[M・M対決/Vol.1]

『マ(ン)マ・ミーア!』の“新奇さ”とは

掲示板の過去ログ [前編] [後編]

 今回のこの論議(上記の過去ログを読んでください)、ざっくり言って、ポイントは 2つあると思われます。

 1). 他人に観るべきミュージカルを薦める時の姿勢。
 2). 『マ(ン)マ・ミーア! MAMMA MIA!』のような既成の楽曲を使った“ヒットソング・ミュージカル”(by KJさん)の是非。

 長くなるので、ここでは 2). についてだけ(残りは別項で)。

 結論から言うと、既成の楽曲を使ったものだろうがなんだろうが、よく出来ていれば“是”だし、『マ(ン)マ・ミーア!』のように粗雑な作りだと“非”だ、ということです。
 まあ、これが回答の全てで、『マ(ン)マ・ミーア!』の作りがいかに粗雑かは、観劇記を読んでください、ということになるんですが(笑)、ここではむしろ、『マ(ン)マ・ミーア!』が特別取り沙汰される価値があるほど“新しい”のかどうか、について検証しましょう。

 とりあえず、『マ(ン)マ・ミーア!』の手法について整理すると――。
 KJさんによる“ヒットソング・ミュージカル”(掲示板No.220)という表現は、掲示板の No.213で宮城さんが、 [ポップス・ロック界のミュージシャンのヒット・ソングを並べたミュージカル作り] と書いたのを受けたものだと思われますが、こうした言い方だけでは『マ(ン)マ・ミーア!』の手法の特徴を表わしきれていません。さらに、この No.213の中で、宮城さんは、『マ(ン)マ・ミーア!』を [過去にヒットした作品を並べたものという奇想天外なもの] と言い、その手法がこれまでになかったものだということを説明しようと試みているのですが、考えが整理されていないので、よけい混乱させる結果になっています。

 アバ ABBA の中心メンバーだったビヨルン・ウルヴァース Bjorn Ulvaeus とベニー・アンダーソン Benny Andersson の書いた(一部スティグ・アンダーソン Stig Anderson 共作)楽曲によるミュージカル『マ(ン)マ・ミーア!』の手法の“新奇さ”とは何か。あえて言えば、それは、舞台の仕事とは関わりのない特定のアーティストが放った既成のヒット曲だけを使って、そのアーティストとは無関係のオリジナル・ストーリーを持ったブック・ミュージカルを作った、ということになります。

 この条件がどのくらい“新奇”かを証明するために、突然ですが(笑)、ここで、『クレイジー・フォー・ユー CRAZY FOR YOU』『スモーキー・ジョーズ・カフェ SMOKEY JOE'S CAFE』『オールウェイズ…パッツィ・クライン ALWAYS...PATSY CLINE』『サタデー・ナイト・フィーバー SATURDAY NIGHT FEVER』について考えてみましょう(もっといい例があるかもしれませんが、とりあえず僕の観たもので)。いずれも、 [ヒット・ソングを並べたミュージカル作り] がなされている作品です。

 かつてアメリカでは、舞台ミュージカルのオリジナル楽曲から多くのヒット曲が生まれていました。今スタンダード・ナンバーと呼ばれる楽曲のほとんどがミュージカル・ナンバーであることを考えると、ミュージカルは、一方でヒット曲を生み出すシステムとして機能していたと言ってもいい。だから、ミュージカルにわざわざ既成のヒット曲を使うなんてことは考えられなかったわけです。しかし、それはロックンロールが登場する(1955年前後)以前の話。ロックンロールと廉価で扱いやすいドーナツ盤の普及をきっかけに、ヒット・チャートを支えるレコードの購買層がしだいに若年化していき、ビートルズ The Beatles の人気が爆発するあたりを境に、舞台ミュージカルの楽曲がチャートからほとんど姿を消してしまいます(もちろん、いくつかの例外はありますが)。
 これは余談ですが、その象徴的な 1曲が、ビートルズの 2枚目のアルバム『WITH THE BEATLES』(63年)収録の「Till There Was You」ではないでしょうか。ごぞんじ『ザ・ミュージック・マン THE MUSIC MAN』の名バラード。これ、たぶん、62年製作の映画版を観たか、映画公開に伴ってヒットしていた同曲を聴いて、ビートルズ(おそらくポール・マッカートニー Paul McCartony)が採り上げたと思われます。ミュージカルの楽曲がヒット・チャート上で現役だった時期の最後と、ビートルズがロックンロールで音楽市場を塗り替え始める時期とが一瞬交錯した。そんな印象を受けます。
 閑話休題。
 とにかく、そのように舞台ミュージカルは、かつてはヒット曲の世界と隣り合わせにあった。それがある時期から、ヒット曲の世界の方が離れていってしまう。楽曲に沿って言い換えると、かつては舞台ミュージカルの楽曲作家がヒット曲作家だったのだが、ある時期から舞台ミュージカルの楽曲作家ではない人たちがヒット曲作家として働くようになった、ということです。その構造は今も基本的には変わっていません。
 そうなって初めて既成のヒット曲を使ったミュージカルというものが生まれてきたのだ、と考えられます。その比較的最近の例が、前掲の 4作です。

 で、ヒット曲の成り立ちから考えると――、
 『クレイジー・フォー・ユー』は、舞台ミュージカルから生まれたヒット曲(ジョージ&アイラ・ガーシュウィン George & Ira Gershwin 曲・詞)を並べた作品。
 『スモーキー・ジョーズ・カフェ』は、ロックンロール、リズム・アンド・ブルーズ系のヒット曲(ジェリー・リーバー&マイク・ストーラー Jerry Leiber & Mike Stoller 曲・詞)を並べた作品。
 『オールウェイズ…パッツィ・クライン』も、カントリーのヒット曲(パッツィ・クライン Patsy Cline 歌唱)を並べた作品。
 『サタデー・ナイト・フィーバー』は、同名の映画のバックに使われてヒットしたビー・ジーズ The Bee Gees の楽曲を、出演者が歌う形に変えて並べた作品。
 ――ということになる。
 『クレイジー・フォー・ユー』以外の 3作品が、『マ(ン)マ・ミーア!』同様、舞台の仕事とは関わりのない特定のアーティスト(とりあえず楽曲作者もアーティストと考える)が放った既成のヒット曲だけを使って作られた作品です。しかし、『スモーキー・ジョーズ・カフェ』のスタイルはレヴューで、ストーリーのあるブック・ミュージカルではない。『オールウェイズ…パッツィ・クライン』は、ブック・ミュージカルですが、ストーリーが楽曲を歌ったアーティスト、パッツィ・クラインの半生を描いたもの。そして、『サタデー・ナイト・フィーバー』は、ブック・ミュージカルで、ストーリーもビー・ジーズとは関係ありませんが、映画を踏襲しているのでオリジナルではない。細かく見ると、いずれも『マ(ン)マ・ミーア!』の“新奇さ”の条件から若干ズレています。
 逆に、『クレイジー・フォー・ユー』は、使われているヒット曲が舞台の楽曲作家によって作られたという点を除けば、『マ(ン)マ・ミーア!』と驚くほど似ている。アイディアの大元に 30年に作られた『ガール・クレイジー GIRL CRAZY』があることを指摘する人もいるかもしれませんが、別のミュージカルから大量に楽曲が加えられており、ストーリーも似ている部分もあるが別物で、 92年の新作と考えて問題ない。だとすると、『クレイジー・フォー・ユー』は、特定のアーティスト(ガーシュウィン兄弟)が放った既成のヒット曲だけを使って作られた、そのアーティストとは無関係のストーリーを持ったブック・ミュージカルなのです。

 ともあれ、僕の知る限りでは、こうして似たような条件のミュージカルは山ほどあるけれども、「舞台の仕事とは関わりのない特定のアーティストが放った既成のヒット曲だけを使って、そのアーティストとは無関係のオリジナル・ストーリーを持ったブック・ミュージカルを作った」という条件を満たす作品は『マ(ン)マ・ミーア!』しかない。いかに『マ(ン)マ・ミーア!』が“新奇”な作品か、納得していただけたでしょうか。――というのは皮肉(笑)。
 かように“類似品”の多いことからもわかるように、『マ(ン)マ・ミーア!』の“新奇さ”とは実に微妙なものなのです。

 ついでですから、ここで、 93年 10月 29日にロンドンで観た『ホット・スタッフ HOT STUFF』(CAMBRIDGE THEATRE)と 92年 5月 25日にニューヨークで観た『モーという名の 5人の男 FIVE GUYS NAMED MOE』(EUGENE O'NEAL THEATRE)という、観劇記未アップだったミュージカルの話をして、さらに『マ(ン)マ・ミーア!』の“新奇さ”の怪しさを追いつめましょう。
 ゆけむり通信 Vol.10と Vol.13(共にウェブサイト未掲載)から、観劇記を、一部編集しつつ転載します。

 [『バディ BUDDY』が“そっくりショウ”ならこちらは“カラオケ大会”という印象なのが、“THE 70'S MUSICAL”と銘打たれた『ホット・スタッフ』
 作品タイトルはあのドナ・サマー Donna Summer のヒット曲。オープニングがワイルド・チェリー Wild Cherry の「Play That Funky Music」、続けて「Hot Stuff」と来るので、これはてっきり「ソウル・トレイン」か、と思うととんでもない。サイモン&ガーファンクル Simon & Garfunkel は出るはダニー・オズモンド Danny Osmond は出るはクイーン Queen は出るはアバ Abba は出るはセックス・ピストルズ The Sex Pistols は出るはケイト・ブッシュ Kate Bush は出るは、ごちゃ混ぜの 70年代ヒット曲集だ。それを出演者たちが、時に陶酔しながら、時にパロディ的に、時に大騒ぎで (もちろん全て演技だが) 歌うので、印象がカラオケ大会なのだ。
 長髪にベルボトムのジーンズという典型的 70年代ファッションの青年が、恋人が止めるのも聞かず、面白半分で黒魔術を唱える。願いはロック・スターになってゴージャスな恋人を得ること。案の定、本当に悪魔 (メフィストフェレスならぬメイヴィス・ド・フォリーズ) が現れ、願いを叶えてくれる。ところがロック・スターの人生は過酷で、その上ゴージャスな恋人というのが、大男が女装してコロッケの真似をしているような女(実際に男優の女装)。さあどうなる。というストーリーが、あることはある。
 しかし、『バディ』同様、ここでも主眼は音楽。ほとんどの曲がオリジナルに近いアレンジなので、イントロが流れる度に客席から歓声が起こる。曲によっては(例えば「We Will Rock You」。だいたいクイーンでの盛り上がりは凄い)大合唱になる。まさにライヴ疑似体験。(後略)]
 (『バディ』については、この『ホット・スタッフ』にも一瞬触れている「ロンドン産ミュージカルは“あざとい”」を読んでください)

 [『モーという名の 5人の男』は今シーズンの新作ミュージカル中唯一のロンドン産。プロデューサーは(中略)キャメロン・マッキントッシュ Cameron Mackintosh。とは言え、タイトルからわかる (人はわかる) 通りアフロ・アメリカンである偉大なるルイ・ジョーダン Louis Jordan の音楽によるミュージカルで、演じているのも 6人のアフロ・アメリカン。落ち込んでラジオに合わせてブルーズを歌っている青年の前に、ラジオの中から 5人のモーが現れ、青年を励ます……というのが筋と言えば筋だが、基本的にはルイ・ジョーダン・ナンバーが次から次に出てくる歌と踊りの R&Bショウだ。]

 どうでしょう。『ホット・スタッフ』は、楽曲の出所がバラバラなことを除けば、『マ(ン)マ・ミーア!』にとてもよく似ていませんか。ことに、 [ほとんどの曲がオリジナルに近いアレンジ] だとか [まさにライヴ疑似体験] だとかいったあたり。
 そして、『モーという名の 5人の男』は……、舞台の仕事とは関わりのない特定のアーティストが放った既成のヒット曲だけを使って作られた、そのアーティストとは無関係のオリジナル・ストーリーを持ったブック・ミュージカル……条件、同じじゃん(笑)!

 しかし、もしかしたら、こんな反論が出るかもしれません。、
 『マ(ン)マ・ミーア!』は、舞台とかかわりのないヒット曲を使っているだけでなく、これまで舞台とかかわりのなかった楽曲作者自身がスタッフとして舞台作りに参加しているじゃないか。
 その通り。ロンドン版のプログラムなどには、ビヨルン・ウルヴァースが企画段階から参画していることが書かれている。
 では、今度はそこのところを考えてみましょうか。

 1960年前後を境にヒット曲世界が舞台ミュージカルから離れていったことは、先に書きました。
 しかし、 60年代以降、時々、舞台ミュージカルの楽曲作家ではないヒット曲作家の人たちが、舞台ミュージカルに関わってくることはあるのです。最近の例で言えば、エルトン・ジョン Elton John が曲を書いた(作詞は舞台ミュージカル世界の人ティム・ライス Tim Rice)『ライオン・キング THE LION KING』(97年)や、ポール・サイモン Paul Simon 曲詞(共作詞デレク・ウォルコット Derek Walcott)による『ケイプマン THE CAPEMAN』(98年)などですね。
 これは別に最近始まったことではなくて(『ヘアー HAIR』『ジーザス・クライスト・スーパースター JESUS CHRIST SUPERSTAR』は、この話とは関係ありません。掲示板 No.213での宮城さんのロック・ミュージカル云々の発言は、『トミー TOMMY』がブロードウェイに登場した時にニューヨーク・タイムズなどに書かれていた“ホンモノのロック・ミュージカル”云々の話と、非舞台作家がミュージカル音楽を書く話とを混同しているのでしょう)、例えば、 68年には『プロミセス・プロミセス PROMISES, PROMISES』という作品がある。楽曲作家は、当時ポピュラー音楽の世界で最も注目されていたバート・バカラック Burt Bacharach(曲)とハル・デイヴィッド Hal David(詞)のコンビです。
 その後も、79年の『デュエット THEY'RE PLAYING OUR SONG』(後にバカラックと結婚して離婚するキャロル・ベイヤー・セイガー Carol Bayer Sager が作詞。作曲は『コーラスライン A CHORUS LINE』のマーヴィン・ハムリッシュ Marvin Hamlisch)、 85年の『エドウィン・ドルードの謎 THE MYSTERY OF EDWIN DROOD』(シンガー・ソングライター、ルパート・ホームズ Rupert Holmes が初めて手がけたブロードウェイ・ミュージカルで、ホームズは、曲詞のみならず脚本も書いた。原作はチャールズ・ディケンズ Charles Dickens)、そして、 93年の『トミー』(ザ・フー The Who のピート・タウンゼント Pete Townshend 曲詞、一部メンバーのジョン・エントウィッスル John Entwistle、キース・ムーン Keith Moon 曲詞)などが続きます(この他にも、ランディ・ニューマン Randy Newman やトム・ウェイツ Tom Waits も舞台ミュージカルの楽曲を書いています)。
 こうしたいくつかの作品で、『マ(ン)マ・ミーア!』同様、これまで舞台とかかわりのなかった楽曲作者がスタッフとして舞台作りに参加しているという事実があるわけです。ただし、楽曲は舞台作りの過程で書かれていて、そこが『マ(ン)マ・ミーア!』と違うと言えば違う。
 しかし、元々ロック・オペラというコンセプトでレコーディング作品として作られていた『トミー』に関しては、すでに出来あがっていた楽曲を使った、という風に見ることも出来ます。そう考えると、『トミー』『マ(ン)マ・ミーア!』に先んじていると言っていい。
 ここでも、『マ(ン)マ・ミーア!』は決定的に新しいというわけではないのです。

 では、なぜ、『マ(ン)マ・ミーア!』を観て、 [新しい流れ](掲示板 No.189)などと感じる人が出てくるのか。
 それは、『マ(ン)マ・ミーア!』の脚本や演出が乱暴だからなのではないでしょうか。 [ドラマの状況に合わせて、何のヒネリもなく、単純に内容の合致するアバの楽曲が当てはめられていく](ブロードウェイ版観劇記より)といった粗雑な作られ方のミュージカルが、ウェスト・エンドならともかく、ブロードウェイに登場してしまえば、それは“新奇”に見えても不思議はない。結局そういうことなのだと、僕は考えます。
 ですから、今後、ビリー・ジョエル Billy Joel だろうが、ブルース・スプリングスティーン Blues Springsteen だろうが、はたまたピンク・レディーだろうが、そうした有名アーティストのヒット曲を連ねたミュージカルがいくら出てきたところで、いちいち騒ぐ必要はないのです。それを [新しい流れ] だなどと訳知り顔で言うのは軽薄なマスコミにでも任せておいて、むしろ我々ミュージカル・ファンは、そうした作品がどう作られているかに目を向けるべきなのではないでしょうか。

 最後にもう 1度確認しておきましょう。

 (問)『マ(ン)マ・ミーア!』のような既成の楽曲を使った“ヒットソング・ミュージカル”は是か非か。
 (答)よく出来ていれば“是”だし、粗雑な作りだと“非”。そして、スタイルとして新しい訳ではないので、新しがって観る価値は特にない。

 「他人に観るべきミュージカルを薦める時の姿勢」については次回。

(6/10/2002)


 『マ(ン)マ・ミーア!』のビヨルン・ウルヴァースとベニー・アンダーソンは、それ以前にもミュージカルのために楽曲を書いている、というご指摘をいただきました。ロンドン産で、 1988年にブロードウェイに来て 68公演で終わった『チェス CHESS』のことです。
 全く気づいていませんでした。調べると確かにそうですね。失礼しました。
 でも、だとすれば、『マ(ン)マ・ミーア!』の“新奇さ”はさらに薄れますよね。楽曲作者が舞台の仕事とかかわりがあったわけですから。
 というわけで、結論は変わらず、です。

(6/11/2002)


 この件に関するご意見は、 misoppa@misoppa.com まで、「MM」のタイトルでお送りください。差出人不明の不適切な内容のご意見以外は、必ず掲載させていただきます。どしどしお寄せください。

Copyright ©2002 MIZUGUCHI‘Misoppa’Masahiro

previous/next


[HOME]