『ジェローム・ロビンスが死んだ ミュージカルと赤狩り
津野海太郎(平凡社)

「自分の物語」を「他人の物語」の光のなかで読みなおす

 もう、すっかり出典を忘れたのだが、著書の中で「演劇は時代と場所によって激しく規定される」という意味の発言をしていた人として、津野海太郎の名前は心に刻み込まれている。その認識は、僕の中では「ビールとミュージカルは地元のものが一番いい」という風に翻訳されて生きているのだが(笑)、昨秋出た、その津野さんの 60年代回想記「おかしな時代 『ワンダーランド』と黒テントの日々」(本の雑誌社)があまりに面白かったので、他の本も読んでみたくなってアマゾンで著者名検索をしたら、出てきたのが上掲の本。こちらは昨年 6月の発行になっている。
 [ジェローム・ロビンス] とは、もちろん“あの”振付家・演出家ジェローム・ロビンズ Jerome Robbins(最後の「s」の発音は濁るんだと思うが違うか。ともかく、日本では一般に「ロビンス」と表記されてきたようだ)のことで、和田誠の“装幀”が素敵だが、本の内容はシリアス。“赤狩り”の時代にロビンズが仲間を“売った”という話なのだ。

 まずは、 98年 7月 30日の朝日新聞夕刊にロビンズの死亡記事が出るところから始まる。
 それを見つけた著者は、個人的な記憶をたどり、アメリカで 1949年に製作され日本では 1951年に公開された映画版『踊る大紐育 ON THE TOWN』に思いを馳せる。元になった舞台版の原案・振付をロビンズが手がけた作品だ。当時中学生だった著者は、その映画版に夢中になり、以降、「幸福感の記号」であるハリウッド製ミュージカルを観続ける。そして 10年後の 61年、ロビンズが舞台版に続いて原案・演出(共同)・振付を手がけた映画版『ウエストサイド物語 WEST SIDE STORY』がアメリカと同年に日本でも公開され、著者とミュージカル映画との蜜月に終わりが来る。そこに「幸福感の記号」を見出せなかった著者は、映画の出来に感心しながらも、「もしこれが新しいミュージカルなのだとしたら、おれはもういいや」と思ったのだ。
 それからさらに 40年近くが経ち、ロビンズは死んだ。その死亡記事をきっかけにロビンズのことを調べ始めた著者は、彼が“赤狩り”の協力者であったことを“発見”する。その背景を探っていく過程が本編で、興味深い事実が次々と浮かび上がってくるのだが、この本が面白いのは、そうやってロビンズやその周辺の人々やその時代のアメリカのことを調べていく内に、著者の中で、『踊る大紐育』『ウエストサイド物語』に対する評価が変わってくることだ。
 「他人の物語」を読み解いていく内に「自分の物語」の見え方までが変わってくる。そういうことなのだろう。
 そして、この本を読めば、あなたの「自分の物語」の見え方も変わるはず。僕がそうだったように。スリリングな体験の出来る一冊です。

 ※[「自分の物語」を「他人の物語」の光のなかで読みなおす] というフレーズは、津野海太郎の 1985年の著書「物語・日本人の占領」(朝日選書→現在平凡社ライブラリー)のあとがきにありました。こちらは、日本占領下のフィリピンにおける「日本人の物語」と「フィリピン人の物語」について探った本です。

(2/12/2009)

Copyright ©2009 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

previous


[HOME]