『CHICAGO』
Rob Mershall(Miramax)

ロキシー・ハートはアリー・マクビールか

 ロブ・マーシャル Rob Mershall 監督・振付による映画版『シカゴ』を、ミュージカル映画を観るならここ、というジーグフェルド劇場(かつてのジーグフェルド劇場とは別物だが、それ風の小物類が飾ってあり古風な趣がある大型映画館)で観た。

 印象をひと言で言うと、“快調”。テンポがよく、あっと言う間に終わってしまう(上映時間は 2時間弱)。と言うのも、ことさらドラマを掘り下げたりせずに、次々にショウ場面を繰り出してくるからだ。映画好きにはどうだかわからないが、ミュージカル好きにとっては、これがなにより。
 残念ながら、「傑作!」とまでは行かなかったけれども、けっこう楽しめる 1本に仕上がっていた。

 舞台版(ストーリーはこちらで)を愛する者としては、ショウ場面を「誰々による何とかナンバー」という MC(進行役)による紹介付きのヴォードヴィルの出し物に仕立てて進めていく、あの独特のスタイルを、映画で生かすのかどうか、あるいは生かせるのかどうか、に、まず興味があったが、なんと、まんま導入。しかも、セリフもほぼ舞台版通りなので、ショウ場面に入るタイミングも変わらない印象(テンポがいい理由の 1つがこれ)。巧みにスタイルを継承している。
 が、“スタイルの継承”と言っても、舞台版をそのまま映像に収めたような作品になっているわけではない。あくまで映像ならではの表現でありながら、そこに舞台版のスタイルを持ち込んだ、そこに、この映画の面白さはあり、同時に弱点もある。
 冒頭の部分を抜き出して、具体的に説明してみよう。

 まず、ヴェルマ・ケリーの目のアップから始まる。音楽は舞台と同じ(全編を通して編曲もほとんど同じ)で、ワワ〜ワ〜というトランペット・ソロから入る。
 で、ヴォードヴィル劇場のバンド・リーダーであるピアノ奏者のカウントでテンポ・インし、自分の部屋を出て劇場に向かうヴェルマの身体(顔以外)の部分アップと劇場の様子とがフラッシュバックで交互に描かれる。ヴェルマが出番ギリギリで劇場に到着。あせっていた舞台監督が「妹はどうした!?」とどなる。「今日はソロよ!」とヴェルマ(参考までに言うと、ここまでのヴェルマの行動は舞台版では描かれていないのだが、ヴェルマが拳銃を手にしていたり楽屋で血の付いた手を洗ったりするので、舞台版を観ている人間には、なるほど、と事情がわかる。後から出てくるナンバー「Cell Block Tango」でタネ明かしされる、夫と妹殺しが行なわれたわけだ)。
 ダンサーたちがうろついている舞台上にスポットが当たり、ヴェルマがせり上がってきて「All That Jazz」の歌となる(舞台版のオープニングと同じ。ただし、舞台版と異なり、先行する描写に従って、ヴェルマは「ケリー・シスターズ!」と紹介され、 2つスポットライトが当たり、 1人しか登場しないのでどよめきが起こる)。
 そのヴェルマを客席の後ろから羨望のまなざしで観ているロキシー・ハート。と、いきなり、ヴェルマとロキシーが入れ替わり、舞台上で歌うロキシーの姿になる。つまり、それはロキシーの妄想のショウ場面(舞台版にはない描写)。
 一緒にいた家具のセールスマン、フレッド・ケイスリーに促されて現実に戻ったロキシーは、彼と一緒に夫のいない部屋に帰り、情事に耽る。事が終わった後、急に冷たくなったフレッドを撃ち殺してしまうロキシー(舞台版でヴェルマが「All That Jazz」を歌っている最中にスケッチとして挿入される部分。演技はリアリズムだが、拳銃を撃つ 3発のタイミングは舞台版と同じ)。
 そして――。
 ピアノ奏者のナンバー紹介に導かれて、妄想の舞台上のロキシーが歌い始めるのは、ロキシーの身代わりになるつもりで警察の尋問に答えるロキシーの夫エイモスへのラヴ・ソング。舞台で歌うロキシーの姿と、自分の部屋に横たわる死体の脇で弁明するエイモスの姿とが交錯する(舞台版と同じ設定)。

 おわかりだろうか。この映画のショウ場面は、上述のヴェルマの「All That Jazz」とフィナーレのロキシーとヴェルマによる「Nowadays」〜「The Hot Honey Rag」は(映画の中の)現実として登場するが、それ以外は全て、映画のリアリズムの中で、アリー・マクビール(@『アリーmyLove ALLY McBEAL』)の妄想のように、あくまでヒロインにしか見えない出来事として描かれるのだ(フィナーレも、もしかしたら妄想かも)。ヴォードヴィルのスターに憧れるロキシーならではの妄想、ということで一貫している。
 そういう意味では、現実からショウ場面への移行がとてもわかりやすく、万が一『ムーラン・ルージュ MOULIN ROUGE!』のシュールな飛躍ぶりについていけなかったという人(いるのか?)が観ても大丈夫。ちゃんと理解出来るだろう。おまけに、ショウ場面が始まる時にはヴォードヴィル式の MCが教えてくれるし。
 逆に言うと、舞台版のヴォードヴィル・スタイルを生かすにあたって、ショウ場面をロキシーの妄想という設定にした、ということも考えられる。 MC付きのヴォードヴィル・ショウが何の前提もなしに普通の(つまり特殊撮影などない)ドラマ映画に登場しては不自然だ、という感覚が存在するからだ。
 どちらにしても、この 2つの要素――ヒロインの妄想という設定とヴォードヴィル・スタイルのショウ場面――がうまくマッチして、映画版『シカゴ』は、メリハリとスピード感の両方を獲得した。例えば、この作品と同様にショウ場面が主人公の妄想として登場する、これも過去のシカゴを舞台にしたミュージカル映画『ペニーズ・フロム・ヘヴン PENNIES FROM HEAVEN』(ハーバート・ロス Herbert Ross 監督、81年)などと比べると、全体に“ビート”とでも呼びたいようなリズム感が息づいているのがわかる。
 舞台版の面白さを映画的表現の中で生かした、と言っていいだろう。

 しかし――、と舞台版のファン(である僕)は一方で思う。これって舞台版を超えてないんじゃないか、と。

 その理由の 1つは、ヴォードヴィル・スタイルのショウ場面が映画の中に収まりすぎていることにある。
 舞台版『シカゴ』のヴォードヴィル・スタイルには、(言ってしまうと野暮だが)作品自体の虚構性を強調すると同時に、世界の虚構性を露わにするという意味もあった。すなわち、舞台上で展開される毒々しい物語はウソっぱちのお楽しみにすぎませんが案外現実の世界もウソっぱちに満ちた毒々しいものではありませんか、と観客に問いかける、という。
 映画版では、その感覚が薄まっているのだ。
 と言うのは、舞台版のヴォードヴィル・スタイルは、ソング&ダンスの部分だけでなく、芝居部分も出し物の一部(スケッチ)として考えた、作品全体を覆うもので、だからこそ上記の虚構性の表現が生まれてくる。ところが、映画版は、ヴォードヴィル・スタイルを、ヒロインの妄想=ショウ場面という整合性のある構造の中に収めてしまったために、そこからはみ出して迫ってくるものがなくなったのだ。
 そう言えば、映画版には 1か所だけ独自のストーリー展開がある。舞台版では悪辣弁護士ビリー・フリンの詭弁であっさり無罪になるクライマックス間際のロキシーの裁判シーンだが、映画版では、ヴェルマが有罪の証拠となるロキシーの日記を持って裁判所に現れ、一転ロキシーをピンチに陥れるのだ(このエピソード挿入の代わりにママ・モートンとヴェルマのナンバー「Class」がカット。リチャード・ギア Richard Gere 扮するビリーがあせって熱弁をふるう現実と交錯して現れる妄想シーンは、そのビリーのタップ・ダンス)。
 実は、舞台版の虚構性の深さが最も顕著に表れるのがこの裁判シーンであり、ここに独自の展開、それも裁判のいい加減さを強調するエピソードを持ち込まざるをえなかったこと自体が映画版の弱みを示していると思う。
 これが、舞台版を超えていない理由の 1つ。

 もう 1つの理由は、やはりショウ場面そのものにある。
 楽曲のアレンジはほぼ舞台版通りであるにもかかわらず、舞台版の振付をそのまま生かしているのは、動きの少ない、エイモスのナンバー「Mister Cellophane」のみ。残りは果敢に、ほとんどボブ・フォッシー Bob Fosse 色のない新しい振付で挑んでいる。そのこと自体は、舞台と映画では表現の仕方が違うのだから、何の問題もない。中でも、「Cell Block Tango」などは、映画ならではの空間の広がりを感じさせつつ、ホントのタンゴ・スタイルを交えた独自のダンスを展開していて面白い。
 しかし、『シカゴ』『シカゴ』。映画がオリジナルの『ムーラン・ルージュ』とは違う。ここまで舞台版を踏襲しているわけだし、やはり、主役のロキシー(レネィ・ゼルウィガー Renee Zellweger)とヴェルマ(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ Catherine Zeta-Jones)が踊れてなんぼだろう。彼女たちのダンスがカット割りや吹き替えでごまかされているのを観ると、厳しい観方かもしれないが、拍子抜けする。明らかにマリリン・モンロー Marilyn Monroe を意識した 50年代ミュージカル映画風の見せ方が楽しい「Roxie」も、ヴェルマが熱演する「I Can't Do It Alone」も、そしてフィナーレの「Nowadays」〜「The Hot Honey Rag」も、彼女たちがホントに踊れたらどんなに素晴らしいだろうと思わざるをえない。
 もし、ロキシーやヴェルマのキレのいいダンスが長回しで観られるシーンが 1か所でもあったなら、“虚構性”うんぬんには目をつぶって、「傑作!」と言ってもいいんだけどな(リチャード・ギアは意外に健闘しているが、でも、あのタップは吹き替えだろう)。

 と、まあ、舞台版を愛するがゆえの注文はあるけれども、まずは一見の価値あり。
 思わぬところに所縁(ゆかり)の人が出てくるなんていうお楽しみもあるので、ご覧の際にはお見逃しなく。

(1/12/2003)


 『シカゴ』が大好きなクワストさんから、その後、いくつかご指摘をいただきました。

 まずは、冒頭の目のアップはロキシーのものでは? という点で、これは再見の時に確認し合いましょう、ということになりましたが、どなたか確信がおありの方はご連絡ください。

 もう 1つは、主役クラスのダンスは吹き替えなしだということ。
 これについてはクワストさんが何度か調べてくださり、最終的に、監督のロブ・マーシャルがインタヴューで、そう言っていることが確認されました(最後のクレジットにも、その旨の但し書きがあるということです)。リチャード・ギアのタップの一部が、ブロードウェイのダンスの名手で『フォッシー FOSSE』のオリジナル・キャストでもあったスコット・ワイズ Scott Wise の吹き替えではないかという情報もあったのですが、映像は全てギアで、音だけが吹き替えられているらしい、というところに落ち着きました。

 そうした事実を受け入れた上で、強がりではなく再度言えば(笑)、やはり、ロキシー、ヴェルマ、ビリー・フリンのダンスがカット割りでごまかされていることには変わりがない。早い話、引きの長回しでない限り、本人だろうが吹き替えだろうが観客にとっては関係ないわけで、吹き替えでないとしても不満として残るのは同じなのです。
 まあ、そこを、本人を踊らせることにこだわって撮ったマーシャルの気持ちもわからないではないし、結果的には、カメラワークと編集とで映画版ならではのダンス・シーンに見事に仕上げてある。マーシャルの演出の勝利です。
 ただ、ここまで舞台と同じ展開だと、舞台をさんざん観てきた者としては主演クラスのダンスをきちんと観たくなってしまう、ということです。つまり、『キャバレー CABARET』ぐらい舞台版と映画版が違っていれば別物として観られるけれども、『スウィート・チャリティ SWEET CHARITY』ぐらいだと、やっぱり舞台並のダンスを期待するよね、という話。
 でも、繰り返しますが、それは舞台版を愛するがゆえの注文。映画版『シカゴ』がつまらないという話ではないので、公開時にはどうかお見逃しなく。

 クワストさん、ありがとうございました。

(1/27/2003)


 『シカゴ』追加情報。さちこさんからいただきました。
 冒頭の目のアップは、やはりロキシーのものだということです。根拠は、目の色(ロキシーが青、ヴェルマが茶)、そして、「All That Jazz」を歌うヴェルマを観るロキシーの目のアップ映像。
 念には念で、断定は自分で確認してからにしますが、たぶん間違いないのでしょう。さちこさん、ありがとうございました。

 ところで、ニューヨーク滞在中にはまだ売っていなかったサントラを先日入手。なんと、カットされた「Class」が収録されてました。
 これ、映像も撮ってるってことなんでしょうか。だとしたら、ぜひともヴィデオソフト発売時には、特典映像で収録してほしいですね。
 もひとつ、ミュージカル・ファンはあまり興味がないと思いますが、サントラにはボーナス・トラックとして、メイシー・グレイ Macy Gray をフィーチャーした「Cell Block Tango」が入っています。偶然ですが、僕の好きな歌手なのでうれしかった。
 ところで、さらにもう 1曲入っているボーナス・トラック、アナスタシア Anastacia の歌う「Love Is a Crime」って何?

(2/4/2003)


 冒頭の目のアップの確認のためにニューヨークへ行ってきました。ウソです(笑)。国内の試写を観せていただきました。
 やっぱりロキシーでしたね。
 冒頭の目のアップだけではわかりませんでしたが、「All That Jazz」を歌うヴェルマを観るロキシーの目のアップを観たら、同じでした。要するに、妄想はロキシーの見た目、ということの示唆ですね。
 それから、最後のクレジットに、前々回に書いたスコット・ワイズの名前があるのを発見しました。どこに出てたんだろう。次回観る時は目を凝らしたいと思います。

 映画版『シカゴ』、日本公開は 4月 19日(土)全国松竹系だそうで、繰り返し言いますが、ミュージカル・ファンは、まずは見逃すべからずです。

(2/14/2003)


 日本公開 2日目、有楽町マリオン 5Fにある丸の内プラゼールという劇場で観ました。満席。立ち見が出てました。
 今回のテーマは(笑)、前回予告した、スコット・ワイズの出どころ。
 出てました(笑)。「Roxie」というナンバー。ロキシーがソロで歌っていて、バックの鏡が上がっていき、男性ダンサーがズラリと現れるところ。ロキシーの真後ろにいるのが、ブロードウェイの名ダンサー、スコット・ワイズです。

 映画版『シカゴ』、日本公開中です。

(4/20/2003)

Copyright ©2003 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

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