この本にご用心!

 この本とは、最近店頭に並んだ「ブロードウェイ・ミュージカル」(文春新書)。
 以前、この本の著者の書いた、日経新聞と月刊プレイボーイの記事について、 [HELLO!] Jul.-Aug./1998 の 8月 14日分と 8月 30日分で、執筆者名を伏せて批判したことがあったが、その後者の記事を(もちろん訂正することなく)ふくらませる形で、この人、新書 1冊分の原稿を書いてしまったのだ。

 タイトルがタイトルだけに、このサイトを訪れるみなさんが手に取る可能性が高いわけだが、ご用心! アブナイ本です

 どうアブナイかを言う前に、念のため、前述の [HELLO!] に書いた批判を再録しておく。
 まずは、 8月 14日分。

 先週から日経新聞の水曜日の夕刊に、とある翻訳家・エッセイストの人がミュージカルに関するコラムを書いてまして(たぶん 3週連続)、先週分で『ライオン・キング』、今週は『レント』を持ち上げて、それぞれ日本公演の話で締めているあたり、なにやら宣伝臭いんですが、それはまあいいとして、気になったことが 1つ。
 『ライオン・キング』のチケットが [半年ぐらい先まで売り切れてしまっている] と書いた後で、こう言ってるんです。
 [私は、出版社の人に頼んでやっとのことで手に入れてもらった]。
 何気なく書いたんだと思いますが、すごくマズい。これだと、関係者が手を回せばブロードウェイのチケットも日本のように取れてしまうみたいじゃないですか。
 おそらく、そのチケットはダフ屋経由で買ったのだと思う(料金は誰が払ったのでしょう?)。ブロードウェイのチケットの貴重さについては、ぜひ大平和登「ブロードウェイ」(作品社)の P.258から P.260をお読みいただきたい。バンバン招待券をバラまく日本とは、チケットに対する認識が違うんだから。

 続いて、 8月 30日分。

 8月 14日のこのページで、とある翻訳家・エッセイストの人が書いた新聞記事に小言をたれましたが、その人が今度は同じ今春のブロードウェイ観劇をネタに、月刊プレイボーイに長い記事(しかも前編)を書いています(要するに、この記事の取材ということで観劇し、それを新聞にも振ったということですな)。
 で、まあ、読んだんですが、 [私はブロードウェイの舞台をもう二十年近く見てきたが] とおっしゃる割には、けっこう事実誤認がある。
 例えば、 [一九九三年にライヴェントが、九四年にディズニーが進出したあと、ブロードウェイでは、高い製作費をかけた大作ミュージカルの上演が相次いでいる] と書いているが、ブロードウェイ・ミュージカルの製作費アップはそれ以前から言われ続けていることで、大きな転機があったとすれば、それはむしろ『キャッツ』でしょう。
 また、 [こうした豪華な舞台(注/『ショウ・ボート』『ラグタイム』)をライヴェントが成功させたことが、その後のブロードウェイで、(中略)『キャバレー』『シカゴ』、あるいは『サウンド・オブ・ミュージック』などのリバイバル上映(注/上演の間違いだろう)を実現させる牽引車になっていることも間違いない] という意見は、はっきり言って間違い。『キャバレー』を製作したラウンダバウト劇場は『ショウ・ボート』登場以前から良質のリヴァイヴァル上演で固定客をがっちりつかんでいたし、『シカゴ』を生み出したシティ・センターのアンコールズ!のシリーズも『ショウ・ボート』が秋にブロードウェイ入りした 94年の春に第 1弾をスタートさせている。
 だいたい、この春に初めて『レント』を観た、なんて書いてたんで怪しいと思ってましたが、これはいけない。好きは好きでけっこう。お仲間ですから。でも、思い込みだけで公に記事書いちゃいけませんよ。

 問題の本は、冒頭に書いたように、月刊プレイボーイに 2号にわたって掲載された記事を元にして出来上がっている。
 構成としては、 98年春の観劇体験を元にした 98年夏の時点でのブロードウェイ・ミュージカルの現状分析(月刊プレイボーイの記事)、プラス、著者が“新たに書き下ろした”ブロードウェイの歴史。

 この本のどこがアブナイかと言えば、 96年春にオープンして大きな話題を呼んだ『レント』を 2年後に初めて観るような人が「ブロードウェイ・ミュージカル」というタイトルの本を書いてしまうという神経が、まずアブナイのだが、それはまあ置くとしても、本のきっかけになっている記事(繰り返すが、それがそのまま本に収められている)の中に、シロウトの僕でも気がつくような大きな事実誤認があるというのがアブナイ。
 ブロードウェイ・ミュージカルに対する認識が甘いというか、観察力がないというか、とにかく、これでは著者の発言の信憑性を疑わざるを得ない。

 けれども、それもまあ百歩譲って、例えば、見解の相違というようなことにしてもいい。
 しかし! これだけは譲れないというアブナイところが、この本にはある。それは、参考文献を全く書いていないことだ。
 後半の“ブロードウェイの歴史”の部分、著者は自分が体験してきたことだけを元にして書き上げたと言うのだろうか。確か、著者のブロードウェイ観劇歴は足かけで言っても 20年に満たないのではなかったか。仮に、その 20年は自分の観たことだけを書いたとして(!!)、ではそれ以前の記述は全て著者の想像なのか。
 実はこの参考文献に関する問題、僕は月刊プレイボーイの記事を読んだ時点で感じていた。中に、業界の裏事情に関することや、何人かのニューヨーク舞台人の発言が出てくるのだが、それがどうも、直接取材したものばかりではなさそうな気がしたのだ。にもかかわらず、その記事にも情報の出所を明らかにする記述は全くなかった……。

 でもまあ、著述家たるもの、まさか参考文献を明記せずに他人の発表した情報を引用・援用して自分の本を書き上げてしまうはずはない。おそらく、参考にした情報の発信源全てに断りを入れ、かつ参考文献として明記しないことの了承も取ったのだろう。もし、そうでないとしたら、“ブロードウェイの歴史”の部分は著者の想像の産物ということになってしまうもの……?
 どっちにしても、この本に書かれた“ブロードウェイの歴史”の新味のなさに変わりはないのだが

 とにかく、この本にはご用心! あなたのお友達でこの本に関心を示しそうな方がいらしたら、ぜひこの情報を伝えてさしあげてください。
 ご参考までに申し上げますと、この本の内容、僕は入念な立ち読みで確認しました。

(5/26/1999)

Copyright ©1999 Masahiro‘Misoppa ’Mizuguchi

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