僕の“むじミュジ”ヴィデオ

 4月 27日に、僕の“むじミュジ”レコードで [またいずれ] と書いて以来そのまま知らんぷりしていた、僕の“むじミュジ”ヴィデオ。みなさんからいただいたアンケートの結果=“むじミュジ”ヴィデオ&レコードの発表からも 1か月経ち、「お前だけがなぜ書かないんだ」という声も全然ないので、このままだと忘れ去られてしまうこと必至(笑)。
 なんとかその前に、と、ここに発表させていただくことにしました。

 僕が無人島に持っていくヴィデオソフトは、『バンド・ワゴン THE BAND WAGON』ヴィンセント・ミネリ Vincent Minnelli 監督(MGM/UA Homevideo)。

 これまた、“むじミュジ”レコード同様、意外性のない選択ではありますが、でも、結局そういうことになる。

 [ここでお断わりしておくが、『バンド・ワゴン』には無駄なシーンが一つもないのである。ショウ場面を見るために、メロドラマの部分を忍耐する必要がない。
 ショウ→スケッチ→ショウ→スケッチ→ショウ
 という具合に、ヴァラエティ風につながり、しかも、結局はちゃんとドラマになっているのが、ミソだ。]

 『クレイジー・フォー・ユー CRAZY FOR YOU』について書く時に、作品名を差し替えて(『バンド・ワゴン』『クレイジー・フォー・ユー』)援用したことがある、上の文章。小林信彦「われわれはなぜ映画館にいるのか」(晶文社)収録の評論「MGMミュージカルから何を学ぶか? ――「バンド・ワゴン」を中心に」の中に出てくるのだが、未読の方は、とにかく読んでいただきたい(同書は加筆・一部構成変更されて、筑摩書房から「映画を夢みて」として再生。現在入手可能なちくま文庫版は、故・瀬戸川猛資の当を得た解説付き。ミュージカル映画以外の部分も、必読!)。
 これを読んでなお、 MGMミュージカルについて、いやミュージカル映画について、何か語ろうという人は、かなり度胸がいい。――と思っている僕は、ここで、『バンド・ワゴン』そのものについては語りません(笑)。
 語るのは、個人的で瑣末的な発見の思い出……のようなもの。

 小林氏が上記の評論を書いたのは 1974年の、おそらく春。同年 5月末にニューヨークで『ザッツ・エンターテインメント』が封切りになり、氏は、 [ギャラ・プレミアから二、三日して観に行っ] ている。そのことから推して、「MGMミュージカルから何を学ぶか?」は、『ザッツ・エンターテインメント』公開の前哨戦的な意味合いで書かれたと思われる。しかし、この文章を単行本掲載後に読んだ僕は、翌年 3月には日本でも公開された『ザッツ・エンターテインメント』を、その時点では観ていない。なんたる怠慢(笑)。
 そんなわけで、結局『バンド・ワゴン』に出会ったのは、確か 80年代になってから。新宿歌舞伎町の映画館でだったと思う(その頃つけていた日記が今手元にない)。 MGMミュージカル特集月間だかの番組の 1本で、『イースター・パレード EASTER PARADE』もスケジュールに入っていた気がする。

 『イースター・パレード』と言えば、ずっと後に、今は名前が変わってしまった銀座文化でやはり MGMミュージカル特集をやった時にも上映され、本編の前にオリジナルの予告編が流されたのだが、公開当時には完全にジュディ・ガーランド Judy Garland の映画として宣伝されているのを観て、この時代のフレッド・アステア Fred Astaire の立場(引退していた)を実感したのを覚えている。

 閑話休題。
 幸いにも映画館で『バンド・ワゴン』を観て、当然のごとく感激した僕は、後にヴィデオを入手し、繰り返し繰り返し観ることになる。で、まあ、いろんなことに気づくわけです。
 タイトル・バックが静止したトップ・ハットであるところや、アステアが新聞の陰から顔を出すところは、やはり後にヴィデオで観た『トップ・ハット TOP HAT』と同じだなあ、とか(オマージュか)。
 トニー・ハンター(アステア)がニューヨークに着いた直後、迎えに来てくれた作家夫妻をタクシーに乗せ、「レストランに行っててくれ」(字幕)と言うところは、実際には「サーディズに行っててくれ」と言ってることに、ニューヨーク体験後に気づいて、だとすると、あの時彼らが歩いていたのはタイムズ・スクエアじゃないのか、と考えたり、とか(サーディズはタイムズ・スクエアのすぐそば)。
 その前に、列車の中でトニー・ハンターがポーターに、荷物をプラザ・ホテルに届けてくれ、とチップを渡して頼むんだけど、昔ってそれで OKだったのか? と心配になったり、とか。
 あと、ニューヨーク公演の初日が成功した後、街に出る用意をしているトニー・ハンターが、お金を財布に入れずにポケットにつっこむのがカッコいいなと思って、以来、財布を持たない主義になったり、とか。
 そう言えば、「Dancing in the Dark」の最後、シド・チャリシー Cyd Charisse の後から馬車に乗り込んだアステアが優雅に収める右足のつま先が、ヴィデオでは見えないけれども映画館で観た時には写ってたような気がして、何年も後にリヴァイヴァル上映で確認したらやっぱり写ってなくて、自分の記憶力のいい加減さにうんざりした、なんてこともあった。

 ――と、まあ、僕にしては珍しく、枝葉末節にまでこだわるほど何度も観て、なおかつ発見があり、飽きない。そんなわけで、僕の“むじミュジ”ヴィデオは『バンド・ワゴン』に決まり。

 持っているヴィデオソフトは、最初はベータの日本版のダビングで(笑)、 2代目が現行の VHSのアメリカ版。今のところ、無人島に持っていくとしたら、この VHSになると思うが、こちらにも書いたように、アウトテイクのショウ・ナンバーがいくつかあるので、それを入れた DVD版が出ないとも限らない。さて、フィルムは残っているのだろうか。

(7/22/2000)

Copyright ©2000 Masahiro‘Misoppa’Mizuguchi

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