ある“ミュージカル本”成立の裏事情

〜「まるごと1冊ミュージカル」をめぐって〜

 前回「劇団四季と浅利慶太」のみならず、このサイトでは、ミュージカル関連本の批判を行なってきた(「ブロードウェイ・ミュージカル」批判、「ザッツブロードウェイミュージカル」批判)。と同時に、こちらでは、オススメ本も紹介してある。
 そのどちらでも採り上げていないミュージカル関連本もあって、いずれ追加しようと思っている古い本もあるのだが、最近出ている多くの本は、扇田昭彦氏の著作を除けば多くがガイド本の類で、まあどうでもいいやって気持ちで見過ごしているというのが正直なところ。
 ガイド本の情報って、オンラインで収集出来てしまうようなものが多いし、すぐに古くなってしまうから、わざわざお金払って買うほどの価値がない。それに、確かさにおいても本の方がネットの情報より信用出来るとは限らない。だから紹介してもしようがないし、かと言って、いちいち批判することもないだろう。そんな気持ち。
 しかし――。
 昨日、書店で、「知ってるようで知らないミュージカルおもしろ雑学事典」(ヤマハミュージックメディア)という本を見つけるに及んで、気持ちが変わった。著者名は石原隆司。奥付の紹介欄には、 [演劇・音楽評論家] という肩書きがあり、 [現代ミュージカル、劇場論、ショー・マネージメントに関しては第一人者との評価が高い] という表現も見える。
 石原隆司という人の名前のついたミュージカル関連本が出るのは、これで 3冊目。 1冊目が 98年に出た「まるごと1冊ミュージカル」(音楽之友)。 2冊目が 00年の「ミュージカル完全ガイド」(音楽之友)。
 その 1冊目の、「まるごと1冊ミュージカル」という本に、僕は、ほんの少し関わりがある。写真を提供し、名前が載っているのだ。その時には、石原氏の名前で 3冊ものミュージカル関連本が出ることになるなどとは思ってもみなかった。なぜなら……、というのが今回の話。
 「まるごと1冊ミュージカル」という本が成立した裏事情を語って、その本と僕との“関係のなさ”を証明しておきたい。
 

* * * * * * * * * *

 「まるごと1冊ミュージカル」には、石原氏の他にもう 1人、著者の名前が載っている。松崎巌という人だ。
 実は、最終的に「まるごと1冊ミュージカル」と題されることになったこの本は、そもそもは、その松崎氏の遺稿集として、出版されるはずだったのだ。少なくとも僕は、そう聞いていた。

 旅行関係(航空関係だったか)の仕事をされていたという故松崎巌氏は、海外で舞台を観ることが多く、その舞台評が時折、新聞(産経と聞いた気がする)に載っていたらしい。で、ニューヨーク在住の僕の友人が生前の松崎氏と親しく、その友人は、松崎氏没後に松崎氏の友人ということで石原氏を知った。――と、そういう人間関係が、僕が石原氏と出会う前にあった。
 そんなわけで、僕が石原氏と会うことになるのは、そのニューヨークの友人を介してだ。 96年か 97年頃のことだと思うが、例によってニューヨークに観劇に行った折、やはりミュージカルが好きでニューヨークやロンドンに行っている人がいる、という話を聞いた。それからしばらくして、その友人が先方に伝えたのだろう、石原氏から勤め先に電話がかかって来て、お目にかかった。

 最初にお目にかかった時に、すでに松崎氏の話が出たような気がする。「友人の遺稿なのでなんとか本にしてあげたい」、という風に。
 出版社に勤めていて単行本の部署にいたこともある僕は、有名でない人の演劇評論集の出版はむずかしいんじゃないかな、と考えたが、情熱をもってやろうとしていることに水を差す必要はないので、黙って話を聞いていた。そのうちに、音楽之友社から出版が決まったという連絡があり、へえ、と思った。専門書の出版社だけあって、地味な内容の本でもじっくり売っていくということなのかなあ、と半ば感心したのだ。
 それからしばらく経って、石原氏から、ブロードウェイ周辺を撮った写真を何点か貸してほしいと依頼された。ガイド・ブック的な部分も加えなくてはならず、そこで使いたいので、という話だった。ガイド・ブック的な部分うんぬんという要求は確かに出版社の側から出てくるかもしれないなと思い、僕は了解した。
 ところが、話を聞いていると、そもそも松崎氏の遺した原稿の量が少ないので石原氏が書き足さなければならなくなっている状況だという。そうまでして出す必要があるのか、という疑問が浮かぶ。が、自ら持ち込んだ企画なのだとしたら、今さら引き返せないのかもしれない。しかし……。
 そんなことを考えたりしている内に、出来あがった本を書店で見つけて愕然とした。

 「まるごと1冊ミュージカル」と題された本を見て驚いたことはいくつかあるが、まず、えっ!? と思ったのは、著者名が、連名になっているのはともかく、並びが、石原隆司、松崎巌、の順になっていたことだった。

 しかし、中身を見てもっと驚いた。次に目次を掲げてみる。

 第 1章 ミュージカルのできるまで
 第 2章 ミュージカルの裏舞台
 第 3章 ミュージカル作品紹介49
 第 4章 ミュージカルおもしろデータ
 第 5章 チケット入手法の極意
 第 6章 本場ニューヨークへミュージカルを見に行く
 第 7章 ミュージカル・シアター・ガイド

 この内、舞台評にあたる部分は、第 3章のみ。
 しかし、それはまあ、ひとまず置いておこう。上に書いたように、出版社の要求に妥協せざるをえなかったのだと強引に考えて。
 最大の問題は、その「ミュージカル作品紹介49」の中身だ。
 書かれている内容については触れない(作品紹介という呼び方に“逃げ”を感じるが)。それより、もっと根本的なところに大疑問。
 作品紹介の文章の、どれを誰が書いたのかがわからないのだ。
 趣旨は“松崎氏の遺稿集作り”ではなかったのか。だとすれば、少なくとも、松崎氏の書いた舞台評がどれか特定出来るようにする必要があったのではないのか(それとも、特定出来ない理由があったのか。例えば、松崎氏の原稿にも手を加えた、とか)。

 そもそも、遺稿集を出版しようというのであれば、趣旨を曲げてまで既存の出版社から出す必要はないのだ。費用はかかるが、自費出版すればいい。それは、むずかしいことではないはずだ。
 にもかかわらず、なぜ、このような形にしてまで既存の出版社から出版しようとしたのか。
 確たる答を僕が持っているわけではない。しかし、それまで目立った執筆活動をしていたとは思えない石原氏(さる新聞社の事業部にお勤めと聞いた)が、その後、前記のミュージカル関連本の出版のみならず、演劇評論家を名乗って宝塚歌劇のプログラムなどにも何事かを書いていたりするのを見ると、自ずから動機が見えてくるような気がする(参考までに書き添えれば、この松崎巌氏との共著出版の後、石原氏は、ミュージカルとは関係のない本も 2冊出版している)。

 ともあれ、「まるごと1冊ミュージカル」という本は、僕の聞いていたような趣旨の本ではなかった。
 作品紹介以外の章で書かれている記事の情報源が明らかにされていないのも気になる。そう言えば、あるサイトで、この本の『レント RENT』の人物紹介に誤りがあることが指摘されてもいた。
 そんなわけで、僕の名前が載っているけれども、「まるごと1冊ミュージカル」、けっしてオススメ出来る本ではありません。

(12/31/2002)

Copyright ©2002 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

previous/next


[HOME]