『日劇物語』をどうしても撮ってほしい会
(略称 N.D.T.) Vol.2

N.D.T.の詳細はこちらをご覧ください。

 『香港ラプソディー』再演委員会と並ぶ、本サイトが呼びかける 2大運動の 1つ、『日劇物語』をどうしても撮ってほしい会(略称 N.D.T.)は、発起人の僕自身がほとんどその存在を忘れかけていましたが(笑)、『香港ラプソディー』再演委員会同様、賛同メールをいただいたおかげで、再始動することになりました。
 では、賛同者第 1号、「ゲキもは」の友でもある NANA さんからいただいたメールを紹介します。

 日劇がつぶれた 81年(あぁ、『ピーターパン』初演と同じ年だ……)当時私は小 5でしたが、こんな幼かった私でも日劇は懐かしい場所です。さすがに最近はなくなりましたが、社会人になって有楽町に行く機会が増えた頃、マリオン前に立つ度に「嗚呼日劇よ…」なんて思ってました(笑)。

 よく覚えているのは、楽屋に行く時に乗るエレベーター(舞台の思い出じゃない のが私らしい)。古いタイプのエレベーターで、ドアが手動なんですよ。マジックハンドみたいな折りたたみ式で(こーゆーのってなんて言うんですか?)、ガラスなんてもちろん入ってなくて、ボロボロで暴れたら壊れてしまいそうな(笑)。
 舞台で覚えてるのは、フィンガー 5のコンサートで最後列から「アキラ〜〜〜〜〜!」と叫んだことと、裸のオネーサン方が踊ってたこと。

 私には小さい頃のほんの少しの思い出しかありませんが、それでも「日劇」は懐かしい場所ですし、この年になったからこそ、改めて「日劇のレビュー」を観てみたいです。
 ということで、もう遅いかも知れませんが、 N.D.T. に賛同いたします。

 NANA さん、ありがとうございます。
 日劇のことを体験としては何も知らない僕には、うらやましい限りの思い出です。その楽屋に向かうエレベーターなんて、和田監督がうまく使いそうだなあ。

 ホントのところ、この N.D.T. は、かなり実現性の低い運動なんです。と言うのは――、
 1)、ショウ場面の再現があることから考えて、かなりの予算を必要とする映画になることが予想される。
 2)、和田誠監督がキャスティングしようとしたメインの役者が、 7年前の真田広之と倍賞美津子だった。
 ――からです。
 元々、バブルの崩壊で資金繰りがつかなくなってご破算になった企画ですから、 1) の資金面はかなりの難問なんですが、それ以上に、和田監督のイメージした主要キャストの 1人である倍賞美津子の出演がむずかしいだろうという 2) の問題が、今となっては大きい気がします。

 が、ともあれ、和田監督自身の書いた脚本はあるわけだし、見果てぬ夢として、この運動に参加しませんか?
 僕としては、日本の舞台エンタテインメントのバックステージに多くの人が関心を持つきっかけになればいい、とも思っています。なにも海外のバックステージものを買ってこなくても、日本には魅力的な題材がいくつもあるんだってことです。
 映画にならないなら舞台に。どうです、東宝のみなさん。

(7/26/1999)

 NANA さんから、追加の訂正メールをいただきました。

 父にそれとなく確認して見たら、あのエレベーターは日劇の上にあった日劇ミュージック・ホールに行くためのエレベーターで、客席に行くにも楽屋に行くにも同じエレベーターを使っていたそうです。
 「日劇」と「ミュージック・ホール」の違いも知らない若輩者の故、ごっちゃになってしまっていました。ごめんなさい。

 でも、 N.D.T. に賛同する気持ちに変わりはありません。念の為(笑)。

 日劇ミュージック・ホールは日劇の中にあった小さい劇場で、ヌード・ダンサーの登場する、やや趣の違うショウを上演していた。というのが僕の認識ですが、 NANA さん、それでよろしいでしょうか。
 目指していたのは、フランスのクラブ・ショウなんでしょうか。こちらにはこちらのファンが数多くいた、という話をいろんな本で読んだりします。
 そういう小振りな劇場も楽しいですよね。

(7/31/1999)

あなたも N.D.T. への賛同メッセージを送ってください。

Copyright ©1999 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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