鴻上尚史VS.太田和彦論争に期待

 演劇情報誌「シアターガイド」は毎号買っているが、公演情報以外で読むのは、久世星佳のエッセイとあと2、3。だもんで見逃していたのだが、8月号をパラパラやっていたら、編集後記の裏側のページに大変なと言うか大切な(だな)記事が載っていた。

 「読者の皆様へ」というタイトルの付いたその記事の内容は、同誌4月号に載った太田和彦氏の連載エッセイ第6回に対する鴻上尚史氏からの抗議を含んだ“手紙”と、それに対する太田氏の回答、及び編集長による経過説明。

 そのエッセイで太田氏は、友人たちとの座談というスタイルで、鴻上氏の『朝日のような夕日をつれて'97』を酷評しているのだが(引っぱり出して読みました)、その中で太田氏が、91年上演のヴァージョンにはあったが今回の舞台では使われなかったセリフを引用して批判している、という事実があったらしいのだ(らしいと言うのは僕は舞台を観てないからだが、ご両人が認めているのだからそうなのだろう)。

 で、以下、伊東編集長の説明によりますと――、

 鴻上氏から編集部宛に、その件に関する質問状が送られる。
 編集部は事実確認を行なうと共に太田氏に連絡。
 太田氏から6月号の同エッセイに訂正謝罪文を掲載の提案。
 鴻上氏、先の質問状の全文掲載を希望、訂正謝罪文掲載提案拒否。

 簡単に言えばそういう経緯を経て、鴻上氏が新たに書き起こした(恐らく先の質問状を簡潔にした)“手紙”が8月号に掲載されることになった、ということのようだ。

 鴻上氏はこの“手紙”の中で、実際には使われなかったセリフを引用したこと以上に、鴻上氏の質問状に対して太田氏が提案した訂正謝罪文の内容が理解できない、と憤っている(ご本人は混乱していると表現しているが、憤っている。たぶん)。
 早い話、鴻上氏は質問状によって論争を仕掛けたわけだ。それを太田氏は、訂正謝罪文という形で逃げた。そう鴻上氏は判断して、憤っているのだと思う。
 そして再び、この“手紙”で、鴻上氏は論争しようと訴えている。

 それに対して書かれた太田氏の“返事”は、論争という点から言えば逃げ腰に見える。少なくとも、そこに書かれてある内容は反論になっていない。

 僕は『朝日のような夕日をつれて'97』を観ていないので門外漢なのですが、[恥ずかしい言い方]と言いながら鴻上氏が書いているように、この論争は、[演劇界のため]にぜひやっていただきたい。
 有意義な批評がほとんどない日本演劇界において、改めて批評のあり方を問う、いい機会になるはずです。
 どちらの言い分が正しいか、よりも、鴻上氏は自分の書いた舞台を背負って、太田氏は自分の書いた批評(劇評ではないと編集長は言ったそうですが、どう読んでも劇評でしょう)を背負って、正面からぶつかり合うことそれ自体に意味があると思います

 「シアターガイド」も腰が引け気味なので心配ですが、舞台は変わってもいい。僕は「ゲキもは」者として見守っていくつもりです。

(7/21/1997)

※「ゲキもは」の意味はこのコーナーで確認してください。

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