『STRITCH』
Elaine Stritch(DRG)

名盤発見!

 イレイン・ストリッチ Elaine Stritch を生で初めて観たのは、 94年の 9月 22日、ハロルド・プリンス Harold Prince 演出のリヴァイヴァル版『ショウ・ボート SHOW BOAT』でだが、その時には、彼女がブロードウェイの伝説的スターであることをすでに知っていた。『カンパニー COMPANY』のオリジナル・キャスト・アルバム録音風景や、『フォリーズ FOLLIES』のリンカーン・センターでのコンサート版を収めたヴィデオを観ていたからだ。
 ことに『カンパニー』の方の印象は強烈だった。舞台のように芝居があるわけではないので、入れ替わり立ち替わり役者たちがスタジオにやって来て歌うという、言ってしまえば“単なる”歌の録音風景にすぎないのだが、にもかかわらず最後の最後に来て、イレイン・ストリッチの主演ドラマと化してしまうのだ。
 そこで彼女が歌う「The Ladies Who Lunch」が舞台でショウストッパーになったことは、後に文献で知ったが、それを生で聴いてノックアウトされたことはこちらにも書いた。

 さて、この“ストリッチ”というシンプルで力強いタイトルの CD。 1995年のリリースと書いてあるが、中身は、遡ること約 40年(!)、 1954年(あるいは 55年かもしれない。明記されていない)にリリースされたアルバムのリイシューだ。
 置いてあったのは、先月訪れたロンドンの、オックスフォード・サーカスにある HMV。ジャケットから名盤の匂いがした。
 で、大当たり。素晴らしい。

 フランク・シナトラ Frank Sinatra にフレイジングを誉められた話や、ロッテ・レーニャ Lotte Lenya やエセル・マーマン Ethel Merman との比較などが出てくるライナーノーツを読む前に、一聴して、そうした人たちの名前が浮かんだ僕の耳もなかなかのもの(笑)。
 舞台で観ると存在感に目を奪われて気づきにくいが、実に歌がうまい。エラ・フィッツジェラルド Ella Fitzgerald に代表されるような、いわゆるジャズ・シンガー的な技巧ではないが、それでも確かな技を持った歌い方だ。それが、それぞれの楽曲に豊かな表情を与えて魅力を深める。

 このアルバムをプロデュースし、いきいきしたアレンジを施したのは、ポーティア・ネルスン Portia Nelson。残念ながら彼女のことは何も知らないのだが、幸いジャケット裏には、前述の評論的なものとは別に、ネルスンの書いたライナーノーツも載っていて、そこでアルバム成立までのエピソードが語られている。
 個性的なミュージカル女優としてスターへの階段を上り始めていたストリッチに対する周囲の期待や羨望、そしてストリッチ自身の自負やプロ意識の強さが鮮やかに描き出された、その文章の一部を要約して紹介すると――。

 1954年夏。ブロードウェイでのリヴァイヴァル公演に向けて、ロジャース&ハート Richard Rodgers & Lorenz Hart 作品『オン・ユア・トウズ ON YOUR TOES』のリハーサルが始まっていた。
 プロデュース、演出のジョージ・アボット George Abbott(初演の共同脚本、共同演出)と作曲者リチャード・ロジャースは、出演するイレイン・ストリッチのために、別の舞台で使ったロジャース&ハートの楽曲「You Took Advantage of Me」を挿入することにしたが、彼女にどう歌わせたらいいのか確信がなかった。そこで、当時キャバレー歌手、レコーディング歌手として売り出し中だったネルスンが、急遽呼ばれる。
 とにかく駆けつけたネルスンだが、人気のない劇場の暗い客席でブロードウェイのビッグネーム 2人に挟まれながら、不安にさいなまれる。ストリッチの素晴らしさをよく知り、密かに彼女のように歌いたいと願ってさえいたネルスンだが、自分がストリッチに嫌われているという思いも抱いていたからだ。
 その頃ネルスンの歌っているキャバレーを何度か訪れたストリッチは、店でネルスンに話しかけもしないし、見向きもしないことすらあった。そのことを親しい友人に話すと、相手はこう答えた。「あら、あなたが嫌われてるんじゃないわよ。イレインはバラード歌手そのものが嫌いなのよ。彼女のガラガラ声はバラードに向かないと決めつけられてるから」
 なのにストリッチは、そんなバラード歌手であるネルスンのオーディションを受けるために、リハーサルを終えて自宅で入浴していたところを呼び出され、わざわざ着替えて劇場へ向かっている! とても現実とは思えない、とネルスンは緊張する。
 しかし、ストリッチはやって来る。そして、ステージに歩み出ると、いつものように熱っぽく歌い上げ、そのまま口も利かずに帰っていく。

 ――火花散りまくりだ(笑)。
 この後、悩んで寝苦しい夜を過ごしたネルスンは、翌朝(「奇跡が起こった」と本人は書いているが)アレンジを完成させ、結局ストリッチの「You Took Advantage of Me」はプレヴュー初日からショウストッパーとなる。そして、ネルスンを信頼したストリッチがアルバムのアレンジを任せることになる、というわけだ。
 これ、よく読んでみればネルスンの自慢話でもあるわけだが、自慢して当然だよね。ネルスンも凄い!

 アルバムの最後には、その曰く付きの「You Took Advantage of Me」もちゃんと収められている。
 “発見”したら逃すべからず。

(4/5/1999)

Copyright ©1999 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

previous/next


[HOME]