『RARITIES』
Fred Astaire
with Adele Astaire and Ginger Rogers(RCA)

『バンド・ワゴン』ブロードウェイ盤?

 もう 1年以上も前の話だが――。昨年 9月のニューヨーク滞在中、未見だったフレッド・アステア主演映画を TV で観た。『結婚泥棒 THE PLEASURE OF HIS COMPANY』。 61年のパラマウント作品。
 68年に『フィニアンの虹 FINIAN'S RAINBOW』に出るものの、事実上 57年の『絹の靴下 SILK STOCKINGS』を最後にアステアはミュージカル出演を辞めていたから、これもミュージカル映画じゃない。ところが、驚いたことに踊るんですねえ、アステアが。ちゃんと振付のクレジットもあって、アステアと盟友ハーミズ・パン Hermes Pan が担当。おまけに共演がデビー・レイノルズ Debbie Reynolds で、なんだか気分は MGM。ちなみに音楽はアルフレッド・ニューマン Alfred Newman。
 アステアの場合は、出演したミュージカル映画は全てヴィデオが出ているから、少なくとも映画に関してはダンス・シーンは全部観たつもりになっていたけれども、こんな落とし穴があったとは。

 じゃあ、映画以前はどうかというと、映像は“ほぼ”皆無。僕が知る限りでは、上下 2巻の伝記的ヴィデオに出てくる 2〜 3秒くらいのものが唯一で、それは、姉アデールと一緒に舞台から引っ込むところだったと思う。
 従って、ステージ時代のアステアを想像する視覚的な手がかりは、写真しかないということになる。
 では、音はどうか。
 残念ながら、この当時は、オリジナル・キャスト・レコーディングという習慣がなかった。だから、正確に言えば、舞台を再現する形での音は残っていないのだが、それに近いものが、実はある。それが、CD『RARITIES』に収められた「Gems from “THE BAND WAGON”」だ。

 ライナーノーツに以下のような意味のことが書いてある。

 [不況でレコードそのものがぜいたく品だった時代に、ビクターが先駆的に作った数少ない 33 1/3回転“Long Playing records”の1枚が「Gems from “THE BAND WAGON”」だ。が、レコードがぜいたく品であり、しかも 78回転が一般的だったその時代に、33 1/3回転の蓄音機を買う余裕のある人がそんなにいるはずもなく、その“LP”の実験は失敗し、ディスクは消滅した。という訳で、この CD 化が、1931年以来最初の「Gems from “THE BAND WAGON”」のアメリカでのリリースになる。]

 当時としては画期的な長時間録音である「Gems from “THE BAND WAGON”」は、 [ショウ(『バンド・ワゴン THE BAND WAGON』)で使われるほとんどの楽曲のメドレーだ。(伴奏の)レオ・レイズマン Leo Reisman と彼のオーケストラは(ブロードウェイの)ショウでは演奏していないが、ある意味でこれは、最初のオリジナル・ブロードウェイ・キャスト・アルバムだと言うことができる] と、やはりライナーノーツにある。

 ここで触れている『バンド・ワゴン』は、もちろん映画版ではなく、1931年に、今や『ライオン・キング THE LION KING』 の劇場として知られる名門ニュー・アムステルダム劇場で上演されたヒット・レヴューのことで、中心となったのがフレッドとアデールのアステア姉弟。
 この“疑似”オリジナル・キャスト・アルバムでも、もちろん 2人の声が聴かれる。しかも、こんな楽しい形で――。

 ――まず、序曲に続いて指揮者レオ・レイズマンが口上を述べる。そして、レイズマンの紹介でフレッドとアデールのアステア姉弟が登場。フレッド、アデールの順で「ヘロー」と親しげにあいさつするのだ。
 で、続いて作詞・作曲者であるハワード・ディーツ Howard Dietz とアーサー・シュワーツ Arthur Schwartz までもが「ヘロー」と登場した後、フレッド&アデールが歌うナンバーが「Sweet Music」。ここでアステアが、「弾きながら踊るとき、きっと、みんなをおどろかせるだろうな」(「アステア ザ・ダンサー ASTAIRE The Man, The Dancer」ボブ・トーマス/武市好古訳)と言ったというアコーディオンを、舞台と同じように自ら演奏しているのもうれしい。

 CD『RARITIES』は、 1990年にアメリカ RCA からリリースされている。
 RKO 時代のアステア&ロジャースのデュエット・シーンを散りばめたジャケット・デザイン、アデール・アステアと同等に書かれたジンジャー・ロジャースの名前などから、まるで映画時代の録音が主であるかのように見えるが、さにあらず。アステアの映画時代が始まる直前までのアメリカでの録音が中心で、ロジャースの歌(しかもソロ)は 16曲中 2曲のみ。いずれも映画『気儘時代 CAREFREE』のナンバーだ。

 フレッド・アステアの歌をフィーチャーした残る 14曲の内、映画『足長おじさん DADDY LONG LEGS』のナンバー 2曲を除く 12曲が、アステアの初出演映画公開以前に録音されている。
 その内、アステアが出演した舞台のナンバーが 8曲。先の「Gems from “THE BAND WAGON”」 Part 1 & 2を含む 6曲が『バンド・ワゴン』から、 2曲が『ゲイ・ディヴォース GAY DIVORCE』から( 1曲はもちろんビッグ・ヒット「Night and Day」)。
 で、面白いのは、自身の出演作以外からの 4曲の中に「We're in the Money(The Gold Diggers' Song)」があること。
 この曲、舞台では『フォーティセカンド・ストリート 42ND STREET』で使われたが、オリジナルは、映画版『四十二番街 42ND STREET』の 3か月後に公開された『ゴールド・ディガーズ GOLD DIGGERS OF 1933』の挿入歌。この映画、スタッフ、キャスト共、ほとんど『四十二番街』と同じ。すなわち、ジンジャー・ロジャースの出演作。で、アステアが同曲を録音したのが、その映画の公開月( 33年 5月)で、初のアステア&ロジャース映画『空中レビュー時代 FLYING DOWN TO RIO』の出演契約を交わす、わずか25日前。
 妙な縁なのか、それともビジネス上の戦略があったのか、興味深いところだ。

 『RARITIES』同様、貴重な音源を集めた CD に、 83年にイギリスでリリースされた『CRAZY FEET!』(ASV)がある。
 一部内容が『RARITIES』とダブるが、中心になるのは 23年から 30年の間にロンドンで行なわれた 9回のレコーディング・セッションで、大半が『RARITIES』収録のものより古い。フレッド・アステアのレコーディングはロンドンにおいてが最初なのだ。
 全 20曲中 11曲が、『バンド・ワゴン』以前のフレッド&アデール・アステアの出演作(『ストップ・フラーティング STOP FLIRTING』『レイディ、ビー・グッド! LADY, BE GOOD!』『ファニー・フェイス FUNNY FACE』)の楽曲(アデールが 8曲でデュエットしている)なのもうれしいが、『レイディ、ビー・グッド!』のナンバー 5曲のバックが作曲者ジョージ・ガーシュウィン George Gershwin 自身の弾くピアノで、アステアのタップに合いの手を入れるガーシュウィンの声も聴かれるというのは、実に貴重。
 曲の並びがバラバラなのが難だが、こちらも見つけたら入手して損はない。

(11/28/1998)

Copyright ©1998 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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