『クレイジー・フォー・ユー CRAZY FOR YOU』
5/29、7/24/1992、1/4、6/5/1993、1/7、5/9、9/20、12/31/1994、
3/21、10/16/1995、1/7/1996(SHUBERT THEATRE,Broadway)
10/28/1993(PRINCE EDWARD THEATRE,West End)
12/14、12/25/1993、2/22/1997(日生劇場,Tokyo)


最愛の舞台ミュージカル

アステアの幻影

 僕にブロードウェイ・ミュージカルの素晴らしさを教えてくれたのは、パティ・ルポン Patti LuPone 主演の『エニシング・ゴーズ ANYTHING GOES』で、ごぞんじの通りコール・ポーター Cole Porter 作品のリヴァイヴァル。

 シャレた歌と生のタップ!
 88年にその舞台を観なければ、その後繰り返しニューヨークを訪れたかどうか怪しいわけで、その後の僕は、第2の『エニシング・ゴーズ』を求めて劇場に通っていたと言えるかもしれない。

 その背景にあったのはフレッド・アステア Fred Astaireへの想いだ。
 映画でミュージカルを知った人間のご多分に漏れず、僕もアステアの魅力にとり憑かれたわけだが、彼のミュージカル映画の中でもとりわけ大好きな『イースター・パレード EASTER PARADE』『バンド・ワゴン THE BAND WAGON』をスクリーンやヴィデオで何度も何度も観ながら、その度に僕の中に湧き起こってくるのは、ブロードウェイの舞台で踊っていたアステアの姿を、観ることは出来ないけれども観たい、という矛盾した叶わぬ願いだ。
 それは叶わぬ願いなのだが、しかし、初めてニューヨークを訪れ、『エニシング・ゴーズ』を観て、こう思った。もしかしたらここに通い続けていればアステアの幻くらいなら観られるかもしれない、と。

 実は、その流れの中で、最終公演を観届けた『クレイジー・フォー・ユー』のことを語ろうとしているのだが、その前に、91年7月23日、猛暑のニューヨークで当時8歳の息子と観たオフ・ブロードウェイ・ミュージカル『アンド・ザ・ワールド・ゴーズ・ラウンド AND THE WORLD GOES 'ROUND』に触れないわけにはいかない。

 [「DANCER!」――感嘆と呆れの入り交じった表情でこうつぶやく男性ボブ・カッシオリ Bob Cuccioli の足下には、アステア&ロジャースが乗り移ったかのごとき爆発的エネルギーで踊りまくった男女のペア、ジョエル・ブラム Joel Blum & カレン・ジエンバ Karen Ziemba が疲れ果てて仰向けにぶっ倒れている。その2人をボブ同様の驚き呆れた表情で見下ろしている女性2人、テリー・バレル Terry Burrell、カレン・メイソン Karen Mason。
 まったくダンサーってやつは!!――同じ役者仲間にあっても、ダンサーという人種は特別な存在だ。何故そこまで、どうすればそんなに、踊れるのか。体力的にも技術的にも人間の常識を超えている。――ダンス好きの観客がいつも感じているそんな思いを、見事に凝縮して見せてくれた瞬間だった。そして、そんな瞬間が観たいが故に、ミュージカルを観ようと思うのだ。]

 当時のリポートだが、ここに書いてあるシーンで、僕は舞台上に、かなり濃いアステア(そしてジンジャー・ロジャース Ginger Rogers)の幻影を観た。

 このショウの振付をしたのが、翌年『クレイジー・フォー・ユー』で一躍名を馳せるスーザン・ストロマン Susan Stroman であり、踊っていた2人の内、カレン・ジエンバは2代目のヒロインとして『クレイジー・フォー・ユー』に登場することになる。
 ちなみに、もう1人のダンサー、ジョエル・ブラムとは、やはりストロマン振付による『ショウ・ボート SHOW BOAT 』で再会する。
 さらに言えば、テリー・バレルは『星にスウィング SWINGING ON A STAR』で、カレン・メイソンは『サンセット大通り SUNSET BOULEVARD』でブロードウェイに登場している。

 さて、それから約1年後の92年5月29日、いよいよ『クレイジー・フォー・ユー』に出会う。

『クレイジー・フォー・ユー』の素晴らしさ

 [ここでお断わりしておくが、『クレイジー・フォー・ユー』には無駄なシーンが一つもないのである。ショウ場面を見るために、メロドラマの部分を忍耐する必要がない。
 ショウ→スケッチ→ショウ→スケッチ→ショウ
 という具合に、ヴァラエティ風につながり、しかも、結局はちゃんとドラマになっているのが、ミソだ。]

 実はこの文章は、映画『バンド・ワゴン』について小林信彦氏が書いた文章(「われわれはなぜ映画館にいるのか」晶文社→「映画を夢みて」筑摩書房)の作品タイトル部分を入れ替えただけのものなのだが、これが『クレイジー・フォー・ユー』の特長をほぼ言い当てている。
 [ショウ]というのはもちろんソング&ダンスの場面。[スケッチ]というのは、例えばランダムハウス英和大辞典を見ると[(ボードビルなどのユーモラスな)短い劇、寸劇]とある。『クレイジー・フォー・ユー』には、この2つ以外の要素は全くと言っていいほどない。

 ここで、あえて『クレイジー・フォー・ユー』の内容を振り返れば(ごぞんじの方は読み飛ばしてください)――。

 『クレイジー・フォー・ユー』は、1930年代、ニューヨークで銀行を経営する母親の元にあってダンサーへの夢を捨て切れず、ブロードウェイの大プロデューサー、ザングラーに売り込みを繰り返している不肖の息子ボビーが、母親の命を受けてネヴァダ州のちっぽけな町デッドロックにある古い劇場を差し押さえに行き、劇場の所有者の娘ポリーに恋してしまう話。

 第1幕。
 ポリーに恋したボビーが、件の劇場でショウを開いて抵当権を買い戻そうと提案するが、差し押さえに来た銀行の人間だという正体がバレてポリーにフラレたため、ザングラーに化け、ブロードウェイからテス率いるザングラー・ガールズを呼び寄せて再度デッドロックに乗り込む。
 で、ポリーに横恋慕する宿屋主人ランクの横槍や、望まざる婚約者アイリーンの突然の来訪、男性ダンサー(デッドロックの男たち)の出来の悪さを乗り越えて、なんとかショウを仕立て上げるものの、宣伝不足で客が一人も来ない。
 責任を痛感するザングラー(実はボビー)に、こんなにデッドロックの人間たちをいきいきさせてくれた、とポリーが礼を言う。そこに本物のザングラーが人知れず到着する。
 ここまで。

 第2幕。
 ポリーは偽ザングラーに恋してしまうが、本物のザングラーの出現でボビーの二役だったとバレる。余計に気分を害したポリーだが、劇場明け渡しの期日も迫っていた。
 もう一度ショウに挑戦して劇場を取り戻そうとボビーが提案し、怒っていたはずのポリーは乗るが、町のみんなやガールズはあきらめ気分。
 万策尽きたボビーはニューヨークに帰る。ところが今度は本物のザングラーが、惚れてるテスの願いもあってプロデュースを買って出る。
 一方ニューヨーク。抜け殻のようなボビーを元気づけようと母親が誕生日にプレゼントしたのはザングラー劇場。ザングラーが劇場を手放した理由に気づいたボビーはデッドロックへ急ぐ。
 その頃デッドロックではボビーのアイディアによるショウが大ヒット中。ところが主役のポリーはボビーへの思い断ち難く、ニューヨークへ。あわや二人はすれ違いか、というところから一気にハッピー・エンドへ。

 第1幕11景、第2幕6景の構成だが、この内、歌もダンスもないのはわずか3景。しかも、いずれも短い。順を追って簡単にミュージカル・ナンバーを挙げると(曲目の後のは盛り上がり度と言うかショウ場面としての規模を示す)――。

 [第1幕]

 第1景。
 「K-ra-zy for You」
 大プロデューサー、ザングラーを強引に説得して舞台裏でオーディションを受けるボビーのソロ・タップ。観客への軽い挨拶といったところ。

 第2景。
 「I Can't Be Bothered Now」★★★
 ボビーと女性ダンサーたちのユーモラスで華麗なタップ全開。女性ダンサーはボビーの幻想の中の存在で、第2幕終盤に再登場する。

 第3景。
 「Bidin' My Time」
 ポリーとデッドロックの男たち(オリジナル・キャストではマンハッタン・リズム・キングス The Manhattan Rhythm Kings というトリオ)の、のんびりした歌。
 「Things Are Looking Up」
 ボビーがポリーに一目惚れして歌う心の中の歌。

 第4景。
 「Could You Use Me?」
 口説くボビーと戸惑うポリーの掛け合いの歌。ボビーが迫りポリーが逃げるアクションが次第に早くなり、次のナンバーにそのままつながる。ボビー役がアクロバティックな動きを垣間見せる。

 第5景。
 「Shall We Dance?」★★★歌はボビーのソロだが、ボビーとポリーによるアステア&ロジャース張りの長いデュオ・ダンス・ナンバー。2人の高まる想いがダンスでわかる。

 第6景はミュージカル・ナンバーなし。

 第7景。
 「Entrance to Nevada(Stairway To Nevada/Bronco Busters/K-ra-zy for You)」★★
 ネヴァダの地平線に横一列に並んだシルエットで現われるザングラー・ガールズ。デッドロックの町に入るや一斉に踊り始める。翻弄される町の男たち。そこに現われる大プロデューサー、ザングラーに変装したボビー。ダンスのフィニッシュは山のように積み上げたトランクの上に立って見栄を切るボビー。
 「Someone to Watch Over Me」
 劇場を救ってくれると言う頼もしいザングラー(ボビー)にほのかな恋心を抱いたポリーの歌。

 第8景はミュージカル・ナンバーなし。ただし、ここでギャグとして使われる振付練習の動きが次の景で本当のダンスとして出てくる。

 第9景。
 「Slap That Bass」★★★
 町の男たちのダンスがひどく、クサるボビーだが、1本のベースがきっかけでリハーサルが盛り上がる、という長いナンバー。ロープを弦に、ガールズをベースに見立てたアイディアを初めて観た時には息を呑んだ。
 「Embraceable You」
 チーク・ダンスを踊りながら、ポリーが偽ザングラーに熱い想いをユーモラスに告白する。

 第10景。
 「Tonight's the Night」
 初日開演前の楽屋で準備しながら、いよいよ本番だ、とみんなで歌う。途中に、ボビーがザングラーに化けていることから来る誤解のギャグがいくつか挟み込まれる。

 第11景。
 「I Got Rhythm」★★★★
 観客が1人も来ず責任を感じる偽ザングラーのボビーに、ポリーは、みんながこんなに明るくなったのはあなたのおかげ、と励ます。歌と踊りの輪が広がり、町中お祭り騒ぎになる。様々な小道具が登場。全編中最もアイディアの詰まった、最も長いナンバー(オリジナル・キャストCDで見ると7分34秒ある)。

 [第2幕]

 第1景。
 「The Real American Folk Song(is a Rag)」
 ランクのサルーンで(オリジナル・キャストではマンハッタン・リズム・キングスが)ジャグ・バンド演奏。
 「What Causes That ?」★★
 本ザングラーと偽ザングラー(ボビー)が共に酔っぱらい、シンクロした動きで大いに笑いをとった後(『レンド・ミー・ア・テナー LEND ME A TENOR』『バッファローの月 MOON OVER BUFFALO』でも観られるケン・ラドウィグ Ken Ludwigの得意技)、ユーモラスなアクションを見せながら歌うデュオ・ナンバー。

 第2景。
 「Naughty Baby」★★
 欲求不満アイリーンが、町の男たち4人を従えて、フェロモン全開でランクに迫る“艶笑”ナンバー。女が男に馬乗りになるのは振付スーザン・ストロマンのお気に入りスタイル。

 第3景。ミュージカル・ナンバーなし。セット替えのための短い幕前芝居だが、それを思わせないアイディアがある。

 第4景。
 「Stiff Upper Lip」★★★
 劇場に集まって今後のことを話し合うみんなを励ますためにイギリス人旅行者カップルが歌い始める人生の応援歌。やがて全員のタップ・ダンス合戦に突入。最後は椅子のバリケードが出来上がって『レ・ミゼラブル』状態に。
 「They Can't Take That Away from Me」
 デッドロックを去ることにしたボビーが未練いっぱいでポリーに歌いかける傷心のバラード。
 「But Not for Me」
 ボビーを引き止めなかった自分を悔いるようにポリーが歌う傷心のバラード。

 第5景。
 「New York Interlude」
 ニューヨークの街角を行き交うオシャレな男女のファッション・ショウのような動き。
 「Nice Work If You Can Get It」★★★
 第1幕第2景で登場した幻想の女性ダンサーたちと再び歌い踊るボビー。今度はタップなしの抑えた調子。ダンサーたちが消えた後のボビーの長いソロ・ダンスは、主役最大の見せ場。

 第6景。
 「Bidin' My Time(French Reprise)」
 新装なったランクのサルーン前で(マンハッタン・リズム・キングスが)フランス語で第1幕第3景のナンバーをテンポ・アップして歌う。
 「Finale」★★★★
 デッドロックに戻ったボビーに町のみんなが「Shall We Dance」を歌いかけ、次いで花嫁姿のポリーとボビーが流麗な調子の「I Got Rhythm」に乗って踊り始める。背景のデッドロックの町は消え、舞台上はジーグフェルド・フォリーズ風の華やかなステージに早変わり。ボビーとポリーが踊っていた舞台中央部分の床がゆっくりとせり上がり、孔雀のように着飾ったショウ・ガールズが2人を彩るように次々に現われ、踊り終えた主役2人がポーズをとって、幕。
 すぐにオーケストラ演奏が始まり、カーテン・コール。テンポの速い「K-ra-zy for You」に始まるメドレーに乗って脇役から順に出てきて挨拶。ポリー、ボビーと出てきたところで演奏がゆったりした「Embraceable You」に変わり、全員が歌いながらそれぞれペアを組んで踊る。歌詞の最後の“you”をきっかけにいきなりテンポ・アップして曲は「I Got Rhythm」に。第1幕第7景と同じようにザングラー・ガールズが横に並んで登場、威勢よくタップが始まる。他のキャストもそれに加わり、最後は全員が横一線になってのタップの嵐で再び幕。

 ね、見せ場が多くて退屈してる暇がないでしょ。おまけに、隙間を埋め尽くすようにケン・ラドウィグの仕込んだギャグが炸裂するから、楽しいことこの上ない。細かい辻褄なんて、まるで気にならない。
 そして、このテイストはそのまま最上のアステア映画のテイストなのであります(洗練という点ではかないませんが)。

 というわけで、僕の中では、ミュージカルはショウ場面が命。ストーリーなんてのは、うまくショウ場面をつなげてくれて、あわよくばショウ場面を盛り上げる助けになってくれればいい、という程度のもの。だから、テーマなんてものに到っては、また別の機会にお話しいただければありがたいのですが、という気分。
 そう言えば、日生劇場で四季の『クレイジー・フォー・ユー』を観た時、帰りに前を歩いていたカップルがフィナーレについて、「なぜあの町が突然あんなショウのステージに変わるのかわからない」と言っていて、ああ、この人たちとは永遠に友達になれないなと思ったりしたものだ。

 ともあれ、この素晴らしき、わが心の『クレイジー・フォー・ユー』が最終公演を迎えるとあっては、駆けつけないわけにはいかなかった。

最終公演は風雪の中で

 1996年1月7日、ブリザード来襲の予報の中、シューバート劇場はなんともなごやかな雰囲気に包まれていた。というのも、最終公演ということで過去の出演者を含む関係者が多数訪れていて、さながら『クレイジー・フォー・ユー』同窓会の様相を呈していたからだ。

 この日のチケットはクローズの決まった昨年10月に買っておいたものなのだが、中央ではあるもののJ列。不思議に思っていたのだが、その謎も解けた。I列より前はみんな関係者だったのだ。

 ちなみに僕の前の席には94年9月20日に観た時ポリーの父役で舞台にも立っていたプロデューサー、ロジャー・ホーショウ Roger Horchow が、その横にはもう1人のプロデューサー、エリザベス・ウィリアムズ Elizabeth Williams がいて、次々に関係者から挨拶を受けていた(おそらくプロデューサーたちが招待したのだと思う)。
 役者では、前述のマンハッタン・リズム・キングスの3人が家族連れで来ていたし、初代ポリーの父でその後『努力しないで出世する方法 HOW TO SUCCEED IN BUSINESS WITHOUT REALLY TRYING』に社長役で出ていたロン・キャロル Ronn Carroll や、長くランク役を務めてから『カンパニー COMPANY』に移ったジョン・ヒルナー John Hillner の姿もあった(この日やはり劇場に来ていた MiL の宮城ご夫妻によれば、彼は最後ウォンウォン泣いていたらしい)。

 そんなこんなで劇場のあちこちで握手だの抱擁だのが見られ、家族的な雰囲気のカンパニーだったんだなあ、と思ってしまった(まあ、もっと深読みする人もいるでしょうが)。

 舞台上では、前回観た時(95年10月)抜けていたオリジナルのザングラー役者ブルース・アドラー Bruce Adler が復帰。アイリーン役のピア・ザドラ Pia Zadora はやっぱりしっくり来なかった。ボビーがザングラーとの関係を説明する時の両手の開き方が変わった。
 なんてことは、まあ、この際いい。なにしろ、歌も踊りもギャグもいちいち大受けなのだ。

 それと言うのも、客の大半が内輪で、みんなの中に、この舞台が幕を下ろすのは客の入りが落ちたせいでは(必ずしも)なく、後に『ビッグ BIG』 が始まるのが決まったせいだ、という思いがあるからで、そういう意味でも「名残惜しい」という気分が劇場を覆っていた。
 だから、幕間に目ざとく見つけて握手してもらった演出のマイク・“熊”・オクレント Mike Ockrent の立場は、その『ビッグ』も手がけているだけに微妙と言えば微妙だったんだろうなあ、あの夜は。

 最後にプロデューサーが舞台から挨拶したのも、興行的に成功している内に終わる作品だからこそだろう。挨拶の内容も、また戻って来るぞっていうんだから、異例なんじゃないでしょうか。
 そのプロデューサーの呼びかけでかつての出演者も舞台に上がったりして、本当に同窓会的な雰囲気の中、僕の『クレイジー・フォー・ユー』はブロードウェイから姿を消した。

 劇場を出た時に激しくなっていた雪は予報通りブリザードとなり、マンハッタンに観測史上3番目という積雪をもたらし、あくる日は空港も閉鎖。
 当てもなくホテルを出た僕は、静まり返ったブロードウェイの雪の中でスタックしたまま取り残された無人のバスを横目に見ながら、前夜の興奮と感傷を胸に小さな声で歌っていた。ハリー・グローナー Harry Groener が主役を降りた一昨年の大晦日の夜と同じように。

 No, no, they can't take that away from me(ヒューッ! 突然背筋が凍りつくような冷たい風がっ……)。

(5/2/1997 rewritten the past report)

Copyright ©1997 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

Part 2(5/29/1992 の観劇記)へ

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