『努力しないで出世する方法 HOW TO SUCCEED IN BUSINESS WITHOUT REALLY TRYING』
3/22/1995, 6/19/1995, 6/26/1996
(RICHARD RODGERS THEATRE, Broadway)


60年代の無責任男、世紀末に甦る

 95年にリヴァイヴァルした『努力しないで出世する方法』は、 60年代前半のとぼけた話を 90年代的ハイテクでよみがえらせた楽しい作品だった。
 この舞台、ネイサン・レイン Nathan Lane と共に今シーズン(2000- 2001年)の新作『プロデューサーズ THE PRODUCERS』で主演中のマシュー・ブロデリック Matthew Broderick が初めて出演したミュージカルでもあった。
 都合 3回観た内の、最初と最後の観劇記を、一部編集して掲載する。

 まずは、 95年 3月 22日の観劇記(95年 4月発送「ゆけむり通信 Vol.18」)。

 ブロードウェイを席巻する謎の言葉『H2$』とは?
 “HOW”の「H」、“TO”が「2」、「$」は“SUCCEED”の頭文字“S”と“SUCCEED IN BUSINESS”の象徴であるドルを掛けたもの。すなわち『HOW TO SUCCEED IN BUSINESS WITHOUT REALLY TRYING』。ロゴの色は「H」がピンクで「2」が白、「$」は黄だが背景の緑が紙幣のイメージだろう。
 3月 8日にプレヴュー開始、同 23日にオープンしたばかりのリヴァイヴァル・ミュージカル。
 1961年の初演は 1,417回上演の大ヒット。劇場は当時46丁目(46TH STREET)劇場という名だった、このリチャード・ロジャース劇場。フランク・レッサー Frank Loesser(作曲・作詞)最後の作品で、脚本エイブ・バローズ Abe Burrowsとのコンビは『ガイズ・アンド・ドールズ GUYS AND DOLLS』と同じだ。

 窓拭きの青年が、作品タイトルと同名のハウ・トゥ本に則って大会社に入社、トントン拍子に出世してついには社長になってしまう、という、 60年代前半ならではのサラリーマン無責任男ミュージカルだが、これが不景気風吹き抜ける 90年代半ばのニューヨークに見事によみがえった。しかも、 90年代半ばならではの装いを凝らして。
 幕の代わりに舞台前に下りているのは、ビルの壁面を思わせる幾何学的デザインの(実は半透明の)ボード。序曲が始まると、そのボードの窓に当たる部分の色が様々に変わり始める。
 序曲後ボードが上がると、舞台奥にも同様のデザインのセットがある。そのセットの中央寄りの部分は上から下まで全て窓になっていて、その向こうに摩天楼を思わせる外景が見える。ちょうど、舞台上が高層ビルの上層階にあるオフィスの中、という印象になるわけだ。
 窓部分の左右は両サイドとも、窓状に区切られたところを光が上下動することでエレヴェータに見えるようになっていて、一番下には乗降口があり、実際に開閉する。そのエレヴェータ(部分の光)が一斉に下降を始めると、驚いたことに中央部分の窓の景色が同調して下がって(相対的には上がって?)いき、ついには 1階に到着。舞台上はビルのエントランス・ロビーになり、窓の外には前庭の水が出ている噴水が見える。そして、いきなりビルの外に雨が降り始める。
 この楽しくも驚くべき窓の外の景色はコンピュータ・グラフィックス(CG)で作られていて、この後、窓景という枠を超えてさらに大胆な動きを見せる場面もある(注:ヒロインの夢がアニメーションとして現れる)。あるいは外景の摩天楼の上空を、よく観ると雲だけがゆっくり流れている、という細かい芸を見せたりもする。

 が、何より感嘆するのは、このCG(実際には CGを収めたヴィデオか)と、照明、装置、音楽、キャストの、ドンピシャとしか言いようのない同調ぶりだ。
 それも、演出デス・マカナフ Des McAnuff、振付ウェイン・シレント Wayne Cilento のトニー賞コンビをはじめとする『トミー TOMMY』のスタッフが作った、と聞けばうなずける。大がかりな装置(ジョン・アーノン John Arnone)、ヴィデオ(バットウィン+ロビン・プロダクションズ Batwin+Robin Productions, Inc.)、精妙な照明、キャストの複雑な動き、等々を見事にコントロールしてみせた『トミー』のスタッフにしてみれば、今回の舞台づくりは、“努力しないで”とは言わないものの、ほんの一歩踏み出すぐらいの感じだったのではないだろうか。

 デス・マカナフの演出は、出入りの激しい舞台を澱みなく鮮やかにさばいていく。舞台転換はミュージカル演出の見せ場の一つだが、この作品の大胆かつ繊細な舞台転換は、それがやって来るのを心待ちにしてしまうほど楽しい。
 そしてウェイン・シレントの振付は、『トミー』を上回る切れのよさを見せる。
 大きな見せ場は 4つ。オフィスのコーヒー・ブレイクの時間にコーヒーがなくて仕事をサボれないと嘆く神経症的な「Coffee Break」、女性蔑視&セクシャルハラスメントに秘書たちがセクシャルに抗議する「A Secretary is Not a Toy」、TVのクイズ番組のオープニング・ショウ「The Pirate Dance」、そして大詰め、副社長にまで昇りつめたもののライヴァルの策略で絶体絶命の窮地に追い込まれた主人公が会社首脳陣を情緒的に説得する、あきれるほどに楽天的かつ笑っちゃうほどに感動的な「Brotherhood of Man」。
 特に「Brotherhood of Man」は、同じ作者による『ガイズ・アンド・ドールズ』の「Sit Down,You're Rockin' the Boat」に似たナンバーで、ここでもショウストッパーになる。次第に盛り上がっていくゴスペル調の歌(社長秘書役リリアス・ホワイト Lilias White の圧倒的熱唱)に乗って踊り始めるダークスーツの男たちの神がかり的ダンスは、コミカルさと力強さが見事に合わさってワクワクさせられる。

 マシュー・ブロデリック Matthew Broderick 演じる主人公は、彼が映画『フェリスはある朝突然に FERRIS BUELLER'S DAY OFF』で演じた、イノセントでちゃっかりしたキャラクターに近く、不思議な魅力がある。ミュージカル初出演だが、歌も踊りも破綻はない(どちらも特にうまいわけではないが)。
 他のキャストも、誇張、類型化されたキャラクターをコミカルに演じきっている。中でも、社長の甥で出世欲は強いが無能のマザコン男バドを演じるジェフ・ブラメンクランツ Jeff Blumenkrantz の怪演が光った。

 続いて、 96年 6月 26日の観劇記(96年 7月発送「ゆけむり通信 Vol.22」)。

 『H2$』こと『努力しないで出世する方法』が 7月14日で幕を閉じた。主演のマシュー・ブロデリック Matthew Broderick が一旦役を降りた時に客足が落ちたらしいから、今回のクローズは、復帰したブロデリックのスケジュールの問題なのかもしれない。と言うのも、席は埋まっていたからだ。
 観るのは 3度目。前回(昨 95年 6月 19日)の印象が 1回目(同年 3月 22日)に比べて必ずしも芳しくなかったので、閉まる前にもう 1度確かめたかったのだが、実によく出来ているのが改めてわかって、大いに楽しんだ。

 強調したいのが、楽曲の繰り返しのうまさ。 1度目に歌われる時と 2度目とで、歌う人間や状況が変わっていて、歌の意味がまるで違ってくるのだ。

 典型的なのが「Been a Long Day」。
 時は退社時。場所はエレベータ前。同じ会社に勤める人物が 3人、エレベータが来るのを待っている。両端の 2人(男女)は、お互い相手に対して思ってることがあるが口に出せない。ところが、真ん中の人物は 2人の気持ちをお見通し。その人物が、「Now she's thinkin'」と歌うと女性の方の心の中が歌になって聞こえ、「And he's thinkin'」と歌うと男性の心の中が聞こえてくる。これがこの楽曲の構造。
 最初に出会う 3人は、互いに相手に好意を持っている主人公とヒロインのローズマリー、間に立つのは 2人を応援しているスミッティ女史。夕食に誘って欲しいローズマリーと、誘おうかなと考える主人公の仲を、女史がなんとか取り持とうとする場面。歌はじれったくも微笑ましい。
 ところが、先の 3人がエレベーターで立ち去った後に出会う 3人は、恐妻家の社長と、秘書として入社したその愛人、間にいてニヤニヤするのは出世を狙う社長の甥(社長の妻の妹の息子)。弱みを握られた者と握った者によって歌われ、いきおい楽曲は皮肉なムードに変わる。

 あるいは「I Believe in You」の場合。
 トントン拍子に出世する主人公を妬む人間は多い。そんな連中と一緒になった主人公が、エグゼクティヴ専用の洗面所で、鏡に向かってややナルシスティックに自分を励ます歌。つまり、ここでの“you”は自分のこと。
 そうやって副社長にまで登りつめた主人公だが、失敗して会社を大混乱に陥れ、姿をくらます。そんな主人公を思いやってローズマリーが同じ楽曲を歌う。ここでの“you”は、あなた、だ。
 こうした、ミュージカルならではのひねりの効いた繰り返しが、他の何曲かにもあり、そのアイディアにシビレる。

 ブロデリック復帰後の『H2$』の話題の 1つが、実生活でもガールフレンドだというサラ・ジェシカ・パーカー Sarah Jessica Parker がローズマリーを演じていることだが、このローズマリーが実にいい。ちょっと怖いくらいイノセントで、でもチャーミングなローズマリーを、パーカーはかなり戯画的に演じて、役柄の輪郭クッキリ。オリジナルの配役では他の強烈なキャラクターの陰に隠れ気味だったのが、すっくと立ち上がって見えた(注:パーカーは、この年暮れオープンの『ワンス・アポン・ア・マットレス ONCE UPON A MATTRESS』に主演する)。
 ブロデリックも、途中抜けたとはいえ、長くこなしてきたせいか、なんだか余裕たっぷりで、歌もうまくなっていたと思う。

 余談。
 このリヴァイヴァル舞台に刺激を受けて(このヴァージョンの上演権を買ったのか?)、真矢みきがトップだった宝塚花組が『ハウ・トゥ・サクシード』というタイトルで翻訳上演したが、ハイテク抜きだったので、まるでスケール感が違って見えた。でもって、ですね。ハイテクは抜いていたにもかかわらず、「Brotherhood of Man」を歌う社長秘書役が“黒塗り”だった!
 どういうんでしょうね、これ。

(4/18/2001)

Copyright ©2001 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

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