マーサを誘い出して、表通りで歌い踊る(振付/キャスリーン・マーシャル Kathleen Marshall)。これがなんとも微笑ましく、温かい。
 第1幕最後の第5景は再び会議場に戻り、ディキンソンを中心とする反対派代表たちが、その名も「Cool, Cool, Considerate Men」という歌を文字通りクールに歌って、先の展開に不安感を残す。
 第2幕は、冒頭で、出来上がった独立宣言草稿に対する期待を持って、アダムス、フランクリン、ジェファーソンが「The Egg」を明るく歌うが、後は、会議場に舞台を移して、宣言採択までの議論場面で押し通す。
 そこでまず歌われるラトレッジの「Molasses To Rum」の誇り高く激しい調子は、劇場を圧倒する。
 その後、論議が行き詰まり、孤立したかに見えるアダムスを慰め、励ますように妻が現れて「Compliments」を歌い、続けてアダムスが、一縷の望みを抱いて無人の会議場の空間に歌いかけるのが、感動的な「Is Anybody There?」。そして再び会議場に代表たちが戻り、宣言は採択される。
 決して派手ではないのだが、全体の中でのその楽曲のねらいが確かで、確実に効果を上げているのだ。

 実は、ひとつ、印象に残ったがわざと書かなかった楽曲がある。第1幕最後に、州代表たちがいなくなった会議場で、若い伝令が、用務員らを相手にしんみりと歌う「Momma Look Sharp」。
 この少年伝令、ここまでにも何度か会議場に現れ、ワシントンからの伝言を秘書に渡して去っていく。ワシントンはイギリス軍と戦闘中で、つまり、この伝令は戦場と会議場を行き来しているわけだ。したがって、埃まみれ汗まみれで、彼が会議場に現れると異臭が漂うという設定になっていて、コミカルな描かれ方をしている。
 それが、ここに到って、1人の人間として、改めて描かれる。彼と話をする用務員たちも、ここで初めて舞台の表に出てくる。
 ここには、アメリカの将来を決定すべく議論を繰り返している各州の代表はいない。だが、今ここにいる、発言の機会すらない人々もアメリカ人なのだ。そして、そのアメリカ人少年が、人知れず歴史の一端を担いつつ、心許ない思いを吐露する。
 全体の中で唯一トーンの異なるこのシーン。この無名の少年を描いたことで、この作品に深みが生まれた。
 ショウ場面として特別どうこう言う要素はないのだが、ドラマという視点から言えば非常に重要な一景だ。

 さて、前述したように、この舞台は、視覚的に魅力がある。

 ひとつは装置(トニー・ウォルトン Tony Walton)の魅力。
 すり鉢を3分の1にしたと言えばいいか、半円状に突き出した舞台を要に客席が扇状に上に向かって広がる、という形の小振りなこの劇場。舞台の中央部は、突き出した半円のひと回り内側で回転するようになっている。
 これを生かさない手はないわけで、例えば93年のリヴァイヴァル『シー・ラヴズ・ミー SHE LOVES ME』などでも、回転盆の半分を覆う形で作られた店舗の外壁で、舞台となる香水店の内と外を巧みに使い分けている。
 今回も、ほぼ同様の規模で回転盆を半周する壁が設けられた。こうして壁を作ると、盆の半回転だけで場面転換が出来、軽快。
 壁の内側はもちろん会議場だが、外側は、会議場の表だったり、街路だったり、時にはジェファーソンの部屋だったりする。それを、会議場の場合は紋章、部屋の場合は装飾灯に机と椅子、といった簡潔な装置で表わす。実にさりげないが、安っぽくなく説得力を持って見せるのは、見事な技だ。
 こうした工夫を凝らした装置が舞台全体にシャープな印象をもたらしている。

 もうひとつは照明(ブライアン・ネイソン Brian Nason)の魅力。
 木漏れ日、窓の影など、自然光をイメージした照明を効果的に使って、舞台に柔らかさを与え、広がりも感じさせる。
 それとよく似てはいるのだが、波間を通して海底に届くような、やや抽象的な印象の照明があり、これは、静止した舞台を覆って、現代との時の隔たりを感じさせる。
 そうした静的な照明とは別に、ダイナミックな効果を見せる照明の妙もある。
 例えば、第2幕後半の連日の会議場面。日にちが重なっていくのを表わすのに日めくりのカレンダーを使うのだが、議論が適当な区切りまで来ると人々が一瞬静止し即座に暗転、同時にカレンダーにスポットが当たる。係の男だけがゆっくりと動いてそれをめくると、明るくなって再び議論が始まる。これを繰り返すことで、装置が変わらないことを補う変化を、舞台に与えていく(そして日付はしだいに7月4日に近づいていく)。
 あるいは、会議場内で行き詰まって悩むジョン・アダムスにスポットが当たると、同時に、会議場入り口に(想像上の)アダムスの妻がスポットを浴びて現れ、2人の心の交流が描かれる、といった具合に、場面に次元の変化を与える。
 とにかく、意味のない照明はない、というぐらいに神経が行き届いていて、素晴らしい。

 活人画的構図も、視覚的魅力のひとつとしてあげられる。
 冒頭、壁が半周して会議場が現れると、14州の代表たちがそれぞれ思い思いの姿勢で静止している。一幅の絵のように。
 これが何か(アメリカ人にとって)有名な絵をそのまま再現しているわけではないのかもしれないが、あの時起こった拍手の大きさからして、何かしら歴史の1ページを(アメリカ人に)感じさせる絵柄であるのは間違いない。
 最後、独立宣言に全員が署名した後、同様に場面が静止するのも、同じような効果を考えてのことだろう。
 活人画は、ジーグフェルド Florenz Ziegfeld も好んだというレヴューの手法のひとつ。それを生かすにふさわしい題材ではある。

 派手なスターはいないが、フランクリン役のパット・ヒングル Pat Hingle はじめ経験豊富な役者陣が、引き締まった舞台を作り出した。
 脚本ピーター・ストーン Peter Stone(『タイタニック TITANIC』)、演出スコット・エリス Scott Ellis(『スティール・ピア STEEL PIER』)。

 ニューヨーク在住の演劇評論家、大平和登氏によれば、オリジナルのプロダクションよりもよく出来ていた、とのこと。
 渋い作品なので万人にオススメというわけにはいかないかもしれないが、こういうミュージカルの作り方もある、という意味では一見の価値あり、です。

 なお、前売りは完売ですが、必ずキャンセルが出ているようで、僕は当日の午後5時頃窓口に行ったらチケットが買えました。また、開演時間が近づくとキャンセル待ちのラインが出来るようです。
 11月16日までの限定公演。

(10/4/1997)

Copyright ©1997 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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