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『バーナム BARNUM』
サイ・コールマン The Cy Coleman Trio(Gryphon)

スウィンギーな作曲家を偲んで

 04- 05年シーズンのトニー賞に 3部門でノミネートされたものの、受賞はなく、入りも芳しくないまま幕を閉じたリヴァイヴァル版『スウィート・チャリティ SWEET CHARITY』だったが、僕はけっこう楽しく観た。しかも、ちょっとした偶然もあって、 2度も。
 考えてみたら、ブロードウェイでこの作品を観るのは、このリヴァイヴァル版が初めて。すでに観たような気がしていたのは、 1998年にリンカーン・センターでの一夜限りの“コンサート”版の記憶があったからだ。その観劇記を読み直すと、出演者のあまりの豪華さに目がくらむが、なにより幸いだったと思うのは、今は亡きグウェン・ヴァードン Gwen Verdon、そしてサイ・コールマン Cy Coleman の姿を舞台上に観られたことだ。
 『スウィート・チャリティ』と言えば、今ではボブ・フォッシー Bob Fosse の振付で語られることが多いが、魅力の核心は、何と言っても、サイ・コールマン作曲、ドロシー・フィールズ Dorothy Fields 作詞の楽曲にある。
 ミュージカル史上最も印象的なイントロを持つ楽曲の 1つ「Big Spender」を筆頭に、いい曲が目白押し。しかも、曲想はヴァラエティに富んでいる。……なんてことを僕が改めて言うまでもないか。
 今回のオリジナル・キャスト盤は、編曲、音質もいいので、ぜひ聴いてみてください。ジャケットも可愛いし。ボーナス・トラックも付いているし。

 そのボーナス・トラック 6曲の内 4曲が、作曲者サイ・コールマンによる 1963年録音のピアノ弾き語りデモ(ドラムス、ベース、ギターとのクワルテット演奏)。何のためのデモかと言うと、初演版(ブロードウェイ開幕 66年)のためのデモ(ライナーノーツによれば、出資者に聴かせるためのデモだったようで、 4曲中の 1曲は本番の舞台ではボツになっている)。
 この時、コールマンは 30代半ば。

 それから 27年後の 1980年にサイ・コールマン・トリオ名義(ベース/ジョナサン・ミラー Jonathan Miller、ドラムス/ロン・ジトー Ron Zito)で録音されたのが上掲の『バーナム』で、今年になって世界初の CD化が日本でなされた(日本制作の帯やライナーノーツに書かれた名義はサイ・コールマン個人になっている)。
 帯の謳い文句は [ブロッサム・ディアリーに愛されたシンガー・ソングライター、サイ・コールマンの幻の GRYPHON盤が、奇跡の復刻!] 。同じシリーズでメル・トーメ Mel Torme やジョン・ヘンドリクス Jon Hendricks の 70年代の盤がリリースされていることからもわかるように、どちらかと言えば、同盤をジャズ・ヴォーカル・アルバムとして(あるいはピアノ・トリオのアルバムとして)捉えた復刻で、実際そのように楽しめる仕上がりになっている。
 しかしながら、作曲者コールマンが自らピアノを弾きつつ歌っているのは、録音年 4月にブロードウェイでオープンした同名ミュージカルのナンバーばかりで(作詞/マイケル・スチュワート Michael Stewart)、そういう意味では前掲の『スウィート・チャリティ』のボーナス・トラックと同趣向。であるからして、ミュージカル・ファンなら必携、と言っておこう。かなり、いいです。紙ジャケ、でもって、たぶん限定復刻なので、お早めに。
 ところで、これ、『スウィート・チャリティ』の時のようなデモ録音ではなく、当時も正規のアルバムとしてリリースされている。コールマンは、このショウにプロデューサーとしても関わっていたようで、そのあたりに、このアルバム制作の動機があったのかもしれない。つまり、舞台のプロモーション効果を狙った、とか。
 が、ブロードウェイ版『バーナム』自体は約 2年のロングランで幕を閉じている。四半世紀前とはいえ、このぐらいの上演回数で採算が取れたのかどうか。でも、 86年に映像化されているマイケル・クロフォード Michael Crawford 主演のロンドン版を観る限りでは、興行師バーナムの人生をサーカスの趣向を交えて描いていく舞台は、楽曲のよさと相まって、なかなかに楽しい。リージョン 1だが DVDが発売されている。

 サイ・コールマンは、さらに 22年後、亡くなる 2年前の 02年にもアルバムをリリースしている。それが左の『イット・スターテッド・ウィズ・ア・ドリーム IT STARTED WITH A DREAM』
 こちらは、元のアメリカ盤もサイ・コールマン名義で、編成は、コールマンのピアノとヴォーカル+ベース(ゲイリー・ハース Gary Haase)+ドラムス(バディ・ウィリアムズ Buddy Williams、イヴァン・ハンプデン Ivan Hampden)のリズム・セクションに、弦と管のオーケストラが付く、という豪華なもの。 [伝説の作曲家が放つ、初の自作自演アルバム。] という日本盤の帯のコピーがいきなり事実誤認だが(『バーナム』の帯に“幻の GRYPHON盤”とあったことからして、コールマンの過去のアルバムのことは、あまり知られていなかったのかもしれないが)、 [大人の余裕に満ちた歌声が、心に光をそそぎ込む。ジャズ・ヴォーカルの奥深さ、その愉悦を余すところなく伝えてくれる一枚。] というあたりの表現は、けっして誇張ではない。実に充実した内容のアルバムで、間違いなくコールマンの“白鳥の歌”だろう。
 収録されている楽曲には、前作『バーナム』のロマンティックなバラード「The Colors of My Life」(ゲストに迎えられたトニー・ベネット Tony Bennett が歌っている)はじめ、過去に作られたミュージカルのために書かれたものも、もちろん含まれるが、そうではないものも多い。それらの楽曲の内の何曲かは、構想されたまま作られずに終わったミュージカルのためのナンバーだったりする。
 例えば、「Atrantic City」という曲は、ボブ・フォッシー Bob Fosse が気に入って、この曲を中心にしてミュージカルを書いたらどうだと励ましてくれた、とコールマン自身がライナーノーツに書いている。勧めに従って、コールマンは、作詞のクリストファ・ゴア Christopher Gore と共に、さらなる曲作りを始めるが、残念ながらゴアが亡くなって、このミュージカルは未完のまま終わってしまう。フォッシーは、この曲なら 20分を超える振付がすぐに考えられる、と言ったという。
 また、アルバムのタイトル曲である「It Started with a Dream」は、「PAMELA'S FIRST MUSICAL」という絵本を原作とするミュージカルのために書かれている。このミュージカルは、『シティ・オブ・エンジェルズ CITY OF ANGELS』で組んだ作詞家デイヴィッド・ジッペル David Zippel と再び組んだ作品で、実現に向けて進行中だというニュースがプレイビル・オンラインでも何度か流れていたが、コールマン亡き今、どうなっているのか。楽曲の内容は感動的なミュージカル賛歌で、アルバムの最後を――と言うより、コールマンの生涯の最後を飾るに相応しいもの(『ザ・ライフ THE LIFE』に出演したリリアス・ホワイト Lilias White が参加してコールマンとのデュエットを聴かせるのもうれしい)。この楽曲をクライマックスに据えた舞台を、ぜひとも完成形で観てみたいものだ。
 蛇足だが、「PAMELA'S FIRST MUSICAL」の出版時に、たまたま(移転前の)ドラマ・ブック・ショップ The Drama Book Shop を訪れたら、著者サイン会をやっていて、思わず買ってサインをしてもらったという経験がある。そんなわけで、このミュージカルのニュースについては記憶に残っていたというしだい。

 サイ・コールマンの楽曲の魅力の 1つは底に流れるスウィンギーな感覚だと思う。それが、作曲者本人の演奏では、より明確に表れている。
 楽曲の魅力がミュージカルの最大の魅力だった時代。その最後の(かもしれない)作曲家の 1人、サイ・コールマンの自作自演アルバムを、機会があれば、ぜひ。

 ここで、オマケ。
 やはり最近リリースされた、楽曲作者自らが自作自演したミュージカルのアルバムを、もう 1つ紹介。プレイビル・オンラインにも広告が頻繁に載っていた『ハリー・オン・ブロードウェイ、アクト 1 HARRY ON BROADWAY, ACT 1』が、それ。

 05- 06年シーズンに『パジャマ・ゲーム THE PAJAMA GAME』でトニー賞の主演男優部門にノミネートされたハリー・コニック・ジュニア Harry Connick, Jr. が出したのが、『ハリー・オン・ブロードウェイ・アクト 1』という 2枚組のアルバムで、その内の 1枚は、そのリヴァイヴァル版『パジャマ・ゲーム』のオリジナル・キャスト・アルバム。そして、もう 1枚が、 2001年秋にブロードウェイに登場した『ザウ・シャルト・ノット THOU SHALT NOT』の、楽曲作者ハリー・コニック・ジュニアによる自作自演集なのだ。
 『ザウ・シャルト・ノット』のオリジナル・キャスト・アルバムは上演当時にリリースされたが、今回のアルバムは全く別もの。今年の春に、(同作品には出演していない)ハリー・コニック・ジュニア自身が、ベース、ドラムス、テナー・サックス、ストリングスをバックに、同作品の楽曲を、ピアノを弾きつつ歌って録音したものだ。
 当然アレンジもオリジナル・キャスト・アルバムとは全く変わっていて、こちらも、サイ・コールマンのアルバムに負けず劣らずスウィンギー。でもって、うれしいことには、リヴァイヴァル版『パジャマ・ゲーム』でコニック・ジュニアと共演した女優のケリー・オハラ Kelli O'Hara もゲスト・ヴォーカリストとして参加している。
 コニック・ジュニアとしては、必ずしも成功しなかったミュージカル『ザウ・シャルト・ノット』の再評価を促したい、という意図で、このアルバムを作ったのかもしれない。観客としても、ぜひとも楽曲の評価は新たにしてほしい。そして、彼が再び、ミュージカルの楽曲を書いてくれることを願ってやまない。
 楽曲作者の時代よ、再び!

 ※今回からアマゾンへのリンクをいくつかはってみました。 CDの画像をクリックしてみてください。

(6/28/2006)

Copyright ©2006 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

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