[ゆけむり通信Vol.25]

5/28/1997
『アニー ANNIE』


明日への希望は20年の彼方へ

 20周年記念公演だそうだ。

 続編『アニー・ウォーバックス ANNIE WARBUCKS』を観たのが94年1月。
 こちらはブロードウェイのニール・サイモン劇場に看板までかかりながら資金難のため結局オフで幕を開ける(93年8月)という難産だったが、終の棲家となった(?)ヴァラエティ・アーツ劇場のロビーには、それ以前の苦闘の歴史を物語るように、様々な『アニー』のポスターに混じって『アニー2 ANNIE 2』というタイトルのポスターが何種類か飾られていた(タイトルを変えながら何度もトライアウトがなされたということだと思うのだが、どうだろう)。
 そうした続編への情熱は、そのまま1作目の知名度の高さと安定した商品価値を示していると言って間違いない。
 ちなみに、1作目の知名度に寄りかかって作られた続編は1作目に似て1作目を超えられず――つまりただの焼き直しに終わり、短い命を閉じた。

 ブロードウェイでの成功の後、いくつものカンパニーが地方を回り、あるいはいくつものプロダクションが作られ(もしかしたら今でも作られている?)、『アニー』はアメリカ全土津々浦々まで浸透していったのだと思う。それに加えて82年の映画化。
 アメリカ人が慣れ親しんだ十八番ミュージカル、それが『アニー』なわけだ。

 と、まあ、水曜マチネー、お子様方でいっぱいの劇場で新鮮味のない舞台を観ながら、そんなことばかり考えてしまった。

 ストーリーはごぞんじですよね。
 大恐慌まっただ中の1933年暮れ。ニューヨーク。
 女の子ばかりの孤児院でミス・ハニガンから虐待を受けていたアニーは、億万長者の事業家ウォーバックス氏に招かれる機会を得る。持ち前の陽気さで仕事一辺倒のウォーバックス氏の心をほぐしたアニーは、彼の養子になることになるのだが、そこに現れたのがアニーの両親を名乗る2人。実はミス・ハニガンの弟ルースターとその情婦(という呼び方が感じが出ますね。恋人なんだけど、ワルモノの場合はやっぱり、ね)リリーなのだが、善意の人たちはだまされそうになる。
 危うし、アニー!

 ちょっと『オリヴァー! OLIVER!』に似ていなくもない話だが、ここに大統領を登場させたのがミソ。いつも前向きなアニーから「Tomorrow」という歌を聴かされたF.D.R.(ローズヴェルト)がニュー・ディール政策を思いつくという、いかにもアメリカ人好みのホラ話が入ることで新味が加わった。
 が、それも20年前の話。
 脚本の荒さが目立つこの作品、『ガイズ・アンド・ドールズ GUYS AND DOLLS』『ハロー、ドリー! HELLO, DOLY!』のように時代を超えてよみがえるには決め手を欠いた。そういう意味では映画版の方がずっとよく出来ている(ちなみに、結末が違います)。

 役者でいきいきしているのは、ウォーバックス役のコンラッド・ジョン・シャック Conrad John Schuckと悪役の3人、ミス・ハニガン役ネル・カーター Nell Carter、ルースター役ジム・ライアン Jim Ryan、リリー役カレン・バイヤーズ・ブラックウェル Karen Byers-Blackwell。
 もともとそういう役回りなのだが、この人たちが出ていないと舞台が停滞して見える。

 中でコンラッド・ジョン・シャックは、初演のロングランの中で1年半ウォーバックスを演じた、とプレイビルにあるだけに堂に入ったものだが、もう1人、初演経験者が、しかもオリジナル・キャストがいる。
 F.D.R.役のレイモンド・ソーン Raymond Thorne。
 初演でもF.D.R.を演じていた。だけでなく、今確認したら、ヴァラエティ・アーツの『アニー・ウォーバックス』にも出てたんじゃない、F.D.R.役で。
 ごめんなさい、覚えてなくて。

 アニー役は最初の候補者が開幕直前にクビになり、訴訟を起こすの何のと大騒ぎになったりした。そのクビになった彼女は様々なメディアに登場して窮状を訴えた後、地方公演の『アニー』で主演することになったらしい。うーむ。
 最終的に主役の座を射止めたのがブリットニー・キッシンジャー Brittny Kissinger(8歳)。地方公演の『アニー・ウォーバックス』でアニーを演じたこともあるヴェテランで、無難な出来でした。
 他の子役たちも達者だが、驚くほどではなかった。

 “ファミリー・ミュージカル”(!)というものとしてはこれでいいのかもしれないが、『アニー』という作品を今ブロードウェイでリヴァイヴァルさせようというプロデューサーのねらいの曖昧さは、わざわざ(頼まれもしないのに)日本から観に来る僕のような観客にとっては大問題で、志としては『アニー・ウォーバックス』より後退していると言いきってしまいたい。
 金もうけ、けっこう。でも、それだけじゃブロードウェイの名がすたるでしょ。

 “20周年記念”というのは、宣伝用コピーであると同時に、プロデューサーの自分に対する言い訳ですね。

(6/3/1997)

Copyright ©1997 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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