[ゆけむり通信Vol.40]

9/2/2000
『ベティ・バックリー/ディーヴァ・アット・ザ・ドンマー Betty Buckley/DEVA AT THE DONMAR』


アメリカ人のこだわり

 ブロードウェイ『キャッツ CATS』が最終公演日を迎えた 9月 10日に開かれたイヴェント『ブロードウェイ・オン・ブロードウェイ BROADWAY ON BROADWAY』で、同作品のヒット曲「Memory」を歌った(らしい)ブロードウェイ版初代グリザベラ、ベティ・バックリー。実は、長い間、僕には縁がなかった。
 『サンセット大通り SUNSET BOULEVARD』は失敗作だったから彼女が主役に就いたからといって改めては観なかったし、『トライアンフ・オブ・ラヴ TRIUMPH OF LOVE』は観た回が代役だったし、『マイ・フェイヴァリット・ブロードウェイ MY FAVORITE BROADWAY』は直前に出演キャンセルだったしで、結局、この目で生バックリーを観たのは、『スウィート・チャリティ ザ・コンサート SWEET CHARITY The Concert』の時に 1曲歌った姿のみ(しかもデュオ)。
 縁がないなあと思うと同時に、 CDなどを聴いてもイマイチその魅力をつかみきれないでいた彼女だったのだが、今回、なんとロンドンの、しかも、とても小さな劇場で出会えて、なるほど、と思った。
 パーソナルな感情が伝わる距離で、特別な演出もなく歌うバックリーは、『キャッツ』『サンセット大通り』といった大作ミュージカルの華やかな主演女優である以前に、激しく移り変わる現代を生きてきた 1人のアメリカ人であり、そうした自分の体験を元にして物語りを紡ぎ出そうとする歌手/演技者だった。そして、アメリカのシンガー・ソングライターやミュージカル界の若い楽曲作家に対する共感のまなざしは、今なおみずみずしい彼女の精神の反映に違いなく、その先に彼女が見ようとしているのは、アメリカン・ミュージカルの豊かであるべき未来。
 素晴らしいミュージカル女優の深い水脈をかいま見ることの出来た、刺激的なコンサートだった。

 もちろん「As If We Never Said Goodbye」(『サンセット大通り』)や「Memory」はキメどころ(前者が第 1部、後者が第 2部の、それぞれ最後)で歌われる。しかし、それは、ミュージカル好きの観客に対するサーヴィスという印象。むしろハイライト曲は、第 2部の中盤に歌われた「Fire and Rain」だと僕は感じた。
 日本のミュージカル・ファンにおなじみかどうかはわからないが(イギリスではどうなんだろう?)、 1970年 9月にアメリカのポップ・チャートで 3位にまで上昇した大ヒット曲。シンガー・ソングライター、ジェイムズ・テイラー James Tayler を一躍“時の人”にしてしまった、 70年(あるいは 70年代の始まり)を象徴する歌だ。
 “炎と雨”は激動の 60年代後半を象徴する言葉ととらえられ、そうした時代をくぐり抜けて深い自省の時を迎える気分を歌った、とされるこの歌を歌う前に、バックリーは、“60年代の子供たち Sixties' Children”という言葉を使った。
 「ここにいるのは 60年代の子供たちでしょ?」
 第 2部の冒頭に『ピーターパン PETER PAN』の「Neverland」を歌い、初めて観た舞台ミュージカルはメアリー・マーティン Mary Martin がピーターを演じた TV放映版(注)で、その時 8歳だったと言っていたから、 70年にはベティ・バックリーは 18歳。最も多感な時期に 60年代後半のアメリカの変動を体験した、まさに“60年代の子供たち”の 1人だ。
 そして歌われた「Fire and Rain」のアレンジは、深みを感じさせるゴスペル調。アメリカから一緒にやって来た 3人のミュージシャン(ピアノ&音楽監督/ケニー・ワーナー Kenny Werner、ベース/トニー・マリノ Tony Marino、ドラムス&パーカッション/ジェイミー・ハダッド Jamey Haddad)の演奏は、伝統に根ざした、しかも今日的な息吹も感じさせる、一級のアメリカン・ミュージック。
 それをバックに、バックリーは、激しさを秘めながらも淡々と歌い込んでいく。まるで、自分の人生を友人に語りかけるように。
 そこには、パーソナルな感触と、ストーリーテラーとしてのドラマティックな表現力との、絶妙のバランス、融合があった。

 実は、その布石は第 1部にあった。
 2人の若いアメリカ人のミュージカル楽曲作者が書いた作品を、立て続けに歌ったのだが、それがいずれも、シンガー・ソングライター的な手触りを持つもの。
 その 2人とは、ジェイソン・ロバート・ブラウン Jason Robert Brown とアダム・ゲテール Adam Guettel。
 ブラウンは 98- 99年シーズンの最高作『パレード PARADE』で、ゲテールはオフの『フロイド・コリンズ FLOYD COLLINS』で注目された人。残念ながら『フロイド・コリンズ』は観ていないが、昨年 5月にゲテール自身も歌うの彼の楽曲によるコンサートを観て深い感銘を受けた(観劇記未アップ。ゴメン)。
 ブラウンやゲテール(これに『マリー・クリスティーン MARIE CHRISTINE』のマイケル・ジョン・ラチウザ Michael John LaChiusa を加えてもいい)の楽曲に共通するのは、 1). ブルーズ、カントリー、ゴスペル、ジャズなどのアメリカのルーツ・ミュージックに 1度立ち返ってから再構築された印象があること、と、 2). 本来フィクションである劇場作品のために書かれていながら、どこか作者個人の思いの発露であるような切実な響きがあること(その対極にいるのが、アメリカ人で言えば、『ジキル&ハイド JEKYLL & HYDE』『スカーレット・ピンパーネル THE SCARLET PIMPERNEL』『南北戦争 THE CIVIL WAR』のフランク・ワイルドホーン Frank Wildhorn だが、本題を外れるので、その話はまた)。
 そうした作家たちにベティ・バックリーが反応するのは、「Fire and Rain」を自分の歌として歌うのと同じ地平にあることで、とても自然なことだろう。

 実は、今回僕がバックリーに共感を覚えたのは、この段階でだった。と言うのは、ブラウンやゲテール(やラチウザ)の楽曲の方向性こそがアメリカン・ミュージカルの新たな道を切り拓くに違いない、ということを、このところずっと考えていたからだ。まあ、僕の考えなんてのは異邦人の思いつきにすぎないのだが(笑)、バックリーのような実績のあるミュージカル女優が、彼らに敬意を払って、その楽曲を採り上げているということは、僕の思いつきも、まんざら当てずっぽうってわけでもないのかも、と思ったわけだ。
 で、その意見の一致(?)に気をよくして、ロイド・ウェバー色の濃いパブリック・イメージを持つ割にはわかってる人なんじゃん(笑)、とイメージの変更を図っていたら、ジョニ・ミッチェル Joni Mitchell らアメリカ人女性シンガー・ソングライターの楽曲やなんかを次々に歌うので、さらに認識を新たにし、「Fire and Rain」に到ってすっかり打ちのめされた、というのが事の成り行き。

 さて、この日、バックリーは、「Fire and Rain」の後にも、ドロシー・パーカー Dorothy Parker の詩に曲を付けた楽曲なんていう渋いレパートリーなどを披露。充分に懐の深さを見せたうえで、最後は前述したように、ミュージカル・ファン納得の「Memory」で締めたわけだが、もちろん、アンコールの拍手が起こった。
 そのアンコール曲。タイトルをバックリーがつぶやいた瞬間、とても納得がいったのだが、アメリカのスピリチュアルな伝承曲(だと思う)「Amazing Grace」。サウス・ダコタ生まれだと言った彼女の、心を支える 1曲なのかもしれないこの曲。ロイド・ウェバーの 2曲を除いては、とことんアメリカにこだわった、この日のコンサートらしい終幕の曲だ。しかも、バンドの演奏には不思議な不協和音を潜ませて、感傷に流されない幕切れにしたのは見事。

 しかし、こうなると、アメリカン・ミュージカルのド真ん中の直球と言うべき『ジプシー GYPSY』に主演した彼女を、ペイパー・ミルまで観にいくべきだったな、という後悔が生まれる。いや、「ゲキもは」の欲には限りがなくて困りますね(笑)。

 (注)
 1960年に NBC が制作したスペシャル番組。 54年のブロードウェイ版を演出・振付したジェローム・ロビンズ Jerome Robbins がやはり演出・振付していて、スタジオ録画ながら、かなり舞台公演的な作り。ピーター・パン役のマーティンの他、フック船長役のシリル・リチャード Cyril Ritchard も 54年版舞台のオリジナル・キャスト。アメリカではヴィデオが発売されている。

(10/2/2000)


 バックリーの年齢と出身地について、ペイパー・ミルでの『ジプシー』もご覧になったというベティ・ファンの Rieさんから、次のようなご指摘をいただきました。

 [べティは 1947年、テキサス州のフォートワース生まれの現在 56歳で、 70年には 23歳でした。]

 出身地は彼女の公式サイトにも明示されていました。迂闊でした。
 年齢については、データの他に Rie さんは直接バックリーの口からもお聞きになったそうですので、これは確実でしょう。そう思いながら観劇記に書いた彼女の発言について考えていたら、次のようなことではなかったか、と思いついたので、とりあえず書いておきます。
 (注)に書いたように、メアリー・マーティンの『ピーターパン』のブロードウェイ初演は 54年。バックリーはこの年を念頭に置いて発言したのではないか。つまり、自分が 8歳の時に初演された作品の TV版、と言った。それを僕が半端に聞いた。……と、これでも 1年のズレがあるのですが、そこは彼女の勘違いってことで。どうでしょう、ベティ(笑)。

 Rieさん、ありがとうございました。

(10/26/2003)

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