[ゆけむり通信Vol.23]

12/21/1996
『オリヴァー! OLIVER!』
12/19/1996
『スクルージ SCROOGE』


ロンドンのディケンズはハズレがない

 3年前のロンドンで一番楽しかったのが、ディケンズの小説「ピクウィック・クラブ THE POSTHUMOUS PAPERS OF THE PICKWICK CLUB」を原作にしたミュージカル『ピクウィック PICKWICK』だったが、今回も2本のディケンズ物が、やはり当たりだった。
 「オリヴァー・トゥィスト OLIVER TWIST」→『オリヴァー!』と「クリスマス・キャロル A CHRISTMAS CAROL」→『スクルージ SCROOGE』
 どちらもよく練れていて、スリルはないが安心して楽しめた。

* * * * * * * * * *

 60年にロンドンで幕を開けた『オリヴァー!』は、『ジーザス・クライスト・スーパースター』に破られるまでウェストエンド最高のロングラン記録(2,618回)を持っていたヒット作で、63年にはニューヨークに上陸、こちらも約1年半のロングランとなった。
 映画化は68年で、スタンリー・グリーン Stanley Green は[傑作映画]と書いているが(「ハリウッド・ミュージカルのすべて」音楽之友社)、個人的には映画自体よりも、静から動へ劇的に盛り上がっていく「Who Will Buy ?」のスケールの大きなダンス・シーンに感動し、中学生の頃サウンドトラック・アルバムでそこだけを飽きもせず繰り返し聴いた覚えがある。

 19世紀半ばのイギリスのとある街。孤児オリヴァーは食事のお代わりを願ったばかりに救貧院から葬儀屋に売り飛ばされるが、そこでもいじめられ、ロンドンへと逃げる。
 そこで少年ばかりのスリ集団の仲間入りをし、元締めフェイギンに命じられて初仕事に出かけるものの、逃げ遅れて1人捕まる。が、被害者の紳士ブラウンロウは、行方不明の愛娘の面影を感じたこともあってオリヴァーを自宅に引き取る。
 それを知ったフェイギンは、アジトの発覚を恐れて、凶悪なビル・サイクスにオリヴァーを誘拐させる。今やオリヴァーの命は風前の灯火!

 何と言ってもライオネル・バート Lionel Bart の楽曲が素晴らしく、やはりバートの手がけた台本も無駄がない。今回はそこにハイテクを駆使した大がかりな、だがハッタリで終わらない効果的な装置(アンソニー・ワード Anthony Ward)が加わり、スピード感のある演出(サム・メンデス Sam Mendes)と相まって、古めかしさのない、いきいきした舞台に仕上がった。
 特に、ロンドンの町中を移動する人物に合わせて流れるように移り変わっていく装置の転換のスムーズさには舌を巻いた。それに、空。場面に合わせて多様な雲が流れるのだが、そのリアルなこと。CGではないように思うのだが。

 今回のリヴァイヴァル は94年12月に幕を開け、ジョナサン・プライス Jonathan Price のフェイギンが絶賛されていたが、2年後の96年12月、フェイギンを演じていたのはロバート・リンゼイ Robert Lindsay。『ミー・アンド・マイ・ガール ME AND MY GIRL』再演の主役を演じてロンドン(85年)、ニューヨーク(86年)を一気に制覇した、あのロバート・リンゼイだ 。
 実は、もっとアクの強い演技を想像していたのだが、これが軽妙。歌も体の切れも、達者!という感じで見事に観客の心をつかんだ。僕はジョナサン・プライスを観たことがないので想像の上でも比較できないが 、リンゼイのフェイギンに、充分に満足した。

 気になったのはビル・サイクス役のスティーヴン・ハートリー Steven Hartley。迫力いっぱいで、カーテン・コールでブーイングを浴びるぐらい怖く、それはいいのだが、どうも演技の質が舞台に馴染んでいない気がした。彼が出てくると空気が変わるのだ。それがビル・サイクスという役なのかもしれないが。
 それから、子役たちの力がやや弱い、とも思った。

 とは言え、完成度の高い、安定した舞台であることは間違いない。
 ただ、お門違いと知りつつ不満を言えば、「Who Will Buy ?」でのダンスが映画版ほど劇的には盛り上がらないのが、勝手な期待の結果とは言え心残り。

* * * * * * * * * *

 『スクルージ』の初演は92年の11月9日、バーミンガムで、とオリジナル・キャスト・アルバムにある。題材から言って“季節物”に違いないから、その後毎年のように冬を迎えると上演されているのだと思う。日本でも市村正規や三田村邦彦の主演で上演された、その本家がこれだ。もっとも、舞台の前に映画があり、原題は同じだが日本では『クリスマス・キャロル』のタイトルで公開されている(70年)。

 人間不信で守銭奴と化している老人、スクルージは、クリスマス・イヴに現われた、かつての共同経営者の幽霊に導かれ、3人のクリスマスの霊と共に過去・現在・未来を一夜にして旅し、温かい心を取り戻す。
 明けてクリスマス。生まれ変わったスクルージは他人のために金を遣うことに喜びを覚えるのだった。

 お馴染みの話、わかっちゃいるけど泣かされました。特に、幼くして亡くなる運命のタイニー・ティムのくだり。
 泣かせのツボで泣かされてどうするってなもんだが、アンソニー・ニューリーAnthony Newley のスクルージの、胸に迫る、それでいて重苦しさをまるで感じさせない“軽深”な歌と演技には降参。カーテン・コールが繰り返された後、最後に一人残って喝采を受け舞台中央を向こうに去っていく飄々とした姿は、まさに千両役者。
 演じるのは4度目、とプログラムにあるから、初演以来ずっとなのだろう。当たり役として充分に練り上げられていて、余裕たっぷりだった。

 レズリー・ブリカッス Leslie Bricusseによる楽曲 は、これ、という傑出した曲はないものの、どれも自然で温かみがある。
 そんな中で、「Thank You Very Much」という陽気なナンバーが、ショーン・キングズリーSean Kingsley というダンサーのタップを中心にしたにぎやかなダンス・シーンに仕立てられて、印象に残った。

 この題材には付き物の(霊が現れたり消えたり飛んだりするわけでありますから)イリュージョンと呼ばれるトリックも、大がかりではないがアイディアを駆使して楽しい。
 その効果から言えば、大規模な装置を使ったマジソン・スクエア・ガーデン、パラマウント劇場の『クリスマス・キャロル CHRISTMAS CAROL』に決して引けを取っていない。

 冬のロンドンを訪れて時間に余裕があったなら(もちろんその時にやっていたらですが)、ぜひ。さほどミュージカル好きでない方でも楽しめるはず。あ、トンガッている人の場合は保証できませんが。

* * * * * * * * * *

 こうしたオーソドックスなディケンズ物に僕が満足するのは、ロンドンだからこそ、と思うのだ。
 ロンドンのミュージカルは、ロンドンを舞台にした、かっちりした作りの物の方が、質が高いことが多い。少ない経験ながら、そう思う。
 そうでない物はどこかあざとい、というのが2度のロンドン訪問で感じた印象だ。


余談/ディケンズとデイヴィスのディープな関係

 昨年出たリプリーズ時代のサミー・デイヴィス・ジュニア Sammy Davis Jr.のベストCD『I'VE GOTTA BE ME:THE BEST OF SAMMY DAVIS JR.ON REPRISE』に、このディケンズ・ミュージカル2作に関連する曲が、全15曲中7曲も入っている。
 と言っても、直接の収録は『オリヴァー!』の「As Long As He Needs Me」(デイヴィスは「As Long As She Needs Me」と歌い変えている)だけで、残りは『スクルージ』の作者ブリカッスが関わった曲ということなのだが、その内の1曲は先に挙げたディケンズ・ミュージカル『ピクウィック』の感動的な名曲「If I Ruled The World」だ。

 で、残る5曲だが、これが全てブリカッスとアンソニー・ニューリーの共作。と言えば、わかる人はすぐにわかると思う。
 2人が楽曲も台本も書き、ニューリーは主演もした2本のミュージカル『地球を止めろ―俺は降りたいSTOP THE WORLD―I WANT TO GET OFF』(ロンドン61年、ニューヨーク62年)『ドーランの叫び―観客の匂い THE ROAR OF THE GREASEPAINT―THE SMELL OF THE CROWD』(ニューヨーク65年、ロンドンなし)の曲なのだ(4曲が前者、1曲が後者)。

 CDのライナーノーツによれば、デイヴィスはどうやらブリカッス&ニューリーと連携していたようだ。多分にミュージカルの宣伝の意味も含んでの録音だったのだろう。
 そう思って資料を見ていたら、これら4つのミュージカルのブロードウェイ版は全て剛腕デイヴィッド・メリック David Merrick のプロデュースだった。なるほど。
 なお、77年にデイヴィスは前者のリメイクに主演し、それは「SAMMY STOP THE WORLD」というタイトルで映画化もされたらしい。

Copyright ©1997 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

[ゆけむり通信Vol.23 INDEX]


[HOME]