『ROXIE HART』
William A. Wellman(20th Century Fox)

ジンジャー・ロジャーズ版『シカゴ』

 映画版『シカゴ』第 75回アカデミー作品賞受賞記念、ってわけでもないが、 3回連続のボブ・フォッシー Bob Fosse 関連シリーズということで、前回に続き、また古い映画の話。

 『シカゴ』の変遷を見ると、まず、 1926年製作の同名のストレート・プレイがあった。その最初の映画化が 27年(28年説あり)のサイレント版で、日本公開タイトルは『市俄古』。 2度目の映画化が、タイトルがヒロインの名前に変わった 42年の『ロキシー・ハート』(日本未公開らしい)。そして次が、ボブ・フォッシー Bob Fosse(演出・振付・共同脚本)による 75年のブロードウェイ・ミュージカル『シカゴ』となる。そのリヴァイヴァルが、ウォルター・ボビー Walter Bobbie 演出、アン・ラインキングAnn Reinking 振付の 96年版。したがって、今回のロブ・マーシャル Rob Mershall(監督・振付)版は、ミュージカル版としては初の映画化だが、映画化自体は 3度目ということになる。

 スタンリー・グリーン Stanley Green「BROADWAY MUSICALS Show By Show」によれば、フォッシーは主演のグウェン・ヴァードン Gwen Verdon や製作のロバート・フライヤー Robert Fryer と共に、 50年代半ばから『シカゴ』の舞台ミュージカル化を考えていたが、その権利を得るまでに 13年かかったという。
 その辺の事情について、前回も頼りにしたケヴィン・ボイド・グラブ Kevin Boyd Grubb 著のフォッシーの伝記「RAZZLE DAZZLE The Life and Work of Bob Fosse」(St.Martin's Press)に、次のような記述がある。
 [ヴァードンが『シカゴ』をやりたいと思ったのは映画『ロキシー・ハート』を観て以来で、 1942年のジンジャー・ロジャーズ Ginger Rogers 主演のその映画は、『シカゴ』と題された 1926年の舞台と 1927年のサイレント映画を発展させたものだった。しかし、ヴァードンを落胆させたのは、オリジナルの脚本作者モーリン・ダラス・ワトキンズ Maurine Dallas Watkins が上演権を売らないと言ったことだ。晩年、ワトキンズは信心深いキリスト教徒になり、『シカゴ』が不真面目な生き方を美化していると信じ込んでいたのだ。]
 そして、結局、 69年にワトキンズが亡くなって、その遺産相続者から、フライヤーとヴァードンとフォッシーは『シカゴ』の権利を譲り受けることが出来た、ということらしい。
 ともあれ、これを読む限りでは、『シカゴ』ミュージカル舞台化の直接のきっかけとなったのは、グウェン・ヴァードンが惚れ込んだ、映画『ロキシー・ハート』のようだ。

 実は、『ロキシー・ハート』の一部を、以前、観たことがある。さる方から見せていただいた古い映画のオムニバス映像の中に入っていたのだが、驚いたことに、それは、ジンジャー・ロジャーズのダンス・シーンだった。『ロキシー・ハート』はミュージカル映画ではないにもかかわらず、だ。しかも! さらに驚いたことに、その振付が、舞台ミュージカル版『シカゴ』のクライマックス・ナンバー、ロキシーとヴェルマが踊る「The Hot Honey Rag」の振付によく似ていたのだ(僕の観た「The Hot Honey Rag」は、もちろん 96年リヴァイヴァル版のものだが、そのプレイビル=プログラムには、このナンバーはフォッシーの振付を生かしたと書いてあった)。
 そんなわけで、今回、『ロキシー・ハート』全編を観るにあたっては、舞台ミュージカル版『シカゴ』との関連が気になっていたのだが、観終わってわかったのは、『ロキシー・ハート』の影響は、舞台ミュージカル版を通り越して、今回のロブ・マーシャルの映画版にかなり及んでいるということだ。
 ロキシーがドレスアップして監獄の 2階部分に出てくるところとか、弁護士ビリー・フリン(アドルフ・マンジュウ Adolphe Menjou)のハッタリのきかせ方だとか、記者メアリー・サンシャインの印象とか、今回の映画版を思わせるところがかなり多い。まあ、同じ原作の映画化だから、似ていて当然なのかもしれないが、例えば、ロキシーの判決を伝える新聞の扱いなどにはオマージュの趣すら感じる。
 もっとも、今回の映画版『シカゴ』に比べると、『ロキシー・ハート』はかなりコミカルな映画で、視覚的なギャグも多い。例えば、前述のロジャーズのダンスのところでも、彼女のチャールストンにつられて周囲の人々が踊りだす(というのがそもそもおかしい)のだが、その様子を 1人蚊帳の外でふて腐れて観ていた夫のエイモスの足が思わずチャールストンのステップになってしまい、気がついて止めるというギャグなど、その典型だ。
 さらに、『ロキシー・ハート』には、ヴェルマ・ケリーが出てこないし(似たような女囚が出てきてロキシーと取っ組み合いになるのだが、それは 1場面のみ)、全体が新聞記者の回想になっていたり、その流れから来るオチがついていたりするという、オリジナルな脚色(ナナリー・ジョンスン Nunnally Johnson)もある。
 そんな風に『シカゴ』とは違う部分も多い『ロキシー・ハート』だが、ジンジャー・ロジャーズ演じるロキシー・ハートの人を食ったキャラクターや裁判シーンのふざけ具合を観ていると、やはり今日の『シカゴ』の原点はここにある、という気がする。なによりロキシーが踊るし、ね。
 そう、ロキシーが踊るのだ、前述のシーン以外でも。
 あまり大げさに言うと誇大表現になるが、もう 1つ、短いが見逃せないダンス・シーンがある。それが、ロキシーの階段タップ。無伴奏で階段を上り下りするジンジャー・ロジャーズのタップをカメラ据え置きでじっくり撮ったこのシーンは、ミュージカル・ファンにはたまらない。途中でカット割りのある前述のチャールストンよりも、むしろ、こちらの方が見応えがあるという人もいるかもしれない。
 ともあれ、そんなこんなで、『ロキシー・ハート』、機会があれば観て損のない映画だ。

 振付はアステア=ロジャーズ映画でおなじみのハーミズ・パン Hermes Pan。音楽担当は名高きアルフレッド・ニューマン Alfred Newman だが、テーマ曲的に使われている「Chicago」の作者はフレッド・フィッシャー Fred Fischer。「シッカーゴ、シッカーゴ」と歌われる、フランク・シナトラ Frank Sinatra の歌唱などで知られるあの楽曲だ。

 ところで、最後に、これは僕の勝手な想像にすぎないのだが、フォッシーは、『シカゴ』の舞台ミュージカル化を手がけるにあたって、なにか宿命的なものを感じていたのではないだろうか。
 と言うのは、モーリン・ダラス・ワトキンズがオリジナルの脚本を書く際に下敷きにしたのは、 1924年にシカゴで実際に起こった事件で、地元ではかなりセンセーショナルな話題を呼んだという。フォッシーが生まれたのは、それから 3年後のシカゴ。最初の映画化の年だ。ヴァードンが『ロキシー・ハート』を観るはるか以前、幼い頃からフォッシーがこの話を知っていたとしてもおかしくない。
 ミュージカル『シカゴ』の諧謔的な表現の背景には(ってフォッシー版を観たことのない僕が言うのはおこがましいのだが、リヴァイヴァル版から想像すると、ということでご勘弁願いたい)、フォッシーのホームタウンに対する愛惜の情があるように思えてならない。

(3/29/2003)

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